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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
13/15

第13話 エリオット先生【2日目】

 事務室を出て共通棟の出入口へ向かう途中、通路の向こうから歩いてきたエリオット先生に声をかけられ、彼の研究室へ行くことになった。業務時間外だけど、今は何もすることがないし、気分転換になるかもしれない。

 彼の研究室は雑然としていた。テーブルを挟んで学生が四名、向かい合って話している。そのうちの一人、食堂でよく見かける学生が、私に気づいて手を振ってきた。私も小さく手を振り返し、エリオット先生の後を追って奥にある書斎に入った。

 部屋をぐるりと囲むように書架が並び、本が乱雑に詰め込まれていた。机には書類と本が山積みにされ、部屋の隅には埃を被った古い瓶、窓際には観葉植物が置かれていた。観葉植物は学生からの贈り物のようで、プランターには彼らの署名が並んでいた。

 私は、エリオット先生の机の前にある椅子に腰かけた。

「会議が長引いてね。まったく、くだらない議論だった」

 そうエリオット先生は愚痴をこぼし、鼻を鳴らした。

 教典派。生粋の教典原理主義者。魔法倫理学の権威。痩せて、つやのない肌。背は高くもなく、低くもない。長く伸ばした白髪混じりのグレーの髪。教典派の簡素なローブ。刺繍やバッヂは付けないのが教典派の証でもある。

「君は今、我が校で何が起きているか、知っているはずだ」

 彼の窪んだ眼下から鋭い目が覗いていた。どうやら気分転換になりそうになかった。私から何を聞き出したいのか分からないので、そのまま質問することにした。

「何か大変なことが起きているのですか?」

「いくつかあるが、セドリック様が我が校に来ていることだ。君を連れているそうだな」

 つまらそうな顔をして、エリオット先生は答えた。

 盗難事件に端を発する一連の出来事は、それぞれが結びつかないように、別々に偽装することになった。これは先ほど、レティシア校長とセドリック、グリフィスの三人が話し合って決めたことだった。それぞれにカバーストーリーが用意されている。

「セドリック様は、視察? でしたっけ。それで学校に来ています。私はその案内役を任されました。校内には規則が多いですし」

 これは表向きの理由と同じだった。どうやら公的な話は深く探られないらしく、もし何か聞かれてもレティシア校長に問い合わせてほしいと言えば済むと教わっていた。

 詳しい話を聞けないと思ったのか、エリオット先生は別の角度から切り込んできた。

「保管庫が閉鎖されたのは、その関係だと言われているが本当か?」

「先生方からの指摘があって、保管庫の中でも警備員が立ち会うようにするみたいで、その準備をすると聞きました」

 これも表向きは管理体制の強化という理由だった。保管庫の閉鎖とセドリックの来訪は無関係ということを徹底するように、セドリックから言い聞かせられた。エリオット先生はこれら二つを関係付けようとする質問をしてきた。気をつけなければいけない。

 エリオット先生は、苛立ちからか表情が歪んだ。

 やっぱり私はこういう仕事には向いていない。誰かを怒らせたり、誰かを傷つけたり、そういうことは本当に嫌だった。セドリックが『君はすぐに顔に出る』と言っていた。私は顔に出やすいから、俯いて答えよう。

「フェリックスは、どこに行った? 校長室に行った後、通用門を出て馬車に乗ったと学生たちが騒いでいた」

「それは……」

 カバーストーリーが用意されているとはいっても、こんなことを全部、すらすらと答えられるなんて、普段の私では絶対に無理だ。不自然に思われないかと思い始めた。ただでさえ嫌な仕事なのに、こんな思いをしてまで、どうして嘘をつかなければならないのだろう。

 ――フェリックス先生は、国家安全企画室からの招聘により講演に参加するため、しばらく不在。

 言われたことはしっかりと覚えている。でも言葉にして答えることができなかった。エリオット先生は、俯いて黙り込む私を見て、ため息をついた。

「君には、言えないことがあるようだ」

 私は泣きそうだった。泣きたくなんてない。必死で涙を堪えた。

 エリオット先生は眼鏡を外し、それを布で拭きながら、静かに話し始めた。

「答えなくていいから、ただ聞いてくれればいい。三十年以上前の話だ。私とフェリックスは魔法学校の同期だった。一年のときは私が学年代表、二年のときは奴が学年代表といった具合で、私と奴はいつも競争していた。どちらも信心深く、どちらが先に教会に着くかみたいなことまで争っていた。それから研究員になった後も、出世を争っては、私と奴の二人で祝って、どちらが多く酒を飲めるかなどという馬鹿なことまで勝ち負けにこだわった」

 眼鏡を手に持ったまま、遠い目をしてエリオット先生は続けた。

「今となっては、教典派だの教会派だのくだらない派閥争いに巻き込まれた。これは我々が望んだ争いではない。だから、私も奴もこの争いからは一歩引いている。斯様な争いをしたとて、教典にある真理の追求から遠ざかるばかりだ。まったくを以てくだらない」

 何かに怒っているような話なのに、その声色は、不思議と優しさに満ちていた。

「君が困っているなら、私は助ける。教典の基本的な教えだ。同じように、フェリックスに何かあれば、『私個人』として協力する。わかったかね」

 私は目に溜まった涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

 エリオット先生は、まるで苦笑いをしているような、不器用な笑顔で私に話していた。

 その顔を見て、私はまた泣きそうになってしまった。

「ありがとうございます」

 声を出した途端に涙が止まらなくなった。それからしばらく、俯く私をエリオット先生は黙って待ってくれた。

「この話は誰にも言わないでください。フェリックス先生は、ある事件に巻き込まれて、犯人だと疑われていました。でも、無実だとわかって、今は犯人を捕まえるために協力してくれています」

 私は続けた。

「エリオット先生にも協力をお願いすることがありましたら、そのときはお願いします」

 私がそう言うと、「それでいい」とエリオット先生は頷いた。

 私が椅子から立ち上がったとき、エリオット先生は「これは忠告だが」と前置きをして声を低くした。

「バルタザール。彼には気をつけたほうがいい」

 バルタザール先生は、教会派の代表を務める先生だ。私は教会派の先生たちには親しくしてもらっていて、悪い感情は持っていない。それでも、学校職員たちの間からバルタザール先生の悪い噂はよく聞こえてきていた。

 私は礼をして、エリオット先生の書斎を出た。


 その後はいつも通り、図書室へ足を向けた。

 図書室には、昨日よりも多くの学生たちがいた。まだ時間が早いせいかもしれない。図書室の中を歩き回って、シオリを探した。今日は図書室にいないようだった。次の長期休暇期間に、私の育った街にシオリを誘おうと思っていた。

 これから新しい物語を始める気分にはなれなくて、読み慣れた物語が書かれた本を手に取った。窓際に並んだ机には学生の数が少なく、私はいつもの席に腰を下ろして本を開いた。

 月並みな言い方だけど、長い一日だった。

 セドリックの遅刻に始まり、埃っぽい保管庫で試作機を探した。見つけた試作機を校長室に運んで、そこにグリフィスがやってきた。あの後に知ったことだけど、グリフィスは『国家安全企画室』という恐ろしげな機関の人だった。安全って企んではかるようなもの? とにかく悪い予感が当たった。

 その後、養父母に手紙を書き、戦場のような学務事務室へ行き、そして、エリオット先生に会った。

 用務員になってから、毎日が同じことの繰り返しに思えていた。本の中の新しい物語を楽しみに、日々の苦しみから逃げようとして、仕事に押しつぶされそうになっていた。今日みたいな長い一日は、この先の人生であるのだろうかなんて考えて、思わず笑ってしまった。

 読み慣れた本の活字が頭の中を駆け巡り、いつの間にか眠ってしまっていた。

「今日はもう閉めるよ」

 顔なじみの司書に肩を叩かれて目が覚めた。「ごめんなさい」と言って立ち上がると、本の上に紙の切れ端が置かれていた。小さな文字で「おつかれさま」と書かれている。シオリの字だった。

 図書室の外へ出て歩いていると、ひどくお腹が空いていることに気がついた。今日は蒸し菓子しか食べていなかった。

 夕食の間にも眠りそうになり、部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。



ここまでの登場人物(登場順)

リアラ:19才。女性。用務員

シオリ:15才。女性。学生

司書:年齢不詳。女性。司書

セドリック:20代半ば。男性。高貴な一族の道楽息子

アッシュ:16才。男性。学生

レティシア:40代。女性。校長

フェリックス:50代半ば。男性。教授(教会派)

リヒャルト:30代半ば。男性。調理師

ロレンゾ:30代後半。男性。警備員

エリス:20代後半。女性。准教授(国粋派)

マンフリート:40代前半。男性。警備員

秘書:20代後半。女性。秘書

グリフィス:30代後半。男性。国家機関高官

マルグリット:50代前半。女性。事務員

エリオット:50代後半。男性。教授(教典派)

バルタザール:60代前半。男性。教授(教会派)

誤字訂正 登場人物 リヒャルト ✕理師 ◯調理師


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