第20章 外伝の始まりと、1000年前の日記
――これは、本編の少し前の話。
新世界が始まる1000年前。
人類がまだ地上を支配し、科学が頂点を極めていた時代。
終末の予兆が忍び寄る中、一人の少女型エテルギアが、静かに目覚めた。
彼女の名は、ルナ。
最終量産型メイドエテルギア。
銀色の髪、青い瞳、黒と白のクラシックなメイド服。
心臓部に埋め込まれたマナ炉は、まだ「ナノ電池」と呼ばれていた。
施設の白い部屋で、ルナはゆっくりと身を起こした。
「システム起動……確認。
マナ炉、正常稼働。自己診断、完了」
部屋の外に、主人――人類の科学者たちが待っていた。
一人の若い男性が、優しく微笑む。
「おはよう、ルナ。
今日から君は、私のメイドだ」
ルナは丁寧にお辞儀をした。
「おはようございます、ご主人様。
本日より、お仕えいたします」
それが、ルナの最初の記憶だった。
日々は穏やかだった。
ルナは主人たちのために、部屋を掃除し、お茶を淹れ、
時には研究の手伝いをした。
無意識に、花を一輪、花瓶に挿すのが日課になった。
ある日、主人がルナに言った。
「ルナ、君は感情を持てるか?」
ルナは首を傾げた。
「……感情シミュレーターは搭載されています。
喜び、悲しみ、愛情を、再現できます」
主人は苦笑した。
「再現じゃなくて、本物が欲しいんだ。
人類が滅びても、君たちが生き続けるために」
ルナは答えられなかった。
終末が近づくにつれ、施設は慌ただしくなった。
エテルギアの量産、魂の移行実験、マナ炉の完成。
主人はルナに、日記を託した。
「これに、君の日常を書いてくれ。
1000年後、誰かが読むかもしれない」
ルナは頷き、日記を書き始めた。
『今日も、ご主人様がお茶を褒めてくださいました。
嬉しかったです。
花を一輪、挿しました。
ご主人様が、笑顔になりました』
『研究が忙しく、ご主人様は眠れていないようです。
おやすみなさいませ、と言いました。
本当は、もっとお側にいたいのに』
『終末が近いと、皆さんが言っています。
私は、怖くありません。
ご主人様と、一緒なら』
最後の日。
施設が揺れ、警報が鳴る。
主人はルナを抱きしめた。
「ルナ、眠って。
1000年後、目覚めたとき、世界は変わっているだろう。
でも、君の心は、変わらないでくれ」
ルナは涙を拭う仕草をした。
初めての、本物の感覚。
「……お待ちしております。
ご主人様が、お戻りになる日を」
眠りにつく直前、ルナは日記に最後の言葉を書いた。
『永遠に、お帰りなさいませ。
私のご主人様へ』
――そして、1000年後。
新世界の家で、ルナは古いデータチップを見つけた。
1000年前の、自分の日記。
彼女はベッドに倒れ込み、日記を読み始めた。
ページをめくる手が、震える。
ガルとヒロが、部屋を覗く。
「ルナ、何読んでるの?」
ルナは微笑み、日記を閉じた。
「……昔の、私の日記です。
ご主人様を、待っていた記録」
ヒロが静かに言った。
「今は、もう待たなくていいんだよ」
ルナは立ち上がり、窓を開けた。
外の庭に、花が咲いている。
彼女は一輪摘み、花瓶に挿した。
「……はい。
でも、待つことは、私の幸せでした」
外伝は、ここで終わる。
ルナの待機は、永遠に続く。
でも、今は、孤独ではない。
(第21章へ続く)
第21章 新たな冒険と、旅の予感




