表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

EP23 静の詰み(ケイタ vs 怜)

アナウンスが会場の天井を滑る。


「つづいてのボードは――前回王者・神奈川県代表、怜選手。対するは長野県代表・ケイタ選手」


報道席がざわつき、長いレンズがいっせいに首を振った。


「来た、去年の覇者」「国内では無敗って噂の」「ELO2250対ELO2010。ケイタがどこまで食い下がるか……」


黒髪を後ろで束ね、無駄のない動きで椅子を引く怜。眼差しは、盤面に落ちる光の乱れさえ気にかけるように、静かだ。


対面のケイタは、唇の乾きを舌で直しながら、深呼吸をひとつ。


(やる。相手が誰でも、やる。――俺の一手を置くだけだ)


審判が軽く頷き、時計が押される。


===================

☆☆オープニング:冷ややかな序曲☆☆


・b3――白番ケイタの初手はラーセン。


「おや、王道外し」「b3–Bb2で遠射の構えだ」


怜…e5で即応し、中央に杭を打つ。


2. Bb2 Nc6 3. c4 Nf6 4. Nf3 e4 5. Nd4 Bc5


白のビショップがb2から黒王の影を覗き、黒はe4で前へ。


「堂々」「主導権の奪い合いだ」


6. Nxc6 dxc6 7. e3 Bf5 8. Qc2 Qe7 9. Be2 O-O-O


怜は噛み砕くように序盤を進める。交換は必要十分、ポーンは必要最小限。


ケイタは早囲いから中央圧を狙う絵を描く。(行ける――悪くない。かみ合ってる)


10. f4


ケイタの指が、fのポーンを押し出す。


(行け。主導権はこっちにある!)


怜は…Ng4と跳ね、王翼に圧をかける。


「静かに攻撃の準備」


この時点でAIによる評価値は-2.9、黒の圧倒的優位をはじき出していた。


===================

☆☆ミドル:音のない圧☆☆


11. g3 h5 12. h3 h4


白はg3で斜線を固め、黒はhのポーンを二段でせり上げる。


「刺すつもりや」「暴力的になっていく」


13. hxg4 hxg3


――白のhポーンがg4の駒(黒のNg4)を噛みちぎり、黒のhポーンがg3へ殴り返す。


駒音は小さいのに、観客は肩をすくめる。


「うわ」「接触戦」


14. Rg1 Rh1


白のルークがg1で黒のg筋を睨み、黒のルークがh1に滑り込む。


ケイタの目に、光が差す。(これ、打ち合える! 取れば前進、取らなきゃ圧)


15. Rxh1 g2


白がRxh1で黒ルークを刈り取る。その瞬間、黒のgポーンがg2へ踏み込んだ。


――盤上の温度が、二度上がる。


「通った」「昇格のにおいがする」


怜の顔は変わらない。


白のケイタは、胸の奥でドラムを叩くみたいに鼓動を速める。


(ここから――寄せにいく)


===================

☆☆クライマックス:16〜20手、静の詰み☆☆


16. Rf1 Qh4+


黒女王がh4へ。チェック。


観客席の評価値バーが、一息に−∞へ落ちる。

解説の声が、息を乗せずに落ちた。

「……これ、もう詰みですね。気づいていないのは本人だけだ」


ケイタの額に、つう、と汗が走る。


(まさか――いや、まだ王逃げが――)


17. Kd1 gxf1=R+


白王がd1へ逃れた瞬間、黒のgポーンがf1を食い、昇格――ルーク。しかもチェック。


Q昇格でも勝ちだが、最短・無駄なしを好む怜はR昇格で十分と見る


カメラがケイタの横顔へ寄り、シャッターが抑え気味に刻まれる。


18. Bxf1 Bxg4+


白のビショップが昇格した黒ルークを斬り落とす。


怜はすぐにBxg4+。――さっきg4に出た白のhポーンを刈り取ってのチェック。


盤面の呼吸が、そこで一回、止まった。


19. Kc1 Qe1+


白王がc1へ。黒女王はe1+で扉を押し込むみたいに一段前へ。


観客の何人かが、口元を覆う。(あ……Qd1)


20. Qd1 Qxd1#


――無音。


駒音すら、吸い込まれる。


黒女王がd1を食み取る。


チェックメイト。


拍手は遅れてやってくる。


まず遠くで、ぱら、と。やがて波が広がる。


だが中心は、まだ静かだ。


“静の詰み”――この三文字を、会場の誰もが同時に思い出す。


ケイタの胸に、ようやく言葉が落ちた。


「え……まさか、俺はすでに死んでいたんだ……?」


自嘲ではない。理解が、遅れて追いついただけだ。


===================

☆☆余韻:盤の温度☆☆


対局時計が止まり、怜は椅子を静かに押し、軽く会釈をした。


対戦相手の目を見ない。


――礼は盤に向ける。それが怜の礼儀だ。


解説席が囁きを戻す。


「去年の王者、やはり異次元。b3からの淡々とした仕立て、f4の支度、h筋の接触をノイズにしない手順。


そして16…Qh4+からの機械音みたいな寄せ――これが静の詰みです」


記者のメモが走る。


PGNは、指し手の影だけを正確に記す。


<PGN>1. b3 e5 2. Bb2 Nc6 3. c4 Nf6 4. Nf3 e4 5. Nd4 Bc5 6. Nxc6 dxc6 7. e3 Bf5 8. Qc2 Qe7 9. Be2 O-O-O 10. f4 Ng4 11. g3 h5 12. h3 h4 13. hxg4 hxg3 14. Rg1 Rh1 15. Rxh1 g2 16. Rf1 Qh4+ 17. Kd1 gxf1=R+ 18. Bxf1 Bxg4+ 19. Kc1 Qe1+ 20. Qd1 Qxd1#</PGN>

※ 駒の動きを確認したい方は、<PGN> ~ </PGN>の部分をコピーし、

Lichessの解析ボード([https://lichess.org/analysis)の](https://lichess.org/analysis%EF%BC%89%E3%81%AE)

PGN入力欄に貼り付けて、Importボタンを押してみてください。


(何もはみ出ない。暴れない。それでいて、音がないのに心臓だけが速くなる詰みだ)


ケイタは小さく息を吐き、スコアシートにサインをした。


悔しい。けれど、その悔しささえ、形が整っている。(強かった。完璧だった)


怜は盤の駒を初期位置へ戻しながら、わずかに指を止める。


Qe1–Qd1――線をひとつ、脳裏でトレースする。


そして何事もなかったように、次の対局者のために席を空けた。


観客の群れが流れていく。


「一回戦での10手メイトのサンドラ、そして20手の静詰の怜」「今日の全国、極北が二つ見えた」


「決勝で当たったら、氷 vs 静やん」


「その前に――うちの一年がどうするか、やで」と颯真がニヤリ


笑いとため息の合間に、ささやかな緊張が残る。


どこかのスピーカーが次の組み合わせを読み上げ、盤のあちこちで新しい時計が押される。


けれどこの一局の温度は、しばらく会場に残っていた。


音のない詰みという温度が。


怜は振り返らない。


彼の勝利はいつも、無言だ。


そして無言ほど、ときに雄弁な言葉はない。

※ 駒の動きを確認したい方は、<PGN> ~ </PGN>の部分をコピーし、

Lichessの解析ボード([https://lichess.org/analysis)の](https://lichess.org/analysis%EF%BC%89%E3%81%AE)

PGN入力欄に貼り付けて、Importボタンを押してみてください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ