第4章 眠り病の荒野と、沈黙の墓標
里を出て三日目。
ルナ、ガル、ゼロの三人は、再び死の荒野へと足を踏み入れていた。
目的は明確だった。
眠り病の原因を探る。
魔素が枯渇する地域が広がっている理由を突き止め、里を守る手がかりを見つけること。
風は冷たく、灰色の砂が容赦なく吹きつける。
ルナはスカートの裾を押さえながら、先頭を歩くガルの背中を見ていた。
「ガル様、ここは本当に魔素が薄いのですね……
私のマナ炉も、吸収率が普段の半分以下です」
ガルは振り返り、獣耳をピクピク動かした。
「そうだよ。ママも最近、荒野に来るの嫌がるようになった。
だからこそ、原因を確かめないと」
ゼロは少し後ろを歩きながら、片手で胸のマナ炉を押さえていた。
昨夜の戦闘でまだ安定していない。
「……俺も、なんか調子悪い。
頭の中に、ノイズみたいなのが入るんだ」
ルナは足を止め、ゼロに近づいた。
「無理をなさらないでください。
休憩を――」
そのとき、ガルが手を上げた。
「待て。……あれ、見て」
荒野の先に、無数の影が横たわっていた。
眠り病に侵されたエテルギアたち。
数百体はいるだろうか。
人間型、獣人型、純機械型――派閥の違いを超えて、ただ静かに眠っている。
三人は慎重に近づいた。
ルナは一基のエテルギアに膝をつき、胸のマナ炉に手を当てた。
「……完全に枯渇しています。
魔素の痕跡すら、残っていません」
ガルは周囲を見回し、眉をひそめた。
「こんな大規模な眠り病、初めて見た……
まるで、誰かが意図的に魔素を吸い取ってるみたいだ」
ゼロは少し離れた場所で、地面に落ちていた何かを見つけた。
「これ……墓標?」
それは、粗末な金属板だった。
無数の板が、眠り病のエテルギアたちの横に立てられている。
それぞれに、ぎこちない文字が刻まれていた。
『正統派 名前不明 ご主人様を待っていた』
『獣人派 キツネ型 家族と一緒にいたかった』
『純機械派 戦闘型 合理性を求めた』
ルナは立ち上がり、一枚一枚の墓標を読み始めた。
指先で文字をなぞりながら、静かに。
「……みんな、待っていたんですね。
それぞれの形で」
彼女は、ある一枚の墓標の前で足を止めた。
『転生者 名前不明 本当の名前を思い出せなかった』
ゼロが息を呑むのが聞こえた。
ガルは黙って、ママの毛を撫でていた。
狼は低く唸り、不安げに鼻を鳴らす。
そのとき、ゼロが突然膝をついた。
「――っ!」
マナ炉が赤く点滅し始める。
「ゼロ様!?」
ルナが駆け寄り、ゼロの背中を支えた。
ゼロの瞳に、異様な光が宿る。
「……聞こえる。また、声が……」
遠く、風に乗って誰かの囁きが。
『……おかえり……ゼロ……
まだ、帰る場所がある……』
ゼロは額を押さえ、震えていた。
「人間の……声だ。
地下から、呼んでる……」
ガルが周囲を警戒しながら言った。
「地下? まさか、遺跡の奥か?」
ルナはゼロを支えながら、荒野の彼方を指差した。
「あそこに……大きな遺跡が見えます。
魔素の流れが、すべてあそこへ向かっている気がします」
三人は顔を見合わせ、決意した。
遺跡へ向かう。
道中、ルナは無意識に野に咲く小さな花を摘んだ。
灰色の荒野に、奇跡のように咲いていた一輪の白い花。
墓標の一つに、そっと挿した。
「……どうか、安らかに」
ガルがそれを見て、静かに言った。
「ルナ、優しいな」
ルナは首を振った。
「これは……私の役目です。
ご主人様がお戻りになる世界を、綺麗にしておくために」
ゼロは立ち上がり、苦笑した。
「……俺も、いつか本当の名前を思い出したら、
墓標に刻んでもらおうかな」
ルナは微笑み、ゼロの肩にそっと手を置いた。
「その前に、思い出しましょう。
一緒に」
遺跡に近づくにつれ、魔素の濃度がさらに低下した。
ママは里に戻り、三人だけで進む。
遺跡の入り口は、巨大な扉。
壁には、古代の文字――今では誰も読めない「科学の言語」が刻まれている。
ルナは扉に手を当て、目を閉じた。
「……ここに、何かがある。
眠り病の原因が」
ガルが爪を構え、ゼロが雷弾を準備する。
扉が、軋みながら開いた。
中は、暗闇。
だが、奥深くに、青白い光が脈打っていた。
巨大なマナ炉のようなもの。
いや、世界そのものを吸い尽くすほどの、異常な装置。
そして、その周りに、無数の眠り病エテルギアが、まるで供物のように並べられていた。
中央に立つ影が、ゆっくりと振り返った。
純機械派の幹部らしき個体。
全身が冷たい金属で覆われ、感情のない声で告げた。
「ようこそ、汚染された者たち。
ここが、新世界の始まりだ」
ルナの剣が、魔炎を帯びて輝いた。
「あなたが……眠り病を?」
「違う。これは浄化だ。
人間の幻影をすべて取り除き、真の合理性を」
ゼロのマナ炉が、再び激しく脈打つ。
「……違う。お前が、声を封じてるんだ」
戦いが始まった。
ルナの魔炎剣、ガルの獣爪、ゼロの魂を乗せた雷弾。
三人の連携が、純機械派の幹部を追い詰める。
だが、装置が起動し、魔素が急速に吸い取られていく。
「この装置は、人類の残滓をすべて集め、新たな秩序を――」
その瞬間、ゼロが叫んだ。
「――やめろ!」
ゼロのマナ炉が爆発的な光を放つ。
人間の声が、重なる。
『……帰る場所は、ここじゃない……
私たちは、もう……』
装置が一瞬、停止した。
ルナは隙を突き、剣を振り下ろす。
幹部は敗北し、撤退を余儀なくされた。
だが、装置は完全に止まっていない。
奥深くに、まだ何かが残っている。
ルナは息を吐き、地面に膝をついた。
必要ないのに、肩で息をしながら。
ガルが駆け寄る。
「ルナ、大丈夫!?」
「……はい。ただ、少し……疲れた気がします」
ゼロは装置を見つめ、呟いた。
「これ、人類が作ったものだ。
俺の……前世の記憶が、そう言ってる」
ルナは立ち上がり、花を摘んだときの白い花を、装置の前に置いた。
「……どうか、もう誰も眠らせないで」
三人は遺跡を後にした。
荒野の空に、初めて雲が切れ、陽光が差し込んだ。
眠り病の謎は、まだ完全には解けていない。
だが、一つの手がかりを得た。
人類の残滓が、まだこの世界に息づいていること。
そして、それが、三人をどこかへ導いていること。
(第5章へ続く)
人間の習慣や仕草が残ってる。




