33 レッツ異文化交流
クラウディオに連れられて、私は執務室へとやってきた。
重厚な鉄製の扉が開くと、室内には落ち着いたクリスタルの光で満ちていた。壁一面の棚には、整然とまとめられた書類の束と装備品と思われる品々が並んでいる。
部屋の中央には大きな円卓。その上には王都の詳細な地図が広げられ、要所要所に色分けされたピンが打たれている。地図には書き込みの跡も多く、机上訓練に使われていることが一目で分かった。
円卓を挟んで右側には隊長のエドガー。背筋を伸ばして立つ姿は、まるで肖像画のモデルのようだ。
そして左側には、綺麗な水色の髪の――え? 女の子? あ、やっぱりもう一人の黒ずくめの人は女性だったんだ。
淡い水色の髪が肩口で揺れ、澄んだ瞳がこちらを見ている。年の頃は十代後半くらいだろうか。どこか無邪気な雰囲気をまといながらも腰にはロングソードが下げられている。
あれ……、彼女ってもしや――。
そう、私は彼女を知っている。正確には見たことがある程度だけど、衛士駐屯所でリリアの鑑定をするときにやってきた魔導士の一団の中にいた少女だ。
王宮魔導士って女性もいるんだなぁとは思ったけど、あのときはそれどころではなくて、気に留める余裕はなかったから、深く考えずに流していた。
その彼女がアルタイルの隊員だったなんて……。
「あっ!」
私を見るなり彼女は声を上げた。リリアの鑑定に関わった彼女なら、当然私の身の上を知っているはずだ。
「あのときの聖――」
「セイセイセイッ! あのときはお世話になりました!!」
意味不明な掛け声を発して私は彼女の言葉に無理やり被せる。
エドガーがわずかに片眉を上げた。
「司令はフェルと知り合いなのですか?」
「あ、はい。友人がちょっと病気になったときに治してもらったんです」
「そうでしたか。確かにフェルは王宮魔導部隊にも出入りしていますからね」
ほっ……上手く誤魔化せたみたい。
そういえばノエルくんの姿がない。どうやら彼はここにはいないようだ。
そして、三人の騎士と私は円卓を囲んで立っている。張り詰めた空気。なんとなく作戦会議でも始まりそうな雰囲気だ。
するとエドガーが私を見て言った。
「それでは司令、着任の訓示をお願いします」
「くんじ?」
「着任のあいさつです。自己紹介で構いません」
「あ、えっと……国務室の方から司令官として来ました(嘘)。白城千鳥です。どうぞよろしくお願いいたします、えへ」と、満面の営業スマイルを浮かべてみたりして。
「……」
「……」
無反応かいッ!
部下たちの塩対応を察したのか、エドガーが胸に手を当てた。
「先ほど挨拶しましたが、戦術騎士隊アルタイル隊長のエドガーです」
「自分はフェルっす! よろしくッス!」
元気よく彼女が続き、
「クラウディオだ」
クラウディオが単調に名乗って、自己紹介はあっさり終わった。
「さて、お前たちは訓練に戻れ。私は司令に施設を案内した後で合流する」
二人が退出してから、私はエドガーと廊下へ出る。
地下とは思えないほど広い通路には、等間隔にクリスタル灯が埋め込まれ、淡い光を落としている。通路の奥からは空調システムなのか、風の流れる音が聞こえてくる。
食堂は長机が並んでいるだけで、台所も簡素な造りだった。一応料理はできそうだが、メニューは限られそうだ。なんと浴室もあり、仮眠室と思わる部屋には五台のベッドが整然と並んでいた。
どこも無駄がなく機能重視。ここが軍隊なのだと実感させられる。
ひと通りの案内が終わり、私たちは司令官室に戻ってきた。
「ノエル=アクセルホークは不在ですか?」
「彼は他の任務に当たっていますので、こちらにはいません。また後日、挨拶いたします」
「了解しました。あの、それで……こんなことを言うのも恥ずかしいのですが、わたしは何をすれば……」
お前は何しに来たんだと言われそうだけど、私は意を決して訊いてみる。だって聞いた方が早いじゃん。
「何もする必要はありません」エドガーはそう答え、優しく微笑んだ。
「え?」
「本日は身辺整理して帰っていただいて構いません。それでは失礼します」
「は、はあ……」
もう一度にこりと微笑み、エドガーはドアを開ける。私が入ると静かに扉を閉めて、そのまま去っていった。
しん、と静まり返る私のお部屋。
「身辺整理っていってもねぇ、そもそも荷物なんてないし……」
なにもする必要はない、クレーマー補佐官と同じことを言われてしまった。
きっと彼は気付いているのだろう。私が〝お飾り〟であることに。
しょうがないので司令官用の豪華な椅子にどかっと座る。
うーん、本革の手触りが実に良い。
「うむ、くるうしゅうない」
なんて偉そうなことを言いながら足を組んでみる。
「くるしゅうないッスか?」
「どわッ!」
背後から、にょきっと顔を出して現れたのはフェルだった。
「いいッスね〜。今の驚いた顔、ゾクゾク来たッス」
そう言って彼女は目を細めた。
「フェルさん!? いつの間に入ったんですか?」
「さっきドアが開いたときに忍びこんだッス」
「さっきって……、部屋に入るところなんて見なかったけど」
「それは企業秘密ッス。そんなことより聖女様なんですよね?」
あー、もうバレバレだ。
ここでシラを切っても仕方ない。
「偽物だけどね」
「でも異世界から召喚されたんスよね?」
「はい、それはその通りです。みんなには内緒にしといてね、なんてね……」
「いいスよ」
「いいの!? なんで?」
「だって、チドリ司令が召喚されたことを隠そうとする理由も、この部隊の司令官になった理由も、自分はまったく興味ないッスから」
「そう……、それは良かった」
「そんなことより、自分は異世界人に興味があるッス」
異世界の文化とか社会に興味があるのだろう、フェルは目を輝かせる。
「そうなんですね。私にできることがあればなんでも言ってね」
「本当ッスか!」
「うん」
「じゃあ解剖させてほしいッス!」
「……うーん? 普通に嫌」
私は笑顔で答えた。




