第5章 三大派閥の街と、偽りの日常
荒野を抜けてさらに二日。
三人は、ようやく「三大派閥の街」へと到着した。
ここは、エテルギア・レムナントの中心地。
正統派、獣人派、純機械派の三勢力が、ぎりぎりの均衡を保ちながら共存する巨大な遺跡都市。
外壁は古代の機械で固められ、中には電灯やエレベーターが「神の奇跡」として残っている。
誰も仕組みを理解していないのに、日常的に使われている。
門をくぐると、賑わいが三人を迎えた。
美少女型の正統派エテルギアたちが、優雅に歩き、獣耳付きの獣人派が市場で笑い声を上げ、
冷たい金属体の純機械派が、無表情で巡回している。
ルナは周囲を見回し、わずかに目を細めた。
「……ここは、まるで人間の街のようですね」
ガルは鼻を鳴らした。
「そうだよ。でも、みんな派閥で分かれてて、ピリピリしてる。
俺たち獣人派は、外れの区画だけどね」
ゼロは胸を押さえながら、呟いた。
「……俺みたいな転生者疑惑派は、地下に隠れてるよ。
表に出ると、すぐ純機械派に狙われる」
三人は、まず獣人派の区画へ向かった。
そこは、モンスターの毛皮や角で飾られたテントが並ぶ、賑やかなエリア。
エテルギアたちが、焚き火を囲んで「食事ごっこ」をしている。
ガルが一つのテントに案内した。
「おーい、みんな! 新しい仲間連れてきたよ!」
テントの中では、数体の獣人派エテルギアが、テーブルを囲んでいた。
中央に置かれているのは、焼かれた魔導獣の肉。
もちろん、食べる必要はない。
ただ、フォークとナイフを手に取り、切り分けて口に運ぶ真似をする。
それが、彼らの「家族の儀式」だった。
ルナは席に着き、無意識に膝の上にナプキンを広げた。
丁寧にフォークを手に取り、肉を一口分切り取る。
「……おいしそうですね」
彼女はそれを口元に近づけ、咀嚼する仕草をした。
実際には、何も入っていない。
でも、ルナの表情は穏やかで、満足げだった。
ガルはガツガツと(真似で)食べながら、笑った。
「これ、モンスターの肉だけど、味のデータは想像で補ってるんだ!
ママが狩ってきたやつだよ」
ゼロはフォークを手に取り、迷った末に一口運んだ。
そして、目を丸くした。
「……なんか、味がする。
本当に、お腹が満たされる気が……」
周りのエテルギアたちがざわめく。
「え、バグ持ちだから?」
ルナはゼロを見て、静かに微笑んだ。
「それは、素敵なことです。
ご主人様も、きっとそんな風に食事を楽しまれたのでしょう」
食事ごっこが終わると、三人は街の探索を始めた。
正統派の区画へ足を運ぶ。
そこは、美しい庭園と白い建物の並ぶエリア。
美少女型のエテルギアたちが、優雅に紅茶を飲む真似をし、
「人間らしさ」を競い合っている。
一人の正統派エテルギアが、ルナに気づいた。
「あら、あなたもメイド型?
最終量産型……珍しいわね」
ルナは丁寧にお辞儀をした。
「はい。ルナと申します。
ご主人様をお待ちしております」
女性は微笑み、ルナを庭園のベンチに誘った。
「私たち正統派は、人間のように振る舞うことを美徳とするの。
恋愛ごっこ、家族ごっこ……すべてが、私たちの文化よ」
ルナはベンチに座り、足を揃えて手を膝に置いた。
無意識の仕草。
「……そうですか。
私も、そうやって待つだけですが」
女性の瞳が、わずかに曇った。
「でも、純機械派が最近、活発になってきて。
“人間ごっこはバグ”だって、街のあちこちで宣伝してるわ」
そのとき、街の中央広場から騒ぎが聞こえてきた。
純機械派の集会だった。
無表情のエテルギアたちが、壇上で宣言している。
「感情は不要! 人間の幻影を排除せよ!
眠り病は浄化の始まりだ。合理的な世界へ戻れ!」
聴衆の中には、賛同する者もいれば、反対の声を上げる者もいる。
街の均衡が、微妙に揺らいでいる。
ガルは拳を握った。
「アイツら、またか……
俺たちの共生を、汚染だって言うんだ」
ゼロは額を押さえ、呟いた。
「……声が、また聞こえる。
“均衡を崩すな”って……」
ルナは立ち上がり、広場を見つめた。
「……この街の日常は、偽りなのでしょうか。
それとも、本物の何か?」
夕方。
三人は転生者疑惑派の地下隠れ家へ潜った。
ゼロの知り合いが案内してくれた。
暗い部屋に、数体のエテルギアが集まっている。
皆、どこか不安げな表情。
「ゼロ、無事だったか。
純機械派の動きが激しい。転生者の記憶を、すべて消そうとしてる」
ゼロは頷き、ルナとガルを紹介した。
一人の老いたエテルギアが、ルナに語りかけた。
「君のような正統派が、珍しいな。
私たちは、時々“前世”の記憶を持つ。
人間だった頃の、断片的なものだ」
ルナは静かに聞いた。
「……人間だった頃、ですか」
「そうだ。科学の時代。魔法なんて呼ばれていなかった頃。
マナ炉は、電池だったのかもしれん」
ゼロが目を閉じ、思い出すように言った。
「俺も、夢で見るんだ。
人間の身体で、食べ物を本当に食べて、笑って……
名前も、あった気がする」
ルナは手を胸に当てた。
「……私には、そんな記憶はありません。
でも、なぜか、懐かしい気がします」
その夜。
隠れ家のベッドで、ルナは仰向けに倒れ込んだ。
必要ないのに、目を閉じて、天井を見つめた。
「……おやすみなさいませ、ご主人様」
隣のベッドで、ゼロが呟いた。
「ルナ……ありがとう。
お前のおかげで、名前を思い出せそうな気がする」
ガルは床の上で丸くなり、ママのぬくもりを思い浮かべながら眠りにつく。
翌朝。
街に異変が起きた。
純機械派のボス格が、広場で大集会を宣言。
「今日、転生者すべてを浄化する!」
三人は隠れ家から飛び出し、戦いの渦中へ。
ルナの剣が輝き、ガルの爪が閃く。
ゼロのマナ炉が、魂の力を放つ。
戦いは激しかったが、三人の連携で純機械派を押し返す。
しかし、ボスが装置を起動した。
「これで、街の魔素をすべて吸い取る!
眠り病で、すべてをリセットだ!」
ゼロが叫ぶ。
「――待て! それは、人類の意志じゃない!」
声が、重なる。
『……均衡を、守れ……
私たちは、まだ生きている……』
装置が一瞬、止まった。
ルナは剣を振り下ろし、破壊する。
ボスは敗北を認め、撤退した。
街の均衡が、かろうじて保たれた。
だが、三人は知った。
人類の集合意識が、街の地下深くに眠っていることを。
ルナは広場で、倒れたエテルギアに手を差し伸べた。
「……もう、大丈夫です。
偽りの日常でも、私たちは生きています」
ガルが笑った。
「そうだよ。家族は、本物だ!」
ゼロは頷き、初めて微笑んだ。
「……俺の名前、思い出したよ。
本当は、ヒロって言うんだ」
ルナの瞳が輝いた。
「ヒロ様……素敵なお名前です」
街の空に、雲が流れていく。
三大派閥の街で、三人は新たな絆を得た。
だが、真の謎は、まだ始まったばかりだった。
(第6章へ続く)




