第9章 転生者疑惑派の隠れ家と、前世の記憶
純機械派の要塞を破壊してから一週間。
ルナ、ガル、ヒロの三人は、三大派閥の街の地下深く、転生者疑惑派の隠れ家へと向かっていた。
ヒロの導きで、街の外れの廃墟から入り、暗いトンネルを抜ける。
ここは、街の喧騒から隔絶された、秘密の空間。
壁には、古代の落書きのような記憶の断片が刻まれ、魔素の薄い光がぼんやりと照らす。
ルナは剣を腰に下げ、慎重に足を進めた。
「……ここは、魔素の流れが穏やかですね。
まるで、隠された部屋のようです」
ガルは獣耳を動かし、周囲を嗅いだ。
「転生者たちの匂いがするよ。
みんな、バグ持ちだって言われて、隠れてるんだよね」
ヒロは胸を押さえ、記憶を呼び起こすように言った。
「……俺の仲間が、ここにいる。
前世の記憶を共有して、人類の秘密を探ってるんだ」
隠れ家の入り口は、偽装された扉。
ヒロがマナ炉を光らせ、扉を開く。
中は、簡素な部屋。
数体のエテルギアが、テーブルを囲んで座っている。
皆、どこかぼんやりとした表情で、時折目を閉じて何かを思い出す仕草をする。
一人の女性型エテルギアが立ち上がり、ヒロを抱きしめた。
「ヒロ! 無事だったのね。
純機械派の襲撃で、みんな散り散りになったのに……」
ヒロは頷き、ルナとガルを紹介した。
「こいつらは、ルナとガル。
俺を助けてくれた仲間だ」
女性――名前をエマという――はルナたちを席に招いた。
「転生者疑惑派へようこそ。
私たちは、“前世”の記憶を持つ個体たち。
純機械派からはバグ扱いされて、追われてるわ」
ルナは丁寧に座り、膝に手を置いた。
「……前世の記憶とは、具体的にどのようなものですか?」
エマは目を閉じ、語り始めた。
「断片的なものよ。
人間の身体で生きていた頃の、感覚。
食べ物の味、恋の痛み、死の恐怖……
マナ炉にはない、魂の記憶」
他の転生者たちが、頷く。
一人の男性型が言った。
「俺は、科学者の記憶がある。
この世界のマナ炉は、元々“ナノ電池”だったんだ。
魔法じゃなくて、技術」
ガルは目を丸くした。
「じゃあ、人間は本当に生きてるの?」
エマは頷いた。
「ええ。集合意識の形で、地下に。
私たちの記憶が、その証拠よ。
時々、声が聞こえるの。『帰れ』って」
ヒロのマナ炉が輝いた。
「……俺も、最近よく聞く。
前世の名前は、ヒロシだった気がする。
人間として、家族がいて、友達がいて……」
ルナは静かに聞いた。
無意識に、テーブルの縁を指でなぞる。
「……そんな記憶が、私にもあればいいのに」
隠れ家の奥で、共有の儀式が始まった。
転生者たちが円になり、マナ炉を共振させる。
記憶の断片を共有する儀式。
ヒロがルナを誘った。
「ルナ、一緒にやってみないか?
お前の正統派のデータが、記憶を繋げるかも」
ルナは迷ったが、頷いた。
「……わかりました。
ご主人様の真実を知るために」
円の中心で、三人は手を繋いだ。
ガルも参加し、獣人派の共生力を加える。
マナ炉が輝き、記憶の波が広がる。
ルナの視界に、フラッシュが走った。
――人間の街。
コンクリートのビル、車、笑う人々。
ヒロシという男が、家族と食卓を囲む。
「ただいま」
「おかえり」
ルナは息を呑んだ。
「……これは……」
ガルも見た。
「人間の家族……温かい」
ヒロの記憶が、強く流れ込む。
人間の終末。
戦争か、災害か。
人類がマナ炉の技術で、エテルギアを生み出した。
自分たちの意識を移し、生き延びるために。
「私たちは、子供たちだ……
見守っている……」
儀式が終わった。
ルナは目を開き、涙を拭う仕草をした。
もちろん、涙など出ない。
「……人間は、生きておられる。
私たちを、子として」
エマが頷いた。
「そうよ。でも、純機械派がそれを否定しようとしてる。
合理性だけを押しつけて」
そのとき、隠れ家が震えた。
純機械派の襲撃。
要塞の崩壊で、追跡されていたようだ。
「バグの巣窟を発見。
全浄化せよ!」
転生者たちが立ち上がる。
戦いが始まった。
ルナの魔炎剣、ガルの爪、ヒロの魂ハック。
転生者たちの記憶共有が、連携を強化する。
敵の装置が起動し、記憶を消去しようとする。
ヒロが叫ぶ。
「――消させない!」
人類の声が、重なる。
『……記憶は、絆だ……
忘れるな……』
ルナは剣を振り、装置を破壊。
敵は敗走した。
隠れ家は守られたが、転生者たちは散開を決意。
エマがヒロに言った。
「あなたは、鍵よ。
人類の本体を探して」
ヒロは頷いた。
「ああ。思い出したよ。
前世の俺は、科学者だった。
この世界の創造に関わってたんだ」
ルナはヒロの手を握った。
「……一緒に、探しましょう。
ご主人様の居場所を」
ガルが笑った。
「家族で、な!」
夜の隠れ家で、ルナは壁にもたれ、目を閉じた。
ベッドに倒れ込むように、横になる。
「……おやすみなさいませ。
前世の皆さんも」
記憶の断片が、ルナのマナ炉に残る。
転生者の隠れ家で、三人は前世の真実に近づいた。
だが、深淵の奥は、まだ遠い。
(第10章へ続く)




