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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第1章
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第3話 フェリックス先生の証言と校内警備【1日目】

 フェリックス先生は、品格のある銀髪の紳士で、純白のローブには一点の汚れもない。そのローブには、教会の神聖なシンボルが刺繍され、きらりと光る。研究者らしい痩せ型。少し猫背気味の姿勢からは、長年書物に向き合ってきたことが窺える。

「機密性の高い物品は、すべて保管庫にしまい、警備員に鍵をかけてもらうことになっています。その日も、私は規則通り、試作機を保管庫に収めてから帰宅しました」

 私は、他の先生に連れられて何度か保管庫に足を運んだことがある。ところ狭しと棚が並び、大きな倉庫ではないはずなのに奥が見えない。昼間でも薄暗く、天井の近くにある格子付きの小さな窓から差し込む光が、線を描いて床を照らしていた。監獄には行ったことはないけれど、きっとあんな感じの場所なのだろうと思った。図書室は好きなのに、あの埃っぽくて寒々とした保管庫は苦手だった。

「しかし翌日、研究のために持ち出そうとすると、管理簿にすでに私の署名がありました。そのとき、何者かによって試作機が持ち出されてしまったことに気がつきました。三日前のことです」

「試作機の形や大きさ、重さは?」

 フェリックス先生は「どうぞ、こちらへ」と間仕切りの向こうへ歩いていった。そこには荷台に乗った木箱があった。それは、収穫された果物を入れる箱と同じくらいの大きさだった。

 先生は荷台の近くにある本棚の前で立ちどまり、しばらく眺めてから一冊の本を取り出した。美しい装丁が施された大きな本だった。表紙の絵から魔法について記された本と推測できる。タイトルは古代語で書かれていて、私には読めなかった。

「この本を三冊か四冊ほど重ねたくらいの大きさの、黒い箱です。箱の上側には、白い塗料で私の署名があります。重さは……この本が三冊よりも重いくらいでしょうか。持ち上げることはできますが、持ち歩くのは疲れます」

 先生はセドリックに本を手渡した。セドリックは本を開かずに、その重さや大きさを確かめるように、しばらく吟味していた。

 私が木箱を眺めていると、フェリックス先生はそれに気づいて、「その箱に入れて運んでいたのですよ」と教えてくれた。優しい笑顔だった。

「触ってみてもいいですか?」

 そう私が訊くと、先生は「もちろん」と手のひらを上に向けて、ひらりとなびかせた。先生の美しい挙措は見習いたいと、いつも思う。どうしたらあんなに自然に上品な振る舞いができるのだろう。

 持ち上げてみたら、そこそこ重たい箱だった。この中に試作機を入れていたのだから、この荷台を使って運んでいたのは間違いない。先生は小柄な人だから、この大きな箱を手で運ぶのは難しい。

 箱の中を触ってみても、汚れがまったくない。先生の性格を表しているようだった。

「気を悪くしないでもらいたいが、その日は間違いなく持ち出していなかった、と」

 セドリックは、念を押すように尋ねた。先生は、何の感情も抱いていないような淡々とした口調で、銀に白髪の混じった顎髭をなぞりながら続けた。

「保管庫は、警備員が常時監視しています。その日、私が保管庫に立ち入っていないことは、彼らが証明できます」

「署名は、間違いなく、あなたのものであったと」

「署名は私の筆跡でした。しかし、私は書いていません」

 フェリックス先生の証言は、署名が偽造されたことを示している。

 セドリックは思考を巡らせている様子だ。


 私も、この事件について考えていた。

 犯人は、フェリックス先生を騙って保管庫から試作機を持ち出したのだろう。フェリックス先生は、男性にしてはとても小柄で、もし変装していたとしても、彼と同じくらい小柄な人物でなければならない。学校内では、その体躯を持つのは学生くらいしかいない。それに、この学校の警備員たちは、必ず声をかけてきて会話をするから、そう簡単には騙せない。

 フェリックス先生の研究室は、几帳面な性格をそのまま映し出していた。書架には本が綺麗に並べられ、壁一面に古代の魔法陣や教典の写本が整然と飾られている。小さな箒が入口の近くに立てかけられ、部屋全体の整理整頓が行き届いていた。その試作機も、きっと厳重に管理されていたに違いない。

 一瞬、先生がこの事件に関わっている可能性はあるのだろうかと考えて、私は小さく首を振った。フェリックス先生はとても真面目で、正義感の強い人物だと知っている。そのような人物が絶対に犯罪をしないとは限らない。それでも、それ以外の可能性を考えたほうがいいと思った。

 セドリックは、しばらく考えた後、先生に頼んだ。

「フェリックス先生、もしよければ、他の物品でも構わないので、保管庫に預けている品を取り出す様子を見せてもらえないだろうか?」

 先生は、セドリックの意図を測りかねながらも、承諾した。

 ここで考えていても答えは出ない。警備員から話を聞けば、何かわかることかもしれない。保管庫には行かなければならないと、私も思っていた。

 セドリックと私は、先生と共に保管庫へ向かった。



 保管庫は、フェリックス教授の研修室がある第一研究棟から離れていない場所にある。保管庫の隣にある詰所に着くと、ひとりの警備員がフェリックス先生に挨拶をした。

 警備員は三十代の男で、胸板が厚く、腕が木の幹のように太い。剃られた頭に薄い眉、厚ぼったい瞼。顔見知りでなければ話しかけたいとは思わない風貌だった。セドリックは背が高い方なのに、警備員の身の丈はそれをさらに上回っていた。

 フェリックス先生の後ろにいる私を見つけると、警備員は続けざまに声をかけてきた。

「よう、お嬢ちゃん、仕事かい?」

「まあ、そんなところ」

 私がそう答えると、警備員は隣にいるセドリックを訝しげに見て、尋ねた。

「あんたは?」

「セドリックだ。校長からの依頼で、事件を捜査している」

 セドリックは、警備員に鷹揚な態度で返答した。警備員はセドリックの顔をしげしげと眺め、「そうかい」と呟いた。セドリックは眉ひとつ動かさず、保管室の入口を見つめていた。

 フェリックス先生は、壁にぶら下がっている帳簿に品目と持ち出した日付を書き、記名した。どうやらそれが入室管理簿らしい。警備員はドアの鍵を開け、先生が保管庫に入る。セドリックも続いて入ろうとすると、警備員に止められた。

「関係者以外は入室できない」

 私は、セドリックが警備員に文句を言うのではないかと想像していた。しかし意外にも、セドリックは何も言わず、ただ不満そうに口元を歪めただけだった。

 警備員はドアの前に立ち、フェリックス先生が戻ってくるのを待った。セドリックはその間、入室管理簿をパラパラとめくっていた。しばらくしてフェリックス先生がドアを開けて出てきた。警備員はすぐに鍵を締め、セドリックを一瞥して詰所へと戻っていった。

 セドリックは、何の感慨もないような目で警備員の後ろ姿を眺めていたが、やがて私に向き直った。

「リアラ君といったかな。持ってきた物品を保管庫に返却してほしい。またあそこで手続きをしてきてくれるか」

 すぐに返すなら、どうして持ち出したのか。私は疑問に思ったが、セドリックはふざけた様子も、嫌がらせをする意図もなさそうだった。

「わかりました」

 私はそう言って、詰め所へと向かった。

「さっき、先生が持ち出したもの、返したいみたい」

 警備員は「何だってんだ」と軽く毒づいて、椅子から立ち上がった。私は急いで管理簿に返却日と私の名前を記入した。警備員は憮然とした態度で詰所を出てきて、音を立てて保管庫の鍵を開けた。

「ほら、これでいいか」

 フェリックス先生が「申し訳ない」と警備員に声をかけ、保管庫へと入っていった。

「校長からの依頼でね。協力に感謝する」

 セドリックがそう言うと、警備員は、へいへい、わかりましたよ、とでも言いたげな様子で、口を開けて頷いてみせた。

「質問だが、あの管理簿には誰が書いても入室できるのか?」

 警備員はしばらく黙っていたが、職務上の質問だと割り切ったのか、低い声で答えた。

「保管庫の入室が許可されている者なら問題ない。この嬢ちゃん……ああ、リアラなら、保管庫から運ぶ仕事があるから、通す。まあ、あれだ、先生が一緒にいるとか、そういうときじゃなけりゃ、用務員だけで通すわけにはいかない」

 警備員の言葉を聞いて、セドリックは、ちらりと私を見た。もしかして私、疑われてる? と思ったが、そうではなかったようで、セドリックは警備員に視線を戻して質問を続けた。

「何を運んだのかは確認するか?」

「箱の中までは見ない。見たところで、それが何なのかわからない」

「なるほど。そういうことか。助かった」

 そう言って、セドリックはポケットからマネークリップを取り出し、その中から一枚を引き抜いた。

「何のつもりだ」

 警備員はセドリックを睨めつけ、悠然と歩を進めながら凄んだ。私が慌てて警備員に声をかけようとしたそのとき、ドアが開き、フェリックス先生が保管庫から出てきた。

「セドリック様、それはいけません。校内警備の方が、困っているではありませんか。ロレンゾさん、どうかセドリック様を許してください。彼は今日来たばかりで、規則をご存知ないようです」

「先生がそういうなら目を瞑る。だがな、セドリック!! 妙な真似をするなら叩き出すぞ」

 セドリックは怯まずに飄々と「そうだったのか。怒らせるつもりはなかった」と言って、静かに紙幣をマネークリップに戻し、ポケットに仕舞っただけだった。

 私は、耳元がドクンドクンと脈打って、すぐにでもこの場から立ち去りたかった。セドリックの言動が理解できない。彼が高貴な生まれだからなのか、それとも彼自身がそういう人間だからなのか。どちらでもいい。警備員の激昂した姿がただただ恐ろしく、足が震え、俯いていた。

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