29 異世界でやられてみたかったこと、その①
「あれ? あんた誰ッスか? とりあえず両手を挙げてくださいッス」
新たな黒ずくめの騎士が現れた。ボウガンを構えたまま近づいてくる。
「こ、ころさないで……」
声を震わせながら両手を挙げようとした直後、胸を撃たれて死んだはずの男がむくりと起き上がった。
「フェル、民間人がいるって言っただろう。俺が盾になっていなければ、この女に当たっているところだったぞ」
「自分はそんなミスしないッスよ。ちゃんと見極めてから撃ちますから。現に装甲の一番厚い胸部ど真ん中に命中したじゃないッスか。ホントは狙ってないけど……」と最後に物騒なことをぼそりとこぼした。
「おい、あんまふざけたことばっか言ってるとお前の頭にウォーハンマーぶち込むぞ」
「あーやだやだ、野蛮な人はすぐに鈍器を持ち出すッス。それにもし脳天に刺さっても自分がちょちょいのチョイって治してあげますよ(笑)」
どこか幼さを残す声をした騎士が肩をすくめてみせる。男性にしては声が高めだ。例えるなら女性声優が男のキャラを演じているような感じ。
ボウガンを持ったこっちの騎士はひょっとして女性?
「あ、あのぅ……」
言い争うふたりの間に割って入るように、私はおずおずと片手を挙げた。
「「あ?」」
黒ずくめの騎士たちが同時に顔を向ける。
「私、民間人じゃないんだけど……」
「「え?」」
「いちおう司令官なんだよね……ここの」
「「は?」」
黒ずくめの装備で固めた二人は、同時に間の抜けた声を出した。
◇◇◇
こんこん――。
更衣室のドアが外側からノックされる。
「ど、どうぞ」
私が答えると「失礼します」とドアを開けて一人の騎士が入ってきた。
スラッとしていてモデルのように容姿の整った銀髪の男性が私に微笑む。どこか気品があって甘い匂いが漂ってきそうだ。
「サイズはいかがですか?」
「問題ないです。けど、少し大きいかな」と言って袖を捲る。
突然の戦闘に巻き込まれたあの後、私は黒ずくめの騎士たちに自分が新しく着任した司令官であることを説明した。
半信半疑の彼らに連れられて引き合わされたのが目の前の騎士であり、エドガーと名乗った彼は戦術騎士隊の隊長さんだそうだ。
着替えるようにと手渡されたのは、騎士団と同じデザインだが黒い腕章が付いた制服だった。黒い腕章には扉に刻まれていた手裏剣みたいな紋章が刺繍されている。
なんか悪役みたいだなぁ、あのベガとかいう連中も全身黒だったし……。
「採寸はされなかったのですか?」
エドガーは言った。柔らかな物腰に緊張が溶けていく。
「急な異動だったもので……」
「ああ、前任者が突然出勤しなくなってしまいましたからね」
笑顔は素敵だけど、本当の表情を表に出さないクセ者の雰囲気を醸し出している。
しれっと前任者が自己都合で出勤しなくなったみたいな言い草だ。クレーマーの話しでは、その原因はこの人たちにあるらしい。
しかし、なぜだろう……、イケメンに言われると無条件で味方になりたくなる。
と、とにかく事態を把握するまでは油断してはならぬ……。
「制服はオーダーメイドですので、新しい物が届くまで一か月ほど掛かります」
「わかりました」
「司令官、これまで公安関係の部隊に所属していた経験は?」
「こ、今回が初めてです」
「そういえば履歴を拝見しましたが、生粋の貴族のようですね。しかも東方出身の女性貴族とは極めて珍しい」
「ええ、まあ……」
私の仮初めの履歴書があるのか。はたしてどんな履歴なのだろう。あのディビット補佐官が作ったのならゴリゴリのハイノーブル設定なはず。しかし自分の履歴を知らないなんてアイロニー。
「それでは着任式の前に〝きおつけ〟の姿勢と〝敬礼〟についてレクチャーします。これから部下から何度も敬礼を受けて返すことになります」
「おねがいします」
エドガーは私の正面に立った。彼の身長は私より頭一つ以上高い。銀髪のイケメンに見つめられてドキドキと心臓が脈を打つ。
「まず前を向いて自然に立ってみてください」
私は言われるがまま前を向いて直立した。
「顎はもう少しだけ下げた方がいいですね」
すると彼はおもむろに私の顎を優して摘み、クイッと四十度ほど上に傾けた。
あれ? さっき下げた方がいいって……
時が止まったかのように私と彼は、じっと互いの目を見つめ合う。
えっ……、これってまさか……。
そう、まさに顎クイである。




