14 黒より暗く
「纏わりつくような殺気……そこに隠れているのは分かっているぞ、出て来い!」
ノエルの声が滝の音を切り裂く。
剣の切っ先が向けられた木立の陰から、ゆっくりと姿を現したのは、頭の先から足元まで黒いローブで覆った男だった。
顔は見えない。ただ、こちらを静かに見据えている気配だけがはっきりと伝わってくる。
あの男だ。
家畜小屋で私たちを襲ったあの黒尽くめの男。
でも、あいつはクラウディオに捕まって連行されたはず。
そう思った直後、男の背後からさらに同じ格好をした男が現れた。不気味な立ち姿は死神のようだ。
背筋に冷たいものが走り、チーフが口にしていた名が脳裏をよぎる。
間違いない、あの男たちが特務機関【ベガ】なのだ。
「チドリさん、僕の後ろに」
ノエルが一歩前に出て、私を背にかばう。剣を構えた背中が、さっきまでよりもずっと大きく見えた。
次の瞬間、黒尽くめの男たちが同時に地面を蹴った。一直線に向かってくる。その手には逆手に握られた短い剣。
ノエルも同時に踏み込み、迎え撃つ。金属同士がぶつかる甲高い音が、森に響く。
火花が散り、衝撃が空気を震わせる。
一対二。それでもノエルは一歩も引かない。剣筋は鋭く迷いがない。相手の刃を受け流し、体勢を崩し、反撃に転じる。
やがて、一瞬の隙を突いた一閃が男の胴を裂いた。
切り口から血が噴き出す。鉄の匂いが風に乗って漂い、鼻腔に張り付く。
これが……この世界の、もう一つの真実の姿。
忘れかけていた苦い何かが、喉の奥からせり上がってくる。
「チドリさん、僕が抑えている間に馬で逃げるんだ!」
ノエルが声を上げた。
「で、でも!」
「すぐに後を追います! だから早く!」
背中を押されるように、言われるがまま私は踵を返していた。馬を繋いでいる木の幹へ走る。指が震えてロープがうまくほどけない。
焦る。息が荒くなる。やっと解けた。鞍を掴んだそのとき、背後からいきなり首を掴まれて顎が抑えられる。
強い力。もう一方の腕が腰に回り、身体が完全に拘束される。
「っ……!」
苦しい……、声が出ない。
そのまま、ずるりと藪の中へ引きずり込まれた。枯れ枝が折れ、葉が顔に当たる。
ノエルは気付いていない。二人目と剣を交える音が聞こえる。
うごけない……。まだ、仲間が隠れていた……。
耳元に湿った息がかかる。
「殺しはしない……」
低い、抑揚のない声。
「聖女を生かして連れて帰れと命令を受けている。大人しく従えば痛い思いをすることはない」
首を掴む男の指の力が僅かに緩んだ。
「わ、わたしは……聖女なんか、じゃない……」
声が震え、かすれる。
「嘘を付いても無駄だ。お前が聖女だという情報を我々は掴んでいる」
情報? そんなモノが存在するはずがない。だって私は偽物なんだから……。分からない、混乱する、でも……、今は少しでも時間を稼ぐんだ。きっとノエルが助けに来てくれる――。
「私を誘拐してどうするつもり?」
精一杯の虚勢を張って私は言った。
「知れたこと。国が聖女の力を欲するのは戦争に勝つため、お前たちはそのための消耗品、何人いても構わない。何人潰れようと、召喚に成功した他国から拉致して補充すればいい」
唇を強く噛んだ。
きっとこの男たちは、今までも召喚された聖女たちをこういう風に拉致してきてんだ。
「許せない……」
男は喉の奥で、くつくつと笑った。
「楽しいデートの時間は終わりだ。さあ、逝こうか、聖女よ」




