1 イケメンに囲まれるアットホームな職場です
上空を舞うワイバーンの翼を羽ばたかせる音を背中に受けながら、私は念話術式が込められたタリスマンに触れた。
「スワンから各員に通達する」
コードネーム【スワン】、アルゼリオン王国戦術騎士隊【アルタイル】の司令官騎士を務める私の名前は白城千鳥、半年前に日本からこの異世界に召喚されてやってきた普通の女である。
「現場はアリゼリオン大聖堂、人質が取り残された礼拝堂にテロリストが火を放ち、火災が発生したとのこと」
私はあらゆる感情を極限までそぎ落とし、ひんやりと冷たさを声に持たせ、現在の状況を告げていく。
「教会関係者にあっては避難しているとのことですが、使用人数名が取り残されている模様、その他にあっては不明。強引な手口からペルギルス王国特務機関【ベガ】の可能性が極めて高いと思われます。活動には十分留意せよ、以上」
私の声はチョーカー型のタリスマンを介して騎士たちの聴覚神経を刺激する。
私の目の前に置かれた一枚のガラス板は、まるでモニター画面のように騎士たちの視界から送られてくる映像が映し出されている。
唯一消し去ることのできない呼吸音を刻みながらステルスローブに身を包んだ四名からなる騎士たちは列車のように一列になって進んでいく。
街の警備を担う衛士が設定した警戒ラインを潜ってからだいぶ歩いてきた。そもそも衛士隊の現場指揮官は大聖堂だけでなく、時計塔広場をまるごと警戒区域にしてしまったのだ。
身を隠す死角が少ない広場を抜けて行かなくてはならないことを考えると、現場の騎士たちは神経をすり減らす思いだろう――。
しかし衛士隊が必要以上に警戒区域を広げてしまったのには理由がある。
〝あの事件〟で多くの仲間を失った彼らは、迂闊に前線を上げられなくなってしまった。
『スパローからスワン、大聖堂東の隠し扉に到着。これより作戦を開始する』
タリスマンが仄かに光り、そう告げた。
発信者のコードネーム【スパロー】は、私が指揮を執る戦術騎士隊の隊長だ。
騎士たちから〝タイチョー〟と呼ばれる彼は部隊の中で最年長であり、普段から物静かで口数は少ないけど、冷静沈着な判断力と王国随一の剣の使い手であり、その端正な顔立ちと眼差しは息を呑むほどの美しい騎士だ。
私はガラス板状の幻視画面でスパローのパラメータを確認する。
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【コードネーム】スパロー
HP:58/58
MP:27/27
SP:38/38
AG:33
AT:30
LUK:12
HR:54
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さすがタイチョーだ。ほとんどバイタルに変化がない、よく落ち着いている。
「了解、警戒を怠らず検索を継続せよ。なお、現時点を以って武器の使用を許可する」
健闘を祈る、と私は締めくくる。
了解と応答したタイチョーが剣を鞘から抜くと、他のメンバーもそれに続く。
『あのさ、タイチョー』
タリスマンから発信された幼さを含んだ声の主は、コードネーム【ホーク】だ。
メンバーの中では最年少の十七歳。いつも飄々《ひょうひょう》としていて何でもそつなくこなす頭のキレるタイプ。人懐っこくて一見して気分屋に見えるが、実は一途だったり奥手だったりと思わず養いたくなってしまう男の子だ。
『なんだ?』
ガラス板に映し出されたタイチョーは振り返らずに応えた。礼拝堂に続く薄暗い通路の角で腰を落とす。
『いつになったら僕の武器をダガーからロングソードにクラスチェンジしてくれるですか?』
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【コードネーム】ホーク
HP:31/31
MP:15/15
SP:27/27
AG:38
AT:21
LUK:18
HR:71
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余裕ぶっているけどバイタルは幻視画面のパラメータに反映される。
やはり、いくらか緊張しているようだ。
そんな彼の本職は狩人である。戦術騎士隊に入団するまで、まともに剣を振るった経験のない彼にとってダガーでも十分な得物なのだが、やはり不公平感は否めないのだろう。
『最初に言ったはずだ。「剣の柄を握る親指を狙って切れるようになったら変えてやる」と』
『……そんなことできる人、本当にいるのですか?』
ホークは懐疑的な声色で愚痴を漏らした。
『無論だ』
そう言い切ったタイチョーの語気には絶対的な自信が込められている。アルゼリオン王国最強と謳われる銀翼騎士団に所属していた彼が言うと嘘には聞こえない。
『余裕だ、クソ野郎』と、ぶっきらぼうな口調でタイチョーに続いたのは、コードネーム【イーグル】だった。
ホークの視界が壁面に背中を預けて周囲を警戒する男の姿を捉える。
イーグルとホークは、こちらの意図とは関係なくなんの因果かバディーを組むことが多く、初めて会ったときの互いの印象は『クソ野郎』だったらしい。とにかくお互いに互いを気に食わず反りが合わない、その点に限り気が合っていると言える。そんなイーグルは衛兵隊に所属していたという経歴を持つ。
彼は俺様系で性格も捻じ曲がっているが、実は結婚すると尽くしてくれるタイプの、もれなく美男子だ。
『自分も人形なら十回に一度は当たるようになってきたッスよ』
次にガラス板が捉えたのは後方で待機する男、緊張感のない声はコードネーム【スラッシュ】、本職は回復術士。誰に対しても分け隔てなく接する人格者であり、研修中の座学スコアは常にトップ、実科訓練においても抜群のセンスを発揮している。
その容姿は一見して女性に見間違えてしまうほどの中性的な顔立ちで、ほわほわしているクセに実はドSだったりする案の定、美男子である。
『はいはい……、分かりましたよ』
ホークのげんなりした声に、両手を軽く上げてお手上げのポーズを取る姿が目に浮かぶ。
――少々、緊張感が足りないようですね。
深く息を付いた後、私はチョーカーに触れた。
「無駄口を叩いてないで任務を遂行せよ」
瞬間、凍り付いたように騎士たちの会話が止まり、辺りは静まり返ったが――、
『そんじゃ、うちらの姫様がお怒りになる前に終わせるとしますか』スラッシュが軽口を叩く。
『よし、ホークとイーグルは礼拝堂を、スラッシュと私で二階の居室を検索する。まだ火煙の影響は少ないが、炎で退路が断たれる前に各自の判断で退避しろ』
一同の視界が、かくんと縦に小さく揺れ、タイチョーの指示に答える。
使用される呼称名が鳥の名前で統一されているのは、特に深い理由はない。
タイチョーが進行方向に向かって手刀を振り下ろし、騎士たちは通路を二手に分かれて走り出した。
ホークに先行して前を進むのはイーグルだ。ホークは背後を警戒する。
私は騎士たちの活動をより鮮明に観察するため、ガラス板の画像を切り替えて、ホークとイーグルの二画面を選択する。ガラス板の画面は中央で右と左に分断された。
礼拝堂の扉に背中を預けたイーグルが、分厚い扉を押して五センチ程度の隙間を作って中の様子を伺う。扉の隙間からうっすらと煙が流れ出てきた。
『まだそれほど火の手は勢いを増していないようだ』イーグルが言った。
ちなみに私は聖女でも悪役令嬢でもない。
こっちの世界に聖女として召喚されたのだけど、聖女ではなかったみたいで王宮の厨房でコックとして働かせてもらっていた。
そんな私がなぜこんなことしているのか、それについて時を遡って語りたい。




