15 騎士の矜持
再び、男の指が私の首に喰い込む。
呼吸ができない。
視界の端から世界が暗く塗りつぶされていく。
耳鳴りがして滝の音が、剣戟の音が、遠くへと離れていく。
――嫌だ、怖い……誰か、誰か助けて……。
「眠っている間に着く。聖女として使い物にならなくなったら、慰み物くらいにはしてやるさ」
舌なめずりする生々しい音が、すぐ耳元で響いた直後だった。ずるずると引きずられていた私の体が不意にぴたりと止まる。
「うっ――」
男のうめき声がした後、低く鋭い声が空気を裂いた。
「寝言はあの世で言え」
薄れかけた意識の中で、別の男の声がはっきりと聞こえた。
絡みついていた腕の力が突然抜けて、私は地面に崩れ落ちる。
「しっかりしろ」
強い腕に抱き上げられた私の視界が揺れて、焦点が合った先にあったのは、
「クラウディオ……」
「立てるか?」
「う、うん……」
どうしてここに、そう口にする前にクラウディオは私の腕を引き、半ば引きずるように歩き出す。
藪を抜けた私たちの元に、敵を倒したノエルが駆け寄ってきた。クラウディオの姿を見てノエルは目を見開かせる。
「話は後だ」クラウディオが短く言い放つ。
「仲間が近くにいる可能性がある。すぐにここから離脱するぞ」
ノエルは即座にうなずいた。
「早く馬に乗れ」
クラウディオが私に言った。
でも足が震えて言うことをきかない。体が震えて上手く動かない。
馬の背に乗ることができない私をクラウディオがひょいと持ち上げて、そのまま鞍の上に乗せられる。そして彼が私の後ろに跨り、力強く馬の腹を蹴った。
馬が地面を蹴って勢いよく走り出す。ノエルもすぐに騎乗して後に続く。
頭越しに伝わるクラウディオの息遣い。
背中越しに伝わる彼の体温。
落ちないように支える力強い腕。
命を懸けて守ろうとしてくれていることが伝わってくる。
いつの間にか、私の震えは止まっていた。
「追手だ!」
ノエルの声に私は振り返る。
馬に乗った黒尽くめの男たちが、こちらへ向かってきている。
一頭に二人乗っている私たちは、いずれ追いつかれる。そう思ったとき、ノエルの馬が反転した。
「チドリさんを任せたぞ!」
短く告げて彼は敵に向かって駆け出す。
クラウディオは一瞬たりとも迷わず、手綱を鋭くしならせた。馬の速度がさらに上がる。
「待ってクラウディオ!」私は叫んだ。
「黙っていろ、舌を噛むぞ。あいつも騎士だ、死ぬ覚悟は出来ている」
そんな……。これが、これが彼らの住む世界……。
ノエルの姿はもう見えない。剣が衝突する金属音が空に木霊した。
お願い、神さま。どうか、どうかノエルくんを助けてください。彼の力になってください――。
私はただ祈ることしかできなかった。




