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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
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第15話 魔力増幅装置【3日目】

 フェリックス先生は、机から紙とペンを持ってきて、「リアラさん、少しよろしいでしょうか」と手招きをした。返事をして先生のところへ行くと、ペンを渡された。

「この紙に、ペンを一度も離さないで、できる限り丁寧に円を描いてみてください。うまく描けなくても構いません」

 何が始まるのだろうと思いながら、ゆっくりと円を描いた。私が描き終えると、先生は優しい笑顔で「上手ですね」と褒めた。

「また、ペンを一度も離さないで、今度はこの紙いっぱいに円を描いてみてください」

 描き始めて最初のうちはうまく描けていた気がしていたのに、だんだんと歪な形になってしまって、無理やり線をつなげた。

「ありがとうございました。大きな円は、きれいに描くのが難しいでしょう」

 フェリックス先生は柔和な眼差しのまま、私を見てそう言った。

「はい、難しかったです。最後はガタガタになってしまいました」

 セドリックは黙ってその様子を眺めていた。

 フェリックス先生は、私とセドリックを交互に見て、語り始めた。

「さて、私の専門の『魔力増幅』ですが、これととてもよく似ています。最初に描いた円は、適度な大きさで綺麗に描いています。リアラさんにとって、自然な大きさ(・・・・・・)です。それを大きくしようとすると、どうしても『歪み』が生じてしまいます。ただ大きくするだけではいけません。歪みを少なくすることが、魔力増幅の基礎であり、最大の課題です」

 セドリックは、その説明を聞いて唸った。

「なるほど。この説明を聞くまでは単純に、魔力を増幅できれば魔法の威力が大きくなる程度の認識しかなかった。しかし、そうではないということか」

 フェリックス先生の説明は、私にも理解できた。だからといって、どうしたらそんなことができるのか、想像もつかないけれど。

「例えば、火をつける魔道具があって、それに魔力増幅装置を使ったとき、火が縦に伸びたり横に伸びたりしたらいけないっていうことでしょうか」

 私がそう訊くと、フェリックス先生は満面の笑顔になり、指を立てて「正解です。リアラさん」と言った。

 どうして彼の授業が人気があるのかわかった気がした。

「もし歪みを生じたまま大きくするだけでしたら、誰にでも装置をつくれます。その基礎となる理論は、数十年以上も昔からありました」

「それは、教員であれば知っているような理論だろうか?」

 セドリックの質問に、フェリックス先生はゆっくりと首を振った。

「専門分野が違えば、知らないことのほうが多いものです。しかし、専門分野が近い方でしたら知っているでしょう。多くの書籍で言及されていますし、そこから派生した理論もあります」

 学校の先生方は何でも知っていると思っていた。でも確かに、同じ学校職員であっても、用務員と学務事務員では必要な知識はまったく違う。ましてや警備ともなると身体的に必要とされる条件が異なる。警備員になろうと思っても、おそらく私は採用されない。どれがいいという訳ではなくて、それぞれ求められる役割に差異がある。

「歪みを解決できていないままの装置が、過去に作られたことは?」

 フェリックス先生は、その言葉に頷きながら続けた。

「はい。検証のために、いくつもの装置がつくられ、理論は実証されました。ですが、いずれも実用に耐えられるものではありません。さきほど私は、適度な大きさを『自然な大きさ』と言いましたね。この世界にある魔力のほとんどは、とても微弱なものです」

 私は魔力残滓を感知できる。誰にも言えない私の秘密。魔力残滓は非常に微弱なものだから、どのような魔道具でも感知できない。だから、自然な大きさの魔力が微弱だということは理解できる。

「この研究では、歪みを解決することによって、自然な、微弱な魔力を魔道具が感知できるくらいに増幅することが目標のひとつです」

 ここでフェリックス先生は言葉を区切り、顎髭をなぞった。

「一方、魔力増幅は軍事利用が求められ、そのために多大な予算が投じられてきました。微弱な魔力を歪みなく増幅できれば、軍事利用可能な、膨大な魔力の増幅の段階に移ります。ですが、さきほどの説明の通り、この研究はその段階にはありません」

 フェリックス先生は、このことをずっと思い悩んできた様子だった。しっかりとした口調で話してはいたものの、最後のほうは私たちに話しかけるというよりも、まるで独り言のようだった。

 タイトルだけを見ても、その本に書かれている物語は分からない。フェリックス先生の物語もまた、タイトルばかりが独り歩きして、ストーリーは置き去りになっているのかもしれない。

 セドリックは、しばらく額に手を当てて考えていた。いつになく真剣な表情だ。

 学校に来る時のセドリックは、凝った意匠が施された上質なシャツを着ていて、いかにも上流階級らしい姿だった。でも今日は、柔らかそうなシャツの上に、くすんだ緑のジャケットを羽織り、レザーのパンツを履いていて、まるで狩猟服のような出で立ちだった。自宅ではこういう格好でリラックスしているのかもしれない。

 そうして私が周りを眺めていると、セドリックが「試作機を盗む理由か……研究内容を盗むならともかく」とつぶやいた。

 セドリックの悩んでいる姿に、「タイトルだけ見て、物語は知らなかったとか?」と、私の頭の中で考えていたことが、そのまま言葉に出てきてしまった。私は慌てて手で口を塞いだ。

 セドリックがはっとした顔をしてこちらを見た。そして、ニヤリとした表情になった。

「良い着眼点だ。それは一理ある。犯人はそれを知らずに盗み出した、という可能性だ。だが、犯人は教員だ。まったくの無知というわけでもないだろう。それと、研究室は荒らされていなかった。そちらを狙わず、試作機だけを狙うのは不自然だ」

 確かに、フェリックス先生の研究室は整然としていた。先生が否定しないことからも、荒らされたことがないのだろう。

 つい先ほどフェリックス先生が試作機を盗むことが不思議だと言っていた。その発言に対して、

 ――試作機を盗むことに意味がないということだろうか。

 と、セドリックが返した。ここで、やっとフェリックス先生の疑問を理解できた。

 セドリックは他の可能性も考えていたようだった。

「他に考えられるのは怨恨だ。先生が誰かの恨みを買うとは思えないが、可能性は排除しないほうがいい。試作機を失ったことが公になれば、研究に支障が出るはずだ。犯人はこれを狙った」

セドリックはそう言い切った後に、「しかし、どうにもしっくりこない」と言って、腕を組み始めた。

 フェリックス先生が「私に恨みですか」と小さくつぶやいて、髭を触って考えていた。

「仮にだが、犯人が無知な場合や怨恨を持つ者だった場合、強硬手段に出る可能性がある。先生に危害が及ばないためにも、身の安全を確保する必要があり、ここに来てもらった」

 それきり二人は黙り込んでしまった。

 フェリックス先生は、穏やかで人当たりもよく、学生から人気が高い。教員や職員の間から悪い噂を聞いたことがない。セドリックが言っていたように、誰かから恨まれるなんて想像できない。そして、教典派のエリオット先生とは深い親交がある。そのエリオット先生がいうには、派閥間の争いからは距離を置いている。あのとき、教会派代表のバルタザール先生に注意しろと忠告を受けたけど、もっと詳しく聞いていればよかった。昨日は、心がぼろぼろで、気持ちの余裕がなかった。

 私だけ何も考えないというわけにはいかない。でも、もっと単純な理由があることに、私は気づいていた。それを言っていいのか、余計なことを言って邪魔をしないほうがいいのか分からない。

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