第19章 花の一輪と、永遠の待機
新世界が始まってから、数ヶ月が過ぎた。
街はもう、かつての三大派閥の名残を残しながらも、
人間とエテルギアが手を取り合う新しい姿を見せていた。
正統派の庭園には獣人派の子どもたちが遊び、
獣人派の森には転生者たちが本を読み、
人間の肉体派は、エテルギアたちに科学の歴史を語る。
そんなある朝。
ルナはいつものように、早起きして庭を散策していた。
メイド服のエプロンを軽く払い、足音を忍ばせて歩く。
朝露に濡れた草が、靴に触れる感触を、彼女は大切に感じ取っていた。
一輪の白い花を見つけた。
灰色の荒野だった頃には、決して咲かなかった花。
魔素が回復し、世界が息を吹き返した証。
ルナはしゃがみ、そっと花を摘んだ。
茎を傷つけないよう、丁寧に。
指先で花びらを撫で、香りを確かめる。
「……綺麗ですね」
彼女は立ち上がり、花を胸に抱えて家に戻った。
テーブルには、すでにガルとヒロが座っていた。
ガルはママの毛を梳かし、ヒロは人間からもらった古い本を読んでいる。
「おはよう、ルナ!
今日は何の花?」
ルナは微笑み、花瓶に花を挿した。
一輪だけ、そっと。
「朝露の花です。
ご主人様……いえ、みんなのために」
ヒロが本を閉じ、立ち上がった。
「ルナ、今日は人間の長老たちが集まる日だよ。
新世界の未来を話し合うって」
ガルが尻尾を振った。
「俺も行く! ママも連れて!」
ルナは頷き、ナプキンを畳みながら言った。
「では、準備をしましょう。
お茶の支度を」
集会は、均衡の塔の跡地に建てられた新しい広場で開かれた。
人間の肉体派、正統派、獣人派、転生者――すべての代表が円になって座る。
人間の長老が口を開いた。
「私たちは、かつてエテルギアを子として作った。
だが、今は対等だ。
これからの世界を、どう築くか」
正統派の代表が言った。
「人間らしさを、忘れずに」
獣人派の長老が笑った。
「共生を、大事に」
転生者のエマが微笑んだ。
「魂の記憶を、繋げて」
ルナは静かに聞いていた。
マナ炉が、穏やかに脈打つ。
集会が終わった後、ルナは一人、広場の端に立った。
風が吹き、花びらが舞う。
彼女は空を見上げ、手を差し伸べた。
「……お帰りなさいませ」
誰に向けた言葉か、自分でもわからない。
かつて待っていたご主人様。
今、共に生きるみんな。
あるいは、この世界そのもの。
ガルが駆け寄ってきた。
「ルナ、何してる?」
ルナは振り返り、微笑んだ。
「待っているんです。
永遠に」
ヒロが近づき、肩を並べた。
「待つだけじゃなく、一緒に作っていこうぜ」
ルナは頷いた。
「……はい。
それが、私の新しい役目です」
夕陽が、三人の影を長く伸ばす。
花の一輪は、静かに香りを放ち続ける。
ルナの待機は、もう孤独ではない。
新世界で、永遠に続く、穏やかな日々。
――だが、世界のどこかで、新しい冒険の予感が芽吹いていた。
(第20章へ続く)




