表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
11/17

第11話 望ましくない来客【2日目】

 ドアが開いた。ロレンゾの後ろ隣には、三十代から四十代の精悍な男が立っていた。黒髪、七三分けのオールバック、口元は固く引き締められ、獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼光。彼が着ている制服の胸元には、この国の旗の他に、三つの徽章が縫い付けられていた。見るからに『国』の人間だった。

 ロレンゾは男を通しただけで部屋には入らず、そのままドアを閉じた。

 今度こそここから脱出したい。私がレティシア校長に視線を送ると、彼女はゆっくりと首を振った。それが何を意味するか分からない。今は動いてはいけない、それだけはわかった。

 セドリックは立ち上がり、悠然と男に声をかけた。

「グリフィス。ひさしいな」

 グリフィスと呼ばれた男は、礼儀正しく会釈をした。

「ご無沙汰しております」

 セドリックが右手を差し出すと、グリフィスは迷うことなく右手を握り返した。グリフィスはレティシア校長に礼をして、「ごきげんよう」と挨拶をした。そのまま私にまで礼をしてきたので、私は軽く会釈した。セドリックは、グリフィスをレティシア校長の向かいにあるソファに促した。

「ところで、今日の用向きは?」

 セドリックはグリフィスの目を見て質問した。グリフィスは、まっすぐにセドリックを見つめている。

「単刀直入に申し上げます。フェリックス先生の引き渡しに応じていただけないでしょうか」

「それはできない」

 有無を言わせない即答だった。グリフィスの目が揺れた。鉄の仮面のように、彼は表情を固いまま崩さなかったが、彼の中の感情が動いたのが見て取れた。

「その理由をお聞かせ願えませんでしょうか」

 セドリックは顎に手を当てて、私を見た。私は、ついにここで解放してくれるのかと内心期待した。しかし、セドリックの視線は宙を見つめていて、私には視線を合わせず、やがてグリフィスに視線が戻ってしまった。

「質問に質問を重ねるようで悪いが、先にそちらが理由を述べてくれないか」

 グリフィスの鋭利な目がぎらりと鈍く光ったように見えた。

「フェリックス先生には、機密情報の窃取および国外組織との内通の嫌疑がかけられております。国外への逃亡の恐れもあるため、身柄の引き渡しを要求いたします」

 その口上を聞いて、セドリックは呆れたように首を振った。

「それは、僕がここにきた理由と同じだな。だが、フェリックス先生は犯人ではない。それは断言できる」

 グリフィスは表情を変えずにセドリックの言葉を待った。セドリックは、わずかに間をおいてから続けた。

「盗まれた魔力増幅装置の試作機だが、僕たちは保管庫内で発見し、確保した。リアラ君」

 急に名前を呼ばれて、私の身体はびくりと動いた。返事の声が掠れた。

 セドリックはこちらを見て、「すまないが、荷台をここに運んでもらえないだろうか」と指示した。優しい声だった。

 彼なりに私を気遣っているのかもしれない。それなら、ここから脱出させてほしい。一瞬だけでも、そう思えるくらいには、私の気力が戻った。

 私はゆっくりと荷台を応接用のソファの隣に運び、荷台に乗った箱の蓋を開けた。

 グリフィスは箱の中をしばらく見つめた後、視線をセドリックに戻した。セドリックはさらに言葉を続けた。

「この試作機は、フェリックス先生が『C6の下段』に保管していた。そこから何者かが他の箱に詰め替え、『A9の上段』に置いた」

 セドリックの口調は緩やかだった。確実に理解させることを望んでいるのだろう。

「A9の区画は立ち入った者が少なく、埃が積もっていた。いくつかの足跡はあったが、床に箱を置いた跡はなかった。フェリックス先生は短躯であり、足場がなければ上段には手が届かない。つまり、彼以外の人物が、試作機を移動したことは間違いない」

 確かに、私は上段には手が届かなかった。箱を置いて踏み台にすれば届く。でもあの場所には箱を床に置いた跡がくっきりと残るくらい埃が積もっていた。

 それに、試作機の魔力残滓に絡みつく魔力は二つあった!

 フェリックス先生の優しい魔力と、犯人の魔力。

 グリフィスは、フェリックス先生を犯人と決めつけて、逮捕しようとしている。無実のフェリックス先生が捕まると、あの底冷えのする魔力を持つ犯人が野放しになってしまう。

 言うべきか、私は迷った。声が喉まで出てきそうになっても、声は出なかった。

「疑うなら、ここの入口に立っていた警備のロレンゾが証言できるが」

 セドリックは、グリフィスをまっすぐと見据えたまま、肩をすくめて、そう言った。私には矛先が向かないようにしてくれた。

 セドリックの説明を静かに聞いていたグリフィスは「疑うなど、とんでもございません」と言って、ゆっくりと両手を上げた。フェリックス先生は獲物ではないと判断したかのように、彼の眼は光を失ったように見えた。レティシア校長は微動だにせず、二人の会話に耳を傾けていた。

「さて、これでフェリックス先生の嫌疑は晴れたわけだが。グリフィス、僕に協力してもらえないだろうか」

 セドリックは姿勢と表情を崩して、グリフィスに視線を合わせた。グリフィスはセドリックの言葉を聞き、「何なりと」と応えた。

「フェリックス先生をこの学校から連れて出てくれないか。学生にそれを目撃させるのが望ましい。そのまま僕の家まで案内してほしい。もちろん、くれぐれも丁重に」

 私は、彼の言葉を疑った。グリフィスとレティシア校長もその言葉の意図をはかりかねているようで、まんじりともせず耳を立てている。

「彼の名誉のためにも、逮捕したなどと誰にも思わせないように気をつけてほしい。事件解決後、例えば、彼は休暇を取ったとか、何か適当な理由を考えてくれないか。しかし、同じ教会派の教員はフェリックス先生の異変に気づくだろうし、他派閥の教員も次第に異変に気がつく。その時に犯人は姿を現すはずだ」

「陽動ですか」

 グリフィスの目があやしく光った。

「もちろん、これにはフェリックス先生の同意が必要だ。レティシア、頼めるだろうか」

「承知しました」

 そう言うと、レティシア校長は立ち上がった。

 セドリックは何重にも罠を張り巡らせて、犯人を絡め取ろうとしている。

 見るからに、グリフィスは国の機関の高官だ。どんな機関に所属しているのかなんて知りたくもない。そのグリフィスに閣下と呼ばれて、気安く頼みごとをするセドリックのことなんて、もっと知りたくない。

 私は戻れないところに来てしまったと確信した。箱に罠を仕掛けるとか、犯人に気づかれないように箱を運ぶとか、緊張して潰れそうだったけど、そのくらいのことだったらいくらでも協力する。でも、この話し合いは、どう考えても私には場違いだった。

 昨日のこの時間は、マカロンを食べていた。不機嫌だったけど、楽しかったように思える。戻れるなら戻りたい。できればこの事件に関わる前の自分に。



 レティシア校長がフェリックス先生のところへ向かい、部屋をあとにする姿を見届けると、セドリックはポケットから懐中時計を取り出した。

「もう時間が過ぎてるじゃないか」

 そう呻いて、悲しそうな顔をした。まさかこの場で、おやつの時間を楽しもうと思っていたのだろうか。

「せっかくスコーンとティーを用意したのに」

 セドリックのぼやきが止まらない。

「閣下はお変わりないようで」

 私はグリフィスの顔を見て驚愕した。グリフィスは、はにかんだような笑顔をしていた。さきほどの鉄仮面の男と同じ人物とは思えない。彼らにとって、さっきの重苦しい雰囲気でさえ、日常会話みたいなものなのかもしれない。

 でも、よく見ると、グリフィスの目は笑っていなかった。獰猛で狡猾な猛禽類のような光をたたえている。やはりこの人は怖い人だ。

「だから、僕は閣下ではない」

 セドリックは口を尖らせてつぶやいた。どことなく元気がない。これが本来のセドリックなのだろうと思って、私は少しだけ彼を心配した。

「部屋から、おやつを持ってきますか?」

「時間が過ぎてしまった。それに、今日は疲れた。おやつは諦めることにしよう」

 そう言って、彼はしばらく私を見ていた。そして、何かを思いついたようにニヤリと笑った。きっと碌でもないことを思いついたに違いない。

「フェリックス先生を招くことが決まったら、それを家の者に伝えなければならない。さて、リアラ君。明日の朝、僕の家に来てくれないだろうか。先生と話すときに協力してもらいたい」

 彼の言葉を理解するのに時間がかかった。そして、どうにかして断ろうと、その理由を頭の中で必死に探した。

「高貴な方が住むような場所になんて行ったことがありません。礼儀はわかりませんし、着ていく服もありません」

「構わない」

 またしてもセドリックは即答した。最初からその言葉を準備していたのではないかと疑うくらいの速さだった。何を言っても、どんなに抵抗しても、きっと結論は決まっている。だからこそ困ってしまう。

「本当にどうしたらいいか分からないです」

「君を先生の教え子ということにして、お見舞いのために僕が招待したことにする。だから、普段の服装で問題ない」

 問題はある。学生だからといって何でも許されるわけじゃない。でも、セドリックがそう言うのだから、問題ないことになってしまうのだろう。諦めるしかない。

「わかりました。手当はつきますか?」

 グリフィスの表情が変わったのを、目の端で捉えた。恐ろしくて絶対に見たくない。

 一瞬の沈黙があった。もしかして、まずいことを言った? 私は必死で理由を考えた。高位の人からの招待に手当を求めるのは不敬とか? 本当にそうなのか自信がない。ああもうだから、この手の人物とは関わりたくない。

「報酬は、本を一冊というのはどうだろう」

 セドリックは愉快そうに笑いながら答えた。

 その後、レティシア校長がフェリックス先生を校長室に連れてくると、セドリックとグリフィスがそのまま先生を連れ去った。レティシア校長は私に「今日はお疲れ様」と言って、蒸し菓子を渡してくれた。

 私は明日の五の刻に、街の教会で迎えを待つことになった。そこからセドリックの家へ向かうらしい。


注釈:一刻は約二時間。五の刻は午前十時頃。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ