39 もしもし
「単体では微毒で、体内ですぐ分解されるから大丈夫ッス」
「よ、良かったぁ……」と胸をなで下ろしたのも束の間。
「でも別の種類の毒と混ぜれば、致死性毒に変化するッス」
「え……」
「別々にパッケージすれば安定した状態で持ち運べる。敵地で混合すれば、気づいたときにはみんなあの世行きッスね」と、さらりと恐ろしいことを言った。
「でもこんな如何にもな筒を持ち歩いていたら検問で怪しまれるのがオチ、もっと違和感のない状態で携帯できるかがキモ。ペルギルス王国では魔素兵器の無色無臭の液体化に成功したという噂もあるッス。ビンに入れて飲料水として持ち込んで、例えば人がたくさんいる休日の市場でそれらを混ぜれば……」
彼女の語り口と迫力に私の喉がごくりと鳴る。
「さらに魔素兵器の恐ろしさは汚染を拡大させることッス。汚染された者がバラバラに散って、汚染者に触れた者が二次汚染し、さらに三次、四次と拡散していく。だから魔素兵器が使われる前に敵を見つけて倒す、もしくは、拡散を食い止められるかが鍵になる――、そんな奴らに対抗するためにアルタイルが創設されたってわけッスね」
「でも、そんな毒に侵された場所で私たちはどうやって活動するの?」
「いい質問ッスね! それはこれッス」
筒を棚に戻したフェルが、今度はフルフェイス型の兜を取り出してテーブルに置いた。
「ここにあるカートリッジ式の筒に、有害な気体を浄化させるタリスマンが入ってるッス」とマスクの口元に付いた小さな筒を指さす。
タリスマン? よく分からないけど、めちゃすごい空気清浄機みたいな感じかな?
「効果は長くて一時間。毒の種類によってはもっと短いッス。あの事件でも――」
『お昼の時間ッスよ!』
「わっ!」
突然、テーブルの上の水晶がしゃべった。フェルの声だ。
「ああ、驚いたッスか。こいつは自分が発明した声を記録して決まった時間に再生するタリスマン、『伝えるくん改』ッス」
「へぇ、すごい。これも魔術?」
ネーミングは雑だけど……。
「そうッスよ。タリスマンに触れながら記録させたい言葉を言えば記録されるッス。やってみるッスか?」
「いいの?」
「いいッスよ」
フェルが水晶を私の手に乗せた。起動したのか、仄かに水晶が光を放つ。
「あー、えーと、でもなにを話せばいいのかな?」
その直後、袖の中で何かが蠢いた。
「ひぃ!!」
ヤモリが袖口から飛び出してきて、私の手から水晶が転がり落ちる。そのまま作業台から落下した水晶が床と衝突して砕け散ってしまった。
「ごめんなさい!! ど、どうしよう!!」
「あー、別に気にしないでいいッスよ。その水晶自体はただのガラス玉だから。タリスマンは物体に魔術を掛けることでなんでもタリスマンになるんス。つまりこのテーブルでも椅子でもタリスマンになるんスよ」
そうは言われても、私はしゃがんで水晶の欠片を拾い集める。手のひらの上では、破片がかすかに光を帯びている。
「くっつければ元に戻るかな?」
「術の効果が切れるまでは使えるはずッスけどね」
「あれ?」
「どうしたんスか?」
「この欠片とこっちの欠片……、私たちの声が同時に聞こえる」
「……ちょっと貸して」
私の手のひらから欠片を取ったフェルさんが耳に当てる。
「ほんとだ……」
「ね? これを応用すれば遠くの人とリアルタイムで会話できるんじゃない? 『もしもーし』って」
私は受話器を耳に当てるジェスチャーをした。もちろん電話がない世界なので、伝わるはずがないのだけど。
強い力でぐいっと肩を掴まれて引き寄せられた。至近距離に彼女の顔があって、爛々と輝く瞳に私が映っている。
彼女が私の頬を両手で挟んだかと思った次の瞬間、私たちは唇を重ねていた。
ん~~~ッ!!????




