37 恋愛アドベンチャーゲームの世界の主人公
翌朝、大聖堂の地下基地執務室でミーティングが行われた。
窓のない空間にはクリスタル灯の白い光が淡々と降り注いでいる。
進行は隊長であるエドガーがすべてやってくれて、私はと言えば、ただ席に座っているだけ。冒頭と最後に少し挨拶を述べただけの、ザ・置き物。
彼らの態度は昨日と何ら変わらない。必要以上に敬うこともなく、かといって露骨に軽んじるわけでもない。淡々としている。
クラウディオは私が偽貴族であることを告げていないようだ。もっとも、彼らが口裏を合わせている可能性は高い。彼の言っていたとおり、神輿を担ぐのなら何も知らない小娘を頭に据えておいたほうが都合がいいのだろう。
え? 小娘って誰か?
自分でツッコミはやめるんだ。私が地味にダメージを負う。
やがて隊長の号令でミーティングは解散となり、足音とともに部屋から人が消えていく。重い扉が閉まる音が響いたあと、私は広い執務室にぽつんと取り残された。
本日の予定は、午前中が各自の担当業務、午後からは訓練とのこと。ざっくりとした内容が伝えられただけで、私に与えられた仕事はない。まあ、本来は仕事を与えるのが私の仕事なのだけど。
この後、司令官室に引きこもって定時までやり過ごすこともできる。分厚いマニュアルを読んでいるフリをしてお茶を濁すのもよし。ふかふかの椅子で昼寝するもよし、推しの妄想にふけるもよし、小説を読み漁るもよし。
やりたい放題の、なんとも素晴らしい職場環境である。
だが、もしここが恋愛アドベンチャーゲームの世界なら、主人公である私はイベントを求めて動き回るはずだ。そうしなければ物語は進まない。
冗談はさておき。昨晩からクラウディオの言葉が、頭の奥にこびりついて離れない。
〝司令官ならば相応の力を示せ〟
当然のことだと思った。仮初めの司令官であっても、やると決めたからには命を賭して戦う彼らの決意に応えなければならない。
私にできることは、まず知識を身につけることだ。
マニュアルだけでは足りない。資料室へ行って関連資料をかき集め、戦術や歴史、敵に関する情報を徹底的に頭へ叩き込む。
それが、今の私にできる最初の一歩。
――そして現在。
私は紙とペンを手に基地内を歩いている。
ひんやりとした石床に足音がこだまする。壁には一定間隔でクリスタル灯が設置され、淡い光が長い通路を照らしている。
何をしているのかと言えば、マッピングだ。
昨日一通り案内してもらったものの、この地下基地は想像以上に入り組んでいる。一度で覚えられる構造ではない。案内図のようなものはなく、壁と扉が延々と続くだけで目印になるものも少ない。
こんな場所で迷子になったら大変だ。だから自分で簡易地図を作っている。簡単な印をつけながら少しずつ把握していく。
私が行ったことがある部屋は、司令官室、執務室、食堂、浴室、資料室、そしてさらに地下に広がる市街地想定訓練場。他にもいくつの部屋があるっぽい。
ちなみに、司令官用のトイレと寝室は司令官室の隣にあった。
通路を進み、角を曲がったところで、ひとつの扉が半開きになっているのが目に入った。昨日は入らなかった部屋だ。
そっと中を覗く。
中央の大きな作業台には、ビーカーや試験管が無造作に置かれている。透明な液体や淡く色づいた薬品がゆらりと揺れ、薬の匂いが漂っていた。
左右の壁には天井まで届く棚が設置され、標本瓶や機材が整然と並んでいる。実験室、そんな言葉がぴったりの空間だ。
そして、棚と棚の隙間に腕を突っ込み、何やら探っている人物がいた。ミステリアスな解剖大好きっ娘、フェルさんだ。
【1、話しかける】
【2、通り過ぎる】
【3、大声を出して驚かす】
昨日驚かされた仕返しをしたいところだけれど、ここは当然1番よね。
「えっと……フェルさん、何をしているんですか?」
棚の奥に突っ込んでいた腕を引き抜き、彼女が振り返る。
「ああ、チドリ司令」
相変わらず可愛らしい顔をしていること、どこか危うい光を宿した瞳も魅力的だ。
「この奥に入っちゃったんスけど、取れなくて。あ、そうだ。チドリ司令の腕なら細いから届くかも。ちょっと手伝ってくれないッスか?」
彼女の腕と私の腕にそこまで差はない気もするけど、細いと言われて悪い気はしない。
「もちろん、いいですよ」
フェルさんの隣に移動した私は棚と棚の隙間に手を差し入れた。
「それで、この奥に何があるんですか?」
「え? ヤモリッスけど」
「ヤ、ヤモリ!?」
次の瞬間、ぬるりとした感触が指先をかすめた気がした。
「いやぁっ!」
反射的に手を引っ込め、勢い余って体が後ろへ傾く。視界がぐらりと揺れた。
倒れる! そう思った瞬間、私の身体に腕が回る。
フェルさんが私を抱き留める格好になっていた。




