17 マリオネットラブソディ
「……リリア? どうかした?」
月光が差し込む薄闇の中、きらりと何かが光った。
それが包丁だと理解したときには、すでにそれは振り上げられていた。反射的に体が動く。私はベッドから転がり落ちた。
直後、ザっという音とともに包丁が勢いよく毛布に突き刺さる。
「ひっ……」
喉から声にならない悲鳴が漏れた。
床を這うようにして逃げようにも手足がうまく動かない。視界がぶれる。
リリアの体が、ゆらりと揺れた。刺さった包丁をゆっくりと引き抜く。振り返った彼女の目が、まっすぐに私を捉えた。その目は私の知っているリリアのものじゃなかった。
両手で包丁を握りしめ、ゆっくりと、確実にこちらへ近づいてくる。
「リリア! どうして!?」
叫ぶ。けれどリリアは私の声に反応を示さない。
焦点の合わない目が怪しく光る。まるで糸で操られている人形みたいだ。
床に腰を落としたまま後退りする私の背中が壁にぶつかる。
逃げ道を塞ぐように、上体をゆらゆらと揺らしながらリリアが近づいてくる。
喉が締まり、息が浅くなる。心臓がうるさいほど鳴っている。
私は必死に壁を叩いた。隣室のクラウディオに気づいてもらうために、何度も、何度も。
再び包丁が振り上げられたその瞬間――、ドアを蹴り破ってクラウディオが飛び込んできた。彼は迷いなくリリアの手に持つ包丁を剣の鞘で強く叩き落とす。鈍い音が響き、包丁が床を突き刺さる。
そのまま体当たりをして彼女を押し倒し、床に押さえつけた。
「無事か?」
荒い呼吸のまま、「だ、大丈夫……」と私はうなずいた。
「……クラウディオ、リリアは誰かに操られている……。だって目が普通じゃなかったもの……」
根拠はない。けれど、分かる。彼女は絶対に、こんなことをする子じゃない。
押さえつけられたリリアは、ぴくりとも動かない。
「ああ、洗脳して思いどおりに操る魔術があると聞いたことがある」
「こ、殺してないよね?」
「気絶させただけだ。なにか縛る物を」
「どうするの? どこかに連れて行くの?」
「王宮衛士の駐屯所についていく。このままここに置いていく訳にはいかない」
「ダメだよ! リリアは操られてるんだから!」
「それを調べるために一時的に身柄を拘束するだけだ。王宮魔導士なら洗脳を見抜ける」
「う、うん……」
「魔術で洗脳されているなら、魔術で解くこともできるはずだ」
クラウディオはベッドのシーツを引き剝がすと、帯状に引き裂いてリリアの手足を縛り、そのまま彼女の体を抱き上げた。
「私も一緒に行く」
クラウディオが私の顔をじっと見つめる。
「……分かった。ここに一人で残すのも危険だ」
私たちは王宮衛士の駐屯所へ向かい、当直中の衛士班長に事情を説明する。
深夜ということもあり、王宮魔導士による検査は夜が明けてからになると告げられ、リリアは地下牢で一時拘束されることになった。
もし彼女が目を覚ましたとき、自分の置かれた状況が分からず混乱するのではないか。それが心配で地下牢の通路でもいいから朝までいさせてほしいと頼んだが、許可は降りなかった。
結局、粘った末に待合室ならいても構わないと許可をもらい、待合室の硬いソファで朝を迎える。




