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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
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第9話 埃まみれの捜索【2日目】

 保管庫は奥に進めば進むほど、埃っぽく、空気が淀んでいた。窓から差し込むわずかな光が、埃をきらきらと映し出し、時間が留まっているかのように輝いている。人が立ち入ることが少ないためか、床には埃が積もっていて、歩くたびに足跡が残る。雪の上を歩きまわったように、複数の足跡や荷台を引いた跡が重なっていた。

 セドリックもそのことに気がついたようだった。彼は足元を眺めながらつぶやいた。

「複数の足跡が残っている。残念だが、これだけでは犯人を割り出せないな……」


 いちばん奥の区画の棚には、荷物が置かれていなかった。

「奥には何もありません」

 私がそう言うと、セドリックは上段を見回して、「ふむ。ひとつ前の棚に戻ろう」と指示した。

 ひとつ前の棚には、疎らに荷物が置かれている。上段にある箱に手を伸ばしてみても、私の背丈では手が届かない。下段の荷物を引き出そうとしたとき、ロレンゾが声を上げた。

「待て。荷物の確認はひとつずつだ」

 セドリックが上段の箱に伸ばしていた手を止め、「では、リアラ君から先に」と言った。

 下段の箱は重かった。床に置いた瞬間、埃が舞って咳き込んだ。箱の蓋を開けると、その中には、ぎっしりと古い紙が詰め込まれていた。何かの研究記録だろうか。

「どうやら、それではないようだ」

 セドリックがそう言い、私は箱に蓋をして箱を棚に戻そうとした。箱が重くて、思わず「よいしょ」と声が漏れた。

「老婆のような掛け声だ」

 セドリックがぽつりとつぶやいた。私が鋭く睨みつけると、彼は顔を横に逸らして知らないふりをした。その口元は笑っているように見えた。その後ろに立っていたロレンゾが、顔に手を当てて横を向いていた。口元が大きく開かれて、隠しきれていない。さては笑ったな?

 棚の下段にあるすべての箱を調べてみても、試作機は見つからなかった。次に中段にある箱を順に取り出しては、中を確認した。箱を床に置くときは、埃を立てないように慎重に、静かに置いた。箱を持ち上げた場所には、箱の跡がくっきりと残っていた。

 いったい何年間、ここは掃除されていないのだろう。掃除をするにしても、窓の位置が高すぎて換気できないし、だからといってこのままにしておくと身体に悪そう。事件の捜索中なのに、掃除のことばかり考えてしまうのは、用務員の悲しい性かもしれない。

 結局、中段の箱をすべて調べても試作機は見つからなかった。上段に手を伸ばそうとしたけれど、やはり届きそうになかった。

「踏み台を持ってきていい? 届かないから」

 私がロレンゾにそう尋ねると、彼は腕を組んだまま答えた。

「そんなもの、ここにはないぞ。そこらへんにある箱を足場にはできそうだが、壊したら大変だしな」

 すると、セドリックが「では、僕が取ろう」と、上段にある箱に手を掛けた。しかし、その箱を持ち上げることができず、セドリックはうんうんと唸った。それを見たロレンゾは、「軟弱だな」と、軽々と箱を持ち上げて床に置いた。埃が舞い上がり、私はまた咳き込んだ。

 箱の蓋を開くと、そこには、フェリックス先生の白い署名が書かれた、黒い箱のようなものが入っていた。

 ロレンゾは、驚きと喜びが入り混じった顔をして、私の方を向いた。

「ビンゴだ! 嬢ちゃん、すごいじゃないか! お手柄だな!」

 ロレンゾの顔は、さっきまでの険しい表情が嘘のように、相好を崩している。さっき顔に手を当てて笑っていたときの横顔は凶悪な笑い顔だったくせに。そう思ったけれど、それは忘れることにした。

 セドリックは私を見て、例のニヤリとした顔をしていた。この人が私に言った『老婆』という言葉は忘れない。

「ロレンゾ君、この箱をレティシアのところに運んでもらえないだろうか」

「お前に言われなくても、見つけたら持ってくるように言われてる」

 ロレンゾはうるさそうに応えて、箱の蓋を閉めようとすると、セドリックは「少しだけ待ってほしい」と声をかけた。ロレンゾは怪訝な顔をしてセドリックを見た。私もまた二人の顔を交互にみた。セドリックは何かを考えているようだった。彼の次の行動が私には読めない。

「犯人を捕まえたくはないだろうか?」

 芝居がかった口調で、セドリックはロレンゾに視線を合わせてそういった。ロレンゾは、セドリックから視線を離さないまま答えた。

「当然だ」

 私も頷く。試作機が見つかったとはいえ、犯人を逮捕できなければ、この任務は終わらない。

 セドリックはロレンゾと私を交互に目配せをした。

「試作機は他の箱に詰め替えて、空の箱をここに置こう」

「罠か」

 ロレンゾは、すぐにその意図を理解したようだった。

「そうだ。罠を仕掛け、犯人を仕留める。それにはロレンゾ君、君の協力が不可欠だ」

 セドリックの言葉に、ロレンゾの表情が引き締まる。

「捕まえられるなら不満はない。裏切り者は許さねえ」

「決まりだ。詳しい段取りは校長室で話そう。空箱はあるだろうか?」

 セドリックは、もうすでに計画の次の段階を考えていた。ロレンゾは私を見た。

「入口の近くにいくつかあるはずだ」

 その言葉を聞いて、私は入口近くに積まれている空箱を適当に選んで持ってきた。この空箱にも、うっすらと埃が積もっていた。静かな保管庫の中に、箱を抱えて歩く私の息の音だけが耳に届く。緊迫した状況に、肌がぴりぴりする。

 ロレンゾは、私が持ってきた箱に試作機を詰め替えて、試作機が隠されていた箱を棚に戻した。床にはくっきりと箱の跡が残っていた。ここの掃除は必要だけど、用務員だけでは絶対に無理だとレティシア校長に訴えなければ。

「リアラ君。君だけが先にレティシアのところに行き、この箱を届けてほしい。もしリアラ君が荷物を運んでいても自然だろう。誰も気に留めない」

 セドリックの表情は真剣だ。彼は言葉を続けた。

「その次に僕が、レティシアのところへ向かう。そして、最後にロレンゾの順だ。全員ばらばらに行動する。犯人に気取られてはならない」

 私は頷いて、箱を持ち上げて歩き出した。次の区画まで歩いただけで腕が疲れてきた。とてもじゃないけれど、入口まで運べる気がしない。一度、箱を床に置いて腕をぶらぶらと振った。

「入口までは俺が運ぶ。嬢ちゃんは、先に外に出て、詰所にある荷台を持ってきてくれ」

 ロレンゾは、そう言うと、試作機の入った箱を、まるで子猫を抱きあげるかのように軽々と持ち上げた。それはもう軽々と。私は、やはりロレンゾが少しだけ怖いと思った。

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