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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第1章
21/28

第21話 レティシア校長【5日目】

 それからしばらく何も動きがなかった。今日もほとんど成果がない。じりじりと時間だけが過ぎていく。こんなに何もしなくていいのだろうか。

 そう思ったとき、急にドアが開いて連絡員が大声で伝えた。

「セドリック様! 至急、校長室まで、とのこと!」

 私とセドリックは顔を見合わせ、急いで校長室へ向かった。


 レティシア校長の身なりは普段通りに整っていたが、顔色から色が失われていた。さらに悪いニュースが続いたことは明らかだった。

「魔力増幅装置が、盗まれました」

 校長は落胆と自責の念を浮かべながら、最悪の事態が起きたことを告げた。

 私は何を言っているのか理解するのに時間がかかった。セドリックはしばらく黙って目を閉じていた。その様子を見つめていた校長が、一息を置いてから続けた。

「私はここの隣にある部屋で仮眠をとりました。その間に何者かが侵入し、ここから装置を盗み出したようです」

 レティシア校長は居住空間には戻らず、仮眠をとっていたらしい。校長室には隣接した小さな部屋があり、主に着替えのために使われていて、人はほとんど出入りしない。

 セドリックは「まずは、状況を正確に把握したい」と穏やかな口調で質問を始めた。

「試作機を最後に確認したのは?」

「昨晩です。それから今朝までここにいました」

 レティシア校長はそう答え、深く呼吸をした。顔の色が徐々に落ち着いてきている。この短い時間で普段と変わらない様子に戻りつつある。

「校長室の前には受付の職員がいるだろう。誰も来なかったのか?」

「彼女は、昼休憩の時間は別室にいます。私が不在の場合は鍵を掛けますが、私が仮眠をとっていたために鍵をしなかったのでしょう」

「なるほど。そうすると、犯人は、レティシアが休憩中であることを知っている人物に絞られる」

 私は思わず「あっ」と声を漏らした。午前中に私たちが校長室を出たとき、バルタザール先生がいて、校長が席をはずしていることを伝えた。

 セドリックもそのことに気がついた様子だった。彼はわずかな時間考えた後に私を見て、ゆっくりと手で制した。

「まだ不確定だ。他にも校長室を訪ねた者がいないか、この後、受付の職員に確認しよう」

 レティシア校長は私たちのやり取りを見ていたけれど、セドリックの判断を尊重するように、それ以上は触れてこなかった。セドリックは顎に手を当てて考え、ゆっくりと膝に手を戻した。

「試作機はどこに置いてあった?」

 そう言ってセドリックが立ち上がると、続いて校長も立ち上がり、執務机の右奥で立ち止まった。そして、そこに飾られてある魔法陣に手を当てて、小声で何かを唱えた。

 壁の一部が、吸い込まれるように、溶けるように、音もなく目の前から消えた。その先にある空間の小さな入口が現れた。入口にはもやもやとした薄い膜のようなものがかかっていて、中がどうなっているのか、ここからは見えない。

 セドリックは「隠し部屋か」とつぶやき、「ここに入っても?」と尋ねた。レティシア校長は頷き、「もちろん、構いません」と答えた。セドリックは慎重に隠し部屋に入っていき、校長もそれに続いた。

 二人に気づかれないように、確認しておきたいことがある。

 私は魔法陣にそっと触れた。

 そこには、使われたばかりの魔法陣が発する強烈な魔力と、それと混ざり合うように、レティシア校長の魔力、そして、保管庫で感じ取った犯人のものと同じ魔力が残っていた。犯人が魔法陣を使ってからそれほど時間が経っていない。魔法陣の魔力が強すぎて、校長の魔力も犯人の魔力も、そこに存在していることくらいしか伝わって来なかった。

「リアラ君、どうした? 何かあったのか?」

 もやもやとした入口の向こうからセドリックが私を呼ぶ声が聞こえた。慌てて、「すぐに行きます」と返事をして隠し部屋へ入った。

 その中は魔力に満ちた空間だった。部屋の形は変化しないのに、わずかに空間が歪んでいることがわかる。

 魔力感知を抑えようとしても、魔力が肌を突き抜けてくる。目眩が酷い。耳鳴りもする。マーブル模様の鮮烈な魔力に身体が包み込まれていく。圧倒的な魔力の奔流に飲み込まれ、押し流されていく。抵抗できない。一秒一秒が長く感じ、冷たい汗が背中を伝う。

 ここいたら倒れてしまうと思い、私は堪らず声を上げた。

「ごめんなさい。私は、外で、待っていても、いいですか」

 息が続かなくて、言葉が途切れ途切れになってしまった。ぐらりと身体が揺れた。壁に手をつこうとしても、手を伸ばした先には壁がなかった。

 レティシア校長は、「いけません! すぐに外に出なさい!」と言い、すでに倒れかけていた私を背負うように肩で担ぎ、隠し部屋の外へ連れ出してくれた。そのとき校長のふわりと温かい魔力に守られるのを感じた。

 一歩、また一歩と、鉛のように重い足を動かした。セドリックが何か大きな声を出しているけれど、何を言ったのか聞き取れない。耳の近くでレティシア校長も話しかけてくれている。天と地がひっくり返ったかのように、まるで平衡感覚がない。

 瞼が重い。目を開けていられない。

 もう、足が、動かない。

 私の意識は次第に遠のいていき、やがて気を失った。


 私は校長室のソファの上で目を覚ました。頭がはっきりとしない。身体を動かそうとしても自由には動かず、私は呻いた。セドリックの「無事か!」という声が耳に届く。まるで隣の部屋から漏れ聞こえる話し声のように遠い。意識が朦朧として、言葉が出てこない。

「魔力の影響を受けやすい体質の人には、あの部屋は刺激が強すぎたのでしょう。生まれつき、そのような体質の子がいます。訓練を積んで、自ら魔力を発して身を守ることができれば耐えられるようになりますが、彼女はそのような術を持っていません」

 レティシア校長の声を聞いているうちに、意識がはっきりしてきた。焦ってソファから身体を起こそうとした。首から下に身体が付いていないかのように感覚がない。

 これまでにも強い魔力を感知したことはあった。でもこんなことは一度もなかった。私はこのまま動けなくなるのだろうか。

「もうしばらく、横になっていなさい。魔力酔いを起こした時には、無理に身体を動かしてはいけません」

 レティシア校長の声は優しくて穏やかだった。私はどうすることもできず、身体を動かそうとするのを諦めた。

「リアラさん。あなたのその体質は、きっと生まれつきのものでしょう。これまでにも身体が動かなくなったことはありませんでしたか? 学校には防護を教えることがとても上手な先生がいますから、きちんと教わりなさい。そう言っても、きっとあなたは拒むのでしょう。だから、これは私からのお願いです。あなたがあなた自身を守るために」

 レティシア校長の顔は見えない。でも私のことを心配して、優しい眼差しで見つめているように感じた。はっきりとした口調なのに、その声には温もりがあった。

 目から涙が溢れてきて、私は手で顔を覆い隠そうとした。まるで腕が外れてしまったように動かない。

 魔力に包まれたくらいで倒れてしまうなんて、情けなくて恥ずかしくて悔しかった。

 早く犯人を捕まえたいのに。まだまだやらなければいけないことがあるのに。そのために、能力を使うと決めたばかりなのに!

 こんなことになるなら、素直に相談していれば良かった。秘密を抱え込んで悩んでいる私を、レティシア校長ならきっと助けてくれた。これまでもずっと手を差し伸べてくれていることは分かっていたのに。

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