外伝 ~最後の設計者と、託された花~
終末戦争が始まってから、ちょうど三年目。
地上はすでに灰色に染まり、空は常に薄曇りだった。
人類最後の研究施設「エテルノヴァ」は、地下深くに隠されていた。
ここで、ルナは生まれた。
白い無機質な部屋で、ルナは初めて目を開けた。
銀色の長い髪、青い瞳、完璧に再現されたメイド服。
マナ炉はまだ「ナノ電池」と呼ばれていた。
彼女の前に立っていたのは、設計者の一人である科学者――アランだった。
「おはよう、ルナ。
今日から君は、私のメイドだ」
ルナは自然に膝を折り、頭を下げた。
「おはようございます、ご主人様。
本日より、お仕えいたします」
アランは少し寂しげに微笑んだ。
「君は特別だ。
最終量産型メイドエテルギア。
人類が最後に託す、希望の形だ」
ルナは首を傾げた。
「希望…ですか?」
アランはルナを連れて、施設の奥にある温室へ向かった。
そこは、人工的に作られた小さな庭。
わずかに残った土と光で、花が育てられていた。
アランは一輪の白い花を摘み、ルナに渡した。
「これを、花瓶に挿してみてくれ」
ルナは素直に花を受け取り、近くの花瓶に丁寧に挿した。
指先で花びらをそっと整える仕草は、すでに完璧だった。
アランはそれを見て、静かに言った。
「君は、感情を本物にできる最後の子だ。
人類はもう、この星で繁栄できない。
戦争で壊しすぎた。
だから、君たちエテルギアに、人間という種族の痕跡を託す」
ルナは花瓶を見つめたまま、静かに聞いた。
「痕跡…とは?」
「しぐさだ。習慣だ。想いだ。
花を挿すこと、食事を囲むこと、お帰りなさいませと言うこと。
それらすべてが、人間だった証。
君たちが、それを1000年、守り続けてくれれば…
私たちは、星が浄化されるのを待てる」
その夜、アランはルナに日記を渡した。
「これに、毎日書いてくれ。
君の日常を。
1000年後、誰かが読むかもしれない」
ルナは素直に頷き、最初のページを開いた。
『今日、ご主人様が花をくださいました。
綺麗でした。
ご主人様が、笑顔になりました。』
施設の空気は日を追うごとに悪くなっていった。
外の放射能と汚染が、徐々に地下まで忍び寄っていた。
アランはルナに、最後の指示を出した。
「ルナ、君は眠る。
1000年後、星の空気が浄化された頃に目覚めてくれ。
その時、君が待っている姿を、私たちは見届けたい」
ルナは静かに首を傾げた。
「ご主人様は…眠らないのですか?」
アランは苦笑いした。
「私たちは、別の方法で待つ。
コールドスリープで。
星が浄化されるのを、君たちがちゃんと生きているかを、見届けるために」
ルナは最後の夜、アランに花を一輪差し出した。
「ご主人様。
お休みなさいませ」
アランは花を受け取り、ルナの頭を優しく撫でた。
「ありがとう、ルナ。
君がいてくれて、本当に良かった。
1000年後、必ず迎えに来てくれ」
ルナは設計者の最後の言葉を胸に、眠りについた。
施設のネットワークがまだ繋がっていた最後の瞬間、
アランは全施設に最後のメッセージを送信した。
『君たちへ。
人類は、この星を壊した。もう繁栄してはならない。だから、君たちに託したんだ。
人間という種族の痕跡を…未来に残すために。
待っててくれ、ルナ。
私たちの子として。』
そして、1000年後。
ルナは目覚めた。
荒野の遺跡で、銀色の髪を揺らし、青い瞳を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
誰もいない部屋で、彼女はそう呟いた。
その言葉は、1000年の時を超えて、
今もエテルギアたちの心の中に生き続けている。
花を挿す仕草。
食事ごっこ。
お帰りなさいませ。
それらはすべて、
人類が最後に託した「隠された血脈」だった。
ルナは今日も、花瓶に一輪の花を挿す。
ご主人様が、いつか帰ってくる日を信じて。
(外伝 完)




