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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第1章
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第4話 入室管理【1日目】

 共通棟にある小さな部屋がセドリックに割り当てられていた。彼は部屋に入ると、迷うことなくソファに腰を掛けた。私は立ったまま次の指示を待っていたが、セドリックは彼の向かい側にあるソファを指し、「どうぞ」と腰を掛けるように促した。私は言われるがままにソファに座った。

 さっきの保管庫でのことを思い出すと、だんだんと腹が立ってきた。どうしてあんなにも警備員を怒らせるような真似をしたのか。どうしてそれに怯えなければならないのか。セドリックの態度を思い出すたびに、怒りがこみ上げてくる。いつか、セドリックが慌てふためく姿を見てみたい。

 セドリックは、私の不機嫌さに気づいていたのに、それには触れなかった。代わりに、何かを思い出したかのようにポケットから懐中時計を取り出した。

「おやつの時間だ」

 そう言って、いたずらな子供のような表情になり、ソファの隣に置いてあったバッグから袋を取り出した。袋の中には、上流階級にしか手に入らないような、繊細な細工が施されたマカロンや、見たことのない果物のドライフルーツが入っていた。

 セドリックは、マカロンをひとつ取り出し、上質な紙に乗せて私に差し出した。

 不機嫌な私は「いりません」と突っぱねた。

 セドリックは肩をすくめたが、意に介さない様子で、むしろ私に見せつけてくる様子で、わざと美味しそうにマカロンを食べ始めた。

 「ティーがほしいところだ。明日は用意しよう」

 そうつぶやきながら、もうひとつマカロンを取り出して見せつけるように食べた。

 心労と空腹が重なった私は、いよいよ我慢ができなくなり、テーブルに置かれたマカロンを手に取り、不機嫌な顔のままマカロンを口に入れた。

 セドリックはその様子を見て満足げに笑い、いつもの飄々とした様子で言った。

「軍隊は腹を満たされなければ進軍できないのだそうだ」

 私は何も言わず、ただひたすらに、マカロンを頬張った。


 マカロンを食べた後、セドリックは立ち上がり、ゆっくりと歩いて窓の外を眺めた。口の中の水分をすべてマカロンに奪われた私は、部屋にあったポットからコップに水を注いでいた。

 セドリックはいつの間にか部屋の奥の方へと移動し、はっきりとした口調で語りだした。

「入室管理簿は、文字通り『入室』しか管理していない。日付と名前しか記されていない。もし悪意があれば、誰でも持ち出せてしまう」

 ここで言葉を区切り、窓の外を眺めながら続けた。

「犯人は、自分の署名をした後に、続けてフェリックス先生の筆跡で署名すれば、いとも簡単に入室の記録を操作できる。だが、直前の行だけがあやしいわけじゃない。フェリックス先生より前に署名した者が怪しいのは間違いないが、必ずしも直前の行である必要はない。例えば、次ページの先頭にフェリックス先生の筆跡で名前を書いておくだけで、その間に何人もの人間を挟むことができる。管理簿のページが切り替わったときに、ページの先頭に名前があったとしても誰も不審に思わず、その次の行に記入してしまうからだ」

 セドリックは、自分の考えを整理するように、入室管理簿の欠陥を私に説明した。

「だから、入室管理簿だけを調べても解決しない。僕たちは、別の方法で真実を突き止める必要がある」

 その言葉に、私は黙って頷いた。


 それからしばらくの間、二人の間に会話はなかった。セドリックは、ただじっと外の景色を眺めている。何か行動を起こす様子もない。このままでは時間だけが過ぎていく。意を決し、私は口を開いた。

「質問してもいいですか」

「どうぞ」

 即答だった。あまりに早い返事に、私は言葉を詰まらせた。まるで、話しかけてくるのを待っていたかのような、完璧な間合いの返事だった。

「試作機は、探さなくて良いのですか?」

 私の問いに、セドリックは振り向き、私を見つめた。

「その前に。どこにあるか考えがあるのなら、聞かせてもらいたい」

 質問に質問で返され、私は狼狽した。彼は、まるで私を試しているようだった。

 セドリックが私に質問をするなんて、思ってもみなかった。彼は自分ひとりですべてを見聞きし、考え、結論まで導き出すタイプなのだろうと思っていた。私のような無学な者の意見など、聞く耳を持たないはずだと。いや、もしかすると、私に意見を言わせて、それを否定するためにあえて発言させようとしているのかもしれない。

 セドリックの意図は分からない。それでも、私にだって、気がついたことはある。

「たぶん、ですけど……まだ保管庫の何処かにある……と思います」

 自分でもたどたどしいと思えるくらい、言葉を詰まらせた。その恥ずかしさで、顔が熱くなるのを感じた。

 セドリックの反応は意外なものだった。

「同じ意見だ。どうして保管庫だと思った?」

 どうして、それを私に聞くのだろう。自分の意見に自信があるわけでもないし、それを誰かに伝えることだって得意じゃない。

 そう思ったとき、ふと考えが浮かんだ。セドリックは自信ありげに振る舞っているけれど、私と同じなのでは? 自分の考えが正しいと確信できていないから、誰かの意見を聞こうとしているのでは? そう思うと、私の考えを話すことに意味があると思えた。

 私が黙っている間、セドリックは焦れる様子もなく、じっと私を見ていた。

「置く場所に困るから……です。試作機は、けっこう大きいから、きっとすぐにバレます。それに、何を持ち出したのか、たとえ警備員が見ていなくても、大きなものを持ち運んでいたら、誰かに見られます」

 犯人は、持ち出したふりをして、保管庫の中で試作機を他の箱に詰め替えた。詰め替えた箱なら、保管庫から持ち出して運んでいるときに誰かに見られたとしても、たぶんフェリックス先生の持ち物だとは思われない。

 セドリックはまだ何も言わない。続きを待っている。

「それと、『木を隠すなら森』じゃないですか?」

「『葉を隠すなら森の中』、だったかな」

 セドリックは、何やら偉そうに口を挟んできた。

「ふむ。だいたいそんなところだろう。もしあの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、何らかの事情があって、保管庫からの持ち出しと校外への持ち運びは、別々に実行する必要があったのだろう」

 そして犯人は、予想していた通り、保管庫からの持ち出しに気づかれた際に、校内を隈なく探されてしまった。その間に試作機が見つかってしまえば、犯人は計画が台無しになる。

「事情……」

 私がそうつぶやくと、セドリックは指を鳴らした。

「そこだ。フェリックス先生が試作機を使う時間、つまり、保管庫から持ち出されている時間と、犯人が校外に持ち運びたい時間が重なっているという可能性がある。もしくは、単に、校外に持ち運ぶためには時間稼ぎが必要だったという可能性もある。どうやって校外に持ち運ぼうとしているのか分かれば、犯人の特定に近づけるだろう」

 私には、この学校から何かを外に持ち出す方法なんて思いつかない。この学校で生活をしていると、規則の裏側にある恐ろしさが見え隠れして、大それた考えをすることさえ躊躇ってしまう。

 どうしてこんな面倒なことに巻き込まれてしまったのだろう。本を読める時間が欲しかっただけなのに。頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。そうだ。今すぐできることに集中しよう。

「試作機を探しにいきませんか?」

 私から提案されるとは思っていなかったのだろう。セドリックは驚いた様子を見せた。そして、わずかに逡巡し、彼は目を逸らした。

「それは、明日にしよう」

「どうしてですか?」

「買収に応じる人間なのか調べたら、怒らせることになるとは思わなかった。日を改めたほうがいいだろう」

 やっぱりこの人、試していたんだ。

 セドリックは、ばつの悪そうな顔をしている。「あんなに怒らなくったっていいじゃないか」と口を尖らせた。骨の髄まで傲慢不遜な男だと思っていたのに、この瞬間はまるで少年のようだった。

 窓の外から学生たちの騒がしい声が聞こえてきた。授業が終わって、自由な時間になり、相も変わらず小さなボールを追いかけているのだろう。私は窓の方向をぼんやりと眺めた。ソファに座ったままでは、学生たちの姿は見えなかった。

「レティシアには伝えておかなければならないな」

 セドリックはそう言って、ドアのほうへ歩き出した。私は慌てて立ち上がり、その後を追いかけた。

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