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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
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第10話 心当たり【2日目】

 私は試作機を積んだ箱を荷台に乗せて、慎重に道を進んだ。中央の道は綺麗に整備されていて荷台をそのまま走らせることができる。ガラガラという大きな音がうるさい。鼓動が速くて、息苦しい。緊張した顔を悟られないように、下を向きながら荷台を押す。校長室が遥か遠方にあるように思えた。

 校長室があるのは、校門の近くに建つ平たく大きな洋館だ。この建物は初代校長から代々受け継がれてきた歴史があり、正面奥にある最も大きな部屋が校長室となっている。左側は元々使用人が使う空間だったが、現在は用務員の待機所として使われている。一方、建物の右側は、専用の入口で分けられた校長のための居住空間になっていて、レティシア校長が生活している。

 校長室のある洋館にたどり着くと、いつもエントランスにいる受付の職員が声をかけてきた。ふんわりとして軽やかなレイヤードカットの金色の髪が、陽の光を柔らかく反射していた。

「あら? ひとりで来たの?」

 待機所を使う関係上、一日に何度も顔を合わせることがある。整った目鼻立ちは一見端正なのに、どこか幼さを残す愛らしさがあって、いつも優しい笑顔をしている。私もあんな笑顔ができたら、良い印象を持ってくれる人が増えるのだろうか。

「いえ、この後、セドリック様が来ます」

 彼女は「ちょっと待っててね」と小さくつぶやき、席を立って校長室をノックした。中から鈴を鳴らすような音が聞こえて、彼女はドアを開けた。

「リアラさんが見えました。この後、セドリック様がいらっしゃるそうです」

 レティシア校長の返事が聞こえる。私は慌てて付け加えた。

「それと、警備員のロレンゾさんも」

 彼女がこちらに振り向き、にわかに驚いた顔をして軽く頷いた。

「警備員のロレンゾさんもいらっしゃるとのことです」

 校長室の中から誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえる。「リアラさん、何かありましたか?」と言いながら、レティシア校長がドアから姿を表した。私が運んできた荷台に乗る大きな箱に視線を落とすと、レティシア校長の顔に驚きが広がり、少しだけ声が上ずった。

「その箱は! まさか、本当に見つかったのですか! こんなに早く」

 普段は冷静なレティシア校長が、珍しく興奮した様子を見せている。いつも穏やかに話す彼女が、声を張っている姿を見たのは初めてだった。

「試作機です。室内にお運びします。詳しくはセドリック様が来てからお願いします」

 私がそういうと、レティシア校長は「リアラさん、よくやりました」と労ってくれた。保管庫から出た時に、服に付いた埃を落としてきたけれど、口の中と喉が埃っぽい。

 レティシア校長は待ち切れない様子だった。荷台に乗せたままの箱の蓋に何度も目を向けて、「リアラさん、箱の中はどうなっているのかしらね?」と話しかけてきた。まるでプレゼント箱を目の前に置かれた少女のような、落ち着きのないレティシア校長を見るのは初めてのことだった。その姿に私が戸惑いながら蓋を開けると、「間違いありません。これが試作機です」と安堵の息をついていた。

 セドリックが到着するや否や、レティシア校長は「ありがとうございます。セドリック様」と言って、笑顔で出迎えた。

 セドリックは「蓋を閉めて、部屋の奥へ」と口早に私に指示した。レティシア校長は応接用のソファの前で立ち止まり、セドリックを促した。私は、言われた通りに執務机の横まで荷台を運び、箱を下ろそうとすると、セドリックは「そのままで」と短く言った。

 やがて、ロレンゾが到着した。彼は、丁寧にドアをノックしてから入室し、背筋を伸ばして敬礼した。まるで軍人のような、きびきびとした動作だった。もしかすると本当に元軍人なのかもしれない。ロレンゾはソファの横まで歩き、その横に立ったまま手を後ろに組んで直立不動の姿勢をとった。普段のやや粗暴な言動からは想像できない、その礼儀正しい振る舞いに、私は驚いた。

 セドリックは、まっすぐと校長を見据えた。

「試作機は確保した。だが、これで事件解決というわけではない。この事件は、犯人逮捕を目標とする。僕には考えがある。聞いてほしい」

「どのような策か、お聞かせ願えますか」

 レティシア校長が頷くと、「すまないが、長くなるため、端的に説明する」と前置きをして、セドリックは続けた。

「試作機は、『A9』の区画にある箱に詰め替えて隠されていた。その箱は中を空にして、そのままの場所に置いてある。この後、保管庫の閉鎖を解除し、『管理体制の強化』とだけ、全体に連絡してほしい。そして保管庫からの搬出搬入には、警備員の立ち会いを義務付けてほしい。もしあの箱に手を掛けたら即逮捕する。しかし犯人が性急な行動に出るとは思えない。おそらくはあの箱の所在の確認だけに留めるはずだ。もし『A9』区画に近づく者がいれば、犯人である可能性が高い」

 レティシア校長は、じっと説明を聞き、やがてゆっくりと頷いた。

「わかりました。その中から犯人を割り出していく、ということでしょうか」

 そうセドリックに言った後、ロレンゾのほうを向いて指示を出した。

「立ち会いはマンフリート、その間の入口の警護はロレンゾに任せましょう」

 ロレンゾは直立不動のまま、間髪入れずに「イエス、マアム!」と返答した。やはりロレンゾは軍隊あがりなのだろうと、私は思った。

 そのとき、セドリックが手を挙げて制した。

「マンフリートとは、もうひとりの警備の男だろうか。彼は信用できるのか?」

 ロレンゾの目がぎろりとセドリックを捉える。怒気を含んだ視線だ。レティシア校長の手前、声は出さないように堪えている様子なのは明らかだった。

 私は寿命が縮みそうだった。どうしてこうもセドリックは、ロレンゾの感情を逆撫でするのだろう。

 レティシア校長は、穏やかにロレンゾを手で制して、セドリックに説明した。

「マンフリートが信頼できることは私が保証しましょう。彼は国家安全保障局の情報収集員でした。これ以上、ご説明が必要でしょうか?」

 セドリックは「いや、問題ない。信用しよう」と応じた。それを聞いても、ロレンゾの視線は、しばらくセドリックを捉えたまま離さなかった。

 私は、ひどく後悔していた。ここにいることを。この仕事を引き受けてしまったことを。この学校で働く職員仲間の意外な過去を知ることは、ままあることだから、それは許せる。でもそこに、国家の安全がどうのこうのという話が出てくると、身の危険を感じずにはいられない。国家の安全と、たかだか用務員ひとりの命を比べたら、私など吹けば飛ぶほど軽い。

「私、ここから出てもいいですか。私がいないところで話してほしいです」

 私の心配を察したのだろうか、レティシア校長は静かに優しい笑みを浮かべた。

「リアラさん。何も心配することはありませんよ。この学校では誰もが安全です」

 セドリックも深く頷いている。ロレンゾからは怒気が消えて、優しい目をしていた。あんなに大きな身体で全身から恐怖を放っているけれど、その心根は優しいのかもしれない。

 それでも私の不安は拭えなかった。この学校では、ということはつまり、学校の外では安全じゃないと囁いているように聞こえる。そんな人生なんてまっぴらだ。

 セドリックが付け加えた。

「君は機密を知る立場になったことを心配していると思うが、君が心配するほどの問題はない。レティシアの言う通りだ」

 首の上から下までどっぷりと機密に浸かった大人たちが、勝手なことを言っている。

 彼らは、これ以上の、そして多くの機密を知っていそうだし、この程度は些細なことかもしれない。私にとっては人生を左右する一大事だというのに。ただ静かに本を読む生活をしたいと願うことが、そんなに罪深いことなのか。

 私は恨みがましい目でレティシア校長を眺めた。



 説明を終えたセドリックは、小さく息をついてポケットから懐中時計を取り出し、「まだ時間があるな」とつぶやいた。おやつの時間のことだろうか。

「すまないが、ひとつ、確認したい」

 レティシア校長はセドリックの言葉を待った。セドリックは落ち着いた口調で、はっきりと聞こえるように質問をした。

「犯人に心当たりは?」

 レティシア校長の目が、にわかに鋭くなった。そして、彼女はロレンゾの方を向いた。


「ロレンゾ。あなたは、誰かがここに入って来ないように入口を見張っていただけますか? 誰かが来てもすぐには通さず、ノックを五回してください」

 その言葉を聞いて、ロレンゾは短く返事をして、入口まで歩き、こちらに振り向いた。そして、足を揃えて敬礼し、部屋から出ていった。

 わざわざ監視をつけるなんて、ただごとではない。私も一緒に部屋を出ていきたい。

 ロレンゾの姿を見届けたレティシア校長は、セドリックに視線を戻した。

「お恥ずかしい話ですが、我が校にはいくつかの派閥があります。その中でも、教会派によるものと思われます」

「その根拠は?」

 レティシア校長は逡巡し、意を決したかのように小さく咳払いをした。

「このことは他言無用でお願いします」

「もちろん、一切口外しない」

 セドリックは、レティシア校長の目を見て断言した。彼女は、次に私の目を見た。真剣な顔をして、その翠眼が光をたたえていた。

 悪い予想は当たった。私は黙って頷くしかなかった。

「魔力増幅装置は長年、研究者たちが実現を試みてきました。ご存知の通り、軍事的な価値が高く、多額の寄付を集めています。その研究が実を結び、ついに試作段階に移ったことで、他国からの干渉を受けることが多くなっていました」

 レティシア校長は、そこで言葉を区切り、声を低くして続けた。

「他方、教会には国境がありません。信じがたいことですが、教会派の中には、他国との繋がりを疑われている者もいます。今回の件は、教会派の一部過激派による、他国への技術供与が目的ではないかと、国からは指摘を受けています」

 セドリックは「なるほど」と小さくつぶやいた。

 私はそんな秘密なんて知りたくなかった。国の機関の動向は機密事項。知らなくていいことを知るだけで身に危険が及ぶ可能性がある。それも大事なことではある。でも、それよりも教会や教会派の先生たちを疑わなければならないということが気持ちを重くした。

 私が教会で育ったことを知る教会派の先生たちは、いつも私に優しくしてくれる。私を育ててくれた養父母はとても信心深く、教会に通うのが日課だった。私自身は信心深いほうではないという自覚はある。それでも、教会に関わる人物がこんな事件を起こしたなんて信じたくなかった。

 レティシア校長は続けた。

「フェリックス先生は、教会派です」

 そのとき、ドアのノックが五回、鳴り響いた。

 私の心臓は跳ね上がり、小さな悲鳴をあげてしまった。静まり返った部屋に、私の声と粗い呼吸だけが響いているように感じた。

 そんな私の様子を見て、セドリックはきっと笑っているだろうと、私は彼を睨んだ。ところが、彼は笑った様子もなく、慌てる様子もなく、ドアの方に身体を向けていた。

「さて、来客だ」

 セドリックがつぶやき、ゆっくりとレティシア校長に向き直った。

「望ましい客ではないのだろう。僕が応対していいだろうか」

「お願いできますか」

 レティシア校長は顔を上げ、テーブルに置かれた呼び鈴を、ちりんちりんと鳴らした。静かな部屋にその音が響いた。

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