EP13 原宿デート?
原宿駅の竹下口前は、いつ来ても小さいお祭りみたいだ。
夏休み前の土曜日、七月の陽射しは人の肩で砕けて、空気は綿あめとアイスの甘い匂いでいっぱい。桃子は十二時台からずっと下見していた。クレープ屋の列は右側が速い、竹下通りは左を歩くと人の流れに引っかかりにくい、スイパラはちゃんと予約がとれているか店員さんに直接聞いて確認する——などなど。完璧。
蒼空のマネをして腕時計は見ない。頭の中で四拍を刻む。1、2、3、4。
約束は13:11。彼の“拍”に合わせた時間……のはず。11という数字が好き、って彼は言ってた。理由は「息が変わるから」、そういうところ好き。理由わかんないけどw
「……13:11」
竹下口のアーチの下に、彼はいた。
が、もれなく3人組の女の子にナンパされていた。
「お兄さんカワイイ、一人?」
「私たちとカラオケいかない?」
「LINE教えて!」
彼は「えっと」「いや」「その」と口の前で音を漂わせている。
桃子の形相が変わった。
O nie, mój chłopak jest miękki jak wata cukrowa!(ちょっと待って、あいつ何”ふにゃふにゃ”してんの!)
ポーランド語で女子3人にまくしたてる。
「Słuchajcie, jeśli dotkniecie mojego rycerza, zamatuję was!」(おいコラ、あたしの”騎士/ナイト”に手をだしたら、あんたら”詰ます”からね!)
桃子はツカツカと近づいて、蒼空の手をつかむ。
「——行くよ、蒼空」
そのまま竹下通りの流れに乗ってずるずる引っ張る。三人組は「あ、え?」と笑って手を振り、すぐ別の標的へ去っていった。
「あんた何ナンパなんかされちゃってんの? 今日はスイパラおごってもらうからね!」
「俺、遅刻してない……」
「ダメ、あんたの驕り」
「はい……」
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今日の桃子は、ラフな白のキャミに、デニムのショーツ、足元はフリップフロップ。髪は高めのポニテで、耳には琥珀色のちいさなピアス。海外帰りっぽい? うん、そこは寄せてる。せっかくのデート?だし。
桃子は急に立ち止まって振り返り。腰に手を当てニパッと笑う。
「どう? 今日の私? 」
彼は一秒だけフリーズして、素直に言う。
「うん、違う人みたい……かわいい」
「よろしい!」
桃子の機嫌は秒で直った。
「そうだ、期末テスト」
桃子は歩きながら言う。「数学すごく点数良かったよ。蒼空のおかげ、ありがと」
「ちゃんと数学の拍を読んで教えた。山が当たった」
「なにそれ、拍って超便利! わたしもなるか、信者に」
「宗教じゃないよ」
「知ってる。けど、音楽とチェスと数学って、実は同じ顔してるでしょ。きっと拍でつながってる」
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竹下通りはキラキラの洪水だった。髪飾り、ネオン、ポップな看板。
> 「Wszystko się błyszczy.(みんなキラキラしてる)」
桃子はポーランド語で独り言を落とす。
蒼空はというと、露天のクレープのメニューを前に固まっている。
「“エンジェルとデビルクレープ”って……何?」
「ふふ、どっちが食べたい?」
「デビルクレープ食べたい人いる?」
「大丈夫、予約してある」
「……クレープ、予約したの?」
「スイパラ。Sweets Paradise。時間になったからスイーツの国へ行きます!」
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スイパラの受付は、甘い国の出入国審査みたいに、きびきびしていた。
予約名を告げると、スタッフさんが笑顔で「こっちでーす」。
トレーに皿を二枚。ケーキ、ゼリー、プリン、パフェの種。チョコファウンテンには行列。カレーの湯気が地味に良い匂い。
テーブルに戻ると、蒼空はショートケーキとミルクレープを正方形にきっちり並べていた。桃子はは山盛り。
「わたし、ポーランドのグダニスクでエレナにチェスを習っていたって言ったでしょ」
蒼空はスプーンを止め、聞く姿勢を作る。彼は聞くのが上手い。
「グダニスクはポーランドの北。バルト海に面した綺麗な港町。でも落ち着きすぎてるっていうか……わたしにとってはチェスしか楽しみがなかったの」
「……うん」(語るより食べれば)と蒼空の目が言う。でも、いま話したい。
「エレナ師匠、——あんたのおばあ様、すっごく厳しい人」
ショートケーキの苺を救出して口に入れる。
「Emotional Gambitsを教えてもらった時とか、マジで泣かされた」
笑う。あのときは笑えなかったけど。
「でも、日本に行くって言った時、師匠に泣かれたの。『寂しいけど行きなさい』って。あの人が泣くの、反則」
蒼空の指が、無意識に四拍を机で刻んでいる。彼は黙って頷く。
「そしてね、いつも私の隣にはアレクサンドラって子がいた。わたしのライバル。でもU10やU12では、結局いつも私が勝ってた」
言いながら、桃子の胸の奥で波が立つのを感じる。ホームシックの小波。
「やだ、ちょっとホームシックかも。ポーランドが恋しくなっちゃった……」
蒼空は何も言わない。でも、目が全部わかっているみたいに優しい。
(この子も戦ってきたんだな)って目。
それを見ると、彼女の中の強がりが一枚、剝がれる。
「……甘い」桃子はフォークでチーズケーキを刺し、「でも強い」と続ける。
「どっちが」
「わたし。それとケーキ」
「なにそれw」
ふたりで笑った。
「第二プレート行ってくる」
「行ってらっしゃい」
蒼空はカレーに浮気して、すぐ戻ってきた。「甘いのに、カレー」
「人生もそうじゃん」
「甘いのに」
「辛い」
スイーツの国のカレーは、ちゃんと本気で辛かった。
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原宿の後半は、古着屋めぐり。
(原宿は凄い。色も形も国籍も時代も全部ごった煮。わたしの嗜好)
「蒼空は意外とイケメンだから、パンク系とかも合うかもよ!」
鋲のついたブレスレットを彼の手首に当てる。
「俺、普通でいい……」
「“普通”ってのが一番難しいんだよ。ほら、似合うじゃん」
鏡に映る二人。手が触れそうで触れない距離。
「ふふ、これってデートっぽいんじゃない?」
「……」
蒼空は耳まで赤くなった。かわいい。
「デートって何回目からデート?」
「Głuptas (バカね)」
言ってから、手の甲がほんの少しだけ彼の手に触れた。四拍が合う。1、2、3、4。
それから何度か、わざと触れそうで触れない距離を繰り返した。歩幅が合うたび、笑いそうになる。
「歩き回ったらおなかすいちゃった。カフェとか入らない?」
「スイパラであんなに食べたのに、まだ食べるの……?」
「日本語には別腹って言葉あるでしょ?あ、あそこに良さげなカフェが……」
桃子が言いかけたとき
——その瞬間——
背後から、いきなりポーランド語が飛んできた。
> 「Zawsze taka beztroska, co nie, Monika?」
> (相変わらず呑気ね、モニカ?)
背筋がびくりと固まる。
ゆっくり振り返る。
長いブロンド、鋭い青の瞳。氷をひとかけ落としたみたいに、空気が一度だけ冷える。
「……まさか、アレクサンドラ?」




