19 異世界ソウルフード
仕事が終わった後、夕飯のお招きを受けていた私とクラウディオは、チーフに連れられて彼の家にやってきていた。
訪問するのは今回が初めてで、王都市街の東に位置するごく一般的な一軒家だった。
「カティア、帰ったぞ」
チーフが玄関を開けると、スパイスの効いた良い香りが漂ってきて、キッチンから現れたのは中学生くらいに見える可愛らしい女の子だ。
ま、まさか……、彼女がチーフの奥さんなのだろうか。だとしたらドン引きだ……。
「パパ、お帰りなさい」
だ、だよね、知っていましたとも! いくら異世界だってそんなことあるはずないじゃない、もちろんチーフのことは信じていましたけどなにか?
どうやら夕飯の支度をしているところらしく、彼女の手には包丁が握られていた。刃がキラリと光る。
うっ、と思わず息が詰まる。
反射的に体が強張った。一瞬、あの夜の光景がフラッシュバックして脳裏に蘇る。少しトラウマになっているようだ。
「もうすぐ出来るから、お客さんと一緒に座って待ってて」
「ああ、いつも悪いな」
「そう思っているなら早く良い奥さんを探してきてよ」と少女は困り顔で腰に手を当てる。
「ははっ、善処するよ」
チーフは苦笑しながら、「さあ、大したもてなしもできないが入ってくれ」と私たちを中に入るよう促した。
私たちは言われるがままリビングに案内され、テーブルを囲んで椅子に座る。
「チーフ……、あんなにしっかりしたお子さんがいたんですね。知りませんでした」
「ああ、まあな。言っていなかったからな」
さっきの会話からすると、どうやら奥さんは一緒に住んでいないようだ。ここで理由を聞くのは野暮というものだろう。
「お待たせ。どうせ大したおもてなしはできないけど」
カティアちゃんは、ちらりとチーフの方を見ながら私の前に深皿を置いた。少なからず毒を含んだセリフに、チーフは肩をすくめる。
「こ、これは……」
目の前に登場した料理に、私は釘付けになった。
なぜ、あの香りを嗅いだ時点で気付かなかったのか。限りなくアレに近い香りだったのに……。
深皿に盛られているのは白米。そして、その上にかかっているのはルー。
見た目は完全にカレーだ。
香りは少し違うけれど、これはもうカレーライスだ。
ふぉおおおおおおおッ!!
思わず声が出そうになるのを必死にこらえた。
「チ、チーフこれはなんていう料理ですか?」私の声は震えていた。
「俺の家に代々伝わる料理、カーリだ」
「カーリ……」
「なんだチドリ、カーリを食べたことあるのか?」
「じ、じじじじ実は、わ、わわわ、私の世界でもこれに似た家庭料理がありまして……」
待ちきれず、きっと今の私はヨダレを垂らしている。ご馳走を前にして「待て」と命令される子犬のような目で、私はチーフを見つめていた。
「そ、そうか……。なんだか分からんが冷めないうちに頂いたほうが良さそうだな」
「いただきます!」
誰よりも早く手を合わせた私はスプーンでカーリを掬って口に運ぶ。
「くぅ~~~!!」
辛い! 辛いけれど美味い!! 辛いけど幸せ!!!
懐かしくて涙が出そうになる。
「おかわりはありますか!?」
まだ食べ切らないうちに、そんなことを口走ってしまった。
私の前に座るカティアちゃんが、くすりと笑う。
「はぅっ! 取り乱してすみません! 挨拶が遅れました! いつもチーフにお世話になっております、王宮食堂スープ担当の千鳥と言います!」
頭を下げて挨拶した私に続いて、「クラウディオだ」とクラウディオが言った。
「カティアです。あなたたちの話は父からよく聞いてますよ」
落ち着いた口調でカティアちゃんが微笑を浮かべる。
な、なんてしっかりした娘さんなのか……。これで私より年下とは……。すでにクールビューティーの片鱗が見える。
世間話もそこそこに、宴もたけなわに達する前に、恥ずかしながらおかわりを頂いてしまった私。
夕食が終わり、カティアちゃんが後片付けを始めたので手伝いを申し出るも、「お茶を用意してありますので、ゆっくりしてください」と丁寧に断られてしまった。
「よくできた娘さんですねぇ」
私は心底感心しながら言った。って親戚のおばさんかい!
「苦労を掛けているからな」
「レオンハルト、そろそろ俺たちを家に招待した理由を聞かせてもらおうか。……話があるんだろ?」
ここに来てから自分の名前しか声に出していないクラウディオがチーフに言った。
「ん? ああ、そうだな」
チーフは一度息をついてから私を見て、「チドリ、今日からこの家で暮らせ」と告げる。
「……はへ?」
私の口からマヌケな声が出ていた。




