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よろしくお願いします。

 ガッタン、ゴットン!

 という大きな音と共におケツに大きな衝撃を受けて“私”の意識は覚醒した。


「えーと……ここは……?」


 私はイルメラ……――イルメラ・ベラルディ。

 ()()それが私の名前。

 しかし――元・日本人でもあったりする。


 この体の持ち主イメルラお嬢様。

 窓に映る真っ直ぐな金髪と薄くそばかすがある顔に見覚えは無いはずなのに、間違いなく自分の顔であるという確信がある。

 そして唯一他人から褒められる、鮮やかな青い瞳も間違いなく自分のものだ。


 ――つまり……私はイルメラだけど……おそらく前世的な、日本人だった時の記憶を思い出した――ってことになるの……かな?

 ……貴族のお嬢様乗せてるとは思えないほど荒い運転してくれてる御者のせいで、あんまり集中して考えられないけど、そういうことだよね……?

 現在進行形でガタガタと大きく揺れ続ける馬車の中から、外にいるであろう御者を睨みつけた。

 ――そして自分の現状を思い出す。

 あー……そうだ。

 イメルラ、ドナドナされてる真っ最中だったわ……



 イメルラは侯爵家の娘としてとして生まれ、そこそこ可愛がられてすくすく育ち、当然のように親が決めた男性と婚約した。

 結婚に向け花嫁修行やらマナー、家や財産の管理方法などを学びつつ、貴族は全員通うと言っても過言では無いほど由緒ある学校をそこそこ褒められるべき成績で学校を卒業して、私たちもうすぐ結婚するのね! という段階まできたはずだったのに、まさかの婚約者ご乱心。

 「真実の愛を見つけてしまったんだ!」などと喚きながら、どこぞの町娘と駆け落ちなんてしてくれやがった。


 当然、両家は大混乱。

 イルメラちゃんは大パニック。


 そもそも侯爵家の嫡男がその立場のまま駆け落ちなんて、どう考えても許されるわけが無い。

 家の面子にかけての大捜索の末、見つかり連れ戻された婚約者――元、婚約者は、今回の騒動を引き起こした責任を取るという形で廃嫡。

 侯爵家は婚約者の弟、次男が跡を継ぐことになった。

 その話し合いの際、イメルラをその弟の婚約者に……なんて話も出たけれど、当然のように弟にも決まった婚約者がいて、その弟の婚約者家との関係悪化を嫌った()()()()()両親が、お金や元婚約者家、そして弟婚約者家との、こちら優位の取引や新たな商談を結ぶことを条件に()()()()()身を引くことに同意したのだ。


 ーーそう。 

 その結果、イルメラには“婚約者に捨てられた令嬢”という不名誉な結果しか残らず、卒業と同時に結婚する者が多い貴族社会で、まさかの婚約すら結べていない“売れ残り”という肩書きまでもが付いて回る事になってしまったのだ。

 イルメラにはなんの落ち度も無かったっていうのにねっ!


 元婚約者は真実の愛を手に入れ、元婚約者家、イメルラの実家だってほとんどダメージを受け無かったのにおかしいね⁉︎

 イメルラはあんなに楽しみにしてた卒業式も卒業パーティーにも出られないほど悲しんでたのにっ!

  ……まぁ“婚約者に捨てられた令嬢”も“売れ残り令嬢”も、貴族のご令嬢としては極めて致命的な肩書きだから、出てたとしても笑い者にされてたんだろうけどー。


 ――どれくらい致命的かというと、私が私として覚醒する直前まで『ーーこのまま生き恥を晒すくらいなら、どこぞで入水自殺するしか……』とか結構本気で思い詰めていたほどには致命的なんだけどー……


 ――いやいやいや!

 ちょっと落ち着いてよく考えて⁉︎ 

 そもそも、あんなモラハラ男と結婚してたとして本当に幸せになれたと思ってんの⁉︎

 悲しみのあまり、頭おバグりめされていらっしゃる?


 この結末は不幸中の幸いというか――あの男との婚約が決まってしまった以上、考えられる限りの最善だったと思うよ?

 婚約者持ちのくせに他の女と駆け落ちするだけでも正真正銘のドクズなんだけど、それ以外でもあの男クズだったじゃん!


 お互いどころか両家公認の政略結婚だったっていうのに、ある程度の年齢になる頃にはイルメラが自分に惚れ込んで婚約することになったとかいう勘違いおこしてて、その上それを理由に強気に出られると思ったのか、ことあるごとにイルメラにグチグチとイヤミを言い始めんだよ?

 顔見れば「たった一つしか魔法が使えない出来損ない」だの「その上魔法力が低過ぎる」だの!

 ――その度イルメラは「すみません……」「努力します……」とか答えてたけど……そんなの謝る必要なんかこれっぽっちも無いし、大体そのクズ男だって、使える魔法は二つでしたからね⁉︎

 あいつ絶対、イルメラに文句言って憂さ晴らししてただけだよ!


 弟の婚約者だって一つだって話だったし、ウワサだけど運命の相手とやらなんか、魔法すら使えないらしいじゃん⁉︎

 そもそも文句の内容はなんか魔法のことだけじゃなく、見るもの全てに文句つけてくるようなやつだったけどさ!

 「お前には華も色気も無い」だの「そばかすがみっともないから消してこい」だの!

 そのくせイルメラがちょっと華や色気を出そうと努力すれば「売女のようで下品」だとか抜かしやがってっ!

 ーーモラルハラスメントって言葉知ってるぅー⁉︎

 全力で逃げ切るべき男の特徴なんだからね⁉︎

 あんな男との婚約破棄なんて、死ぬ理由になるわけないから! 

 世界が世界なら、喜びの雄叫びをあげつつ祝杯をあげるレベルですからっ!


 ……イルメラ、ちゃんと逃げられて良かったねぇ?


 間違ってあの男と結婚なんかしちゃった上で私の意識が目覚めてたら……――十中八九死人が出る。

 そして私はお尋ね者だ……

 そうなってくると駆け落ちバンザイとまで思えてくるな……?


 ――嫡男が平民落ちとか……どうせきっと、次の代のお家騒動を嫌って、適切なタイミングで病死か事故死してくれる。

 これであいつとはなんの後腐れもなくなったわけだから――駆け落ちしてくれて本当に幸運だった。



 ーーま、そう思えたのはついさっきで、しかもこの世界の常識では旧イルメラの考えのほうが一般的だったりするけどー。


 だからこそ1000%相手が悪い婚約破棄だったにも関わらず、婚約破棄をした令嬢という事で、外聞が悪すぎるからと、家からも王都からも追い出され、田舎にドナドナと出荷されている真っ最中な訳よ……


 その処置に反発するけど気持ちも確かにあるけれど……

 ーー日本人のド庶民としての感覚を思い出しちゃった今となっては、それで良かったのかも? とか思い始めてる。

 イルメラが記憶してる社交界とか、今の私にとっては苦痛以外のなにものでもないんだよなぁ……

 この状況下、私が社交界で笑われ者にならない未来とか想像つかないし……

  だったら、親の金引っ張りに引っ張って、田舎でのんびりと美味しいものでも食べながら悠々自適に生活したほうが絶対マシでしょ。


 ――あ、これが婚約中の出来事で本当に助かったんだ……

 これであの家に嫁いだ後で離縁とかになってたら、実家には『もう他人だから』とか言われて縁を切られて、嫁ぎ先も『離縁したなら他人』とか言って追い出されて、イルメラどこぞで野垂れ死ぬ未来しか待っていなかったんじゃ……?

 いや、流石にそうなったら、あの両親だって……?

 ――……ほとんどノータイムでイルメラを犠牲にすることを決めた両親だからなぁ……信用は出来ないよなぁ……?

 ……――おや? 私ってば、だいぶ日本人だった時の感覚に戻ってるのに、今までの記憶や知識はちゃんと頭の中に残ってるっポイ?

 ――わぁ、便利ぃ⭐︎



 旧イルメラちゃんは「王都から2ヶ月もかかる田舎に追いやられるなんて、私はなんて不幸なの⁉︎」とか嘆いてたけど……

 流行のドレスやお帽子に何の興味もなくなった今、社交界が関わってこない娯楽ってMAX観劇なんだよねー……しかもこの世界の劇って、日本的に説明するとオペラ的なやつで……あんまり興味がなー……

 イケメンや美少女がきらびやかな衣装で出てきて歌ってくれるのはいいんだけど……全部歌なのがなー……

 せめてミュージカルくらいお芝居してくれれば、今の私にだって楽しみ方もあったんだろうけど……オペラはなぁ……

 イケメンは多かったから目の保養にはなっただろうけど……

  ――そういう見目麗しい役者にはほぼパトロンが付いていて……ーーそれってつまり、イケメン役者は確実に誰かの愛人! ってことな訳で……


 ーーせめて会場では関係を隠す配慮希望。


「サインをいただきたいわっ!」ってわざわざ用意して貰ったパンフレットを胸に抱いて、おめめをキラキラさせながら劇終わりにロビーに出てくる役者待っていたっていうのに、イルメラちゃんが目にしたのは、そこかしこで繰り広げられる役者たちとパトロンたちのわりとディープなイチャイチャや、パトロン同士が鉢合わせする地獄イベント……!

 パトロンたちが周りの視線も気にせず、その役者挟んでマウント合戦開始してしまうから、まだ学生だったイルメラなんか、話しかける度胸もタイミングも掴めず、泣く泣くパンフレット抱きしめながら諦めててさっ!

 嫁入り前の純真無垢な乙女の夢を壊さないで貰えますかねぇ⁉︎


 あのパトロンたちは『サインを貰う時、少しだけでもお話しできるかも! そしたら今度のお茶会でお友達に自慢しちゃうの!』ってルンルン気分でお目々キラキラさせてたイメルラにぜひとも謝って欲しい!

 ――夢を売るのが役者の仕事みたいなトコあるでしょう⁉︎

 せめて劇場内でぐらい少女の夢を壊さないで貰えますかねぇ⁉︎

 ――イルメラ……憤って良いんだよ!

 アイドルとかには夢を見続けさせて欲しい派は、年々肩身が狭くなって行くけど、それでもグチくらい許されるって!


 熱愛報道や結婚とかはね、口先だけ「えーおめでたいねー! 幸せになって欲しいー」とか言ってれば、お腹の中では呪詛を吐き散らかしてても案外バレないもんだから!

 察してくれるのは大抵が同じことしてる同士だけ!

 そしてそれが友情の始まり……!


 ……まぁ、私が新イルメラになった今となっては、そもそも観劇しに行くつもりがなくなってしまったわけだけどー。


 となるとーー別に田舎でもなんの問題もない、?

 むしろ、わずらわしい人間関係から解放されるから田舎で良かったまで……?


 ――そっか……。 よく考えれば考えるほど、私にとって田舎暮らしになんの問題無いわけだ。

 むしろ、ちんぷんかんぷんな人間関係の序列やら、わずらわしい社交界のTPOやらから解放され、誰とも会わないイコール笑い者にもされない現状……

 これから連れて行かれる田舎こそがイルメラにとっての天国なのでは……⁉︎


 ――だとすれば、旧イルメラの入水自殺予定に拍車をかけた“侍女、誰1人も付いてこない事件”までもが幸運だった説……?

 アイツらイルメラに忠誠心がないどころか、あからさまにイルメラを下に見て、仕事ろくにしてなかった給料泥棒だったしなぁ……

 ――イルメラは絶望からなにもするつもりなんかなかったみたいだけど私は違う。

 絶対許してやらないし、されたことも忘れない。

 ――必ず報復する。

 ……いっちゃなんだけど、今のイルメラわりと最強の人だからな⁉︎



 一緒に来る――いや、両親からの命令で一緒に田舎にドナドナされるはずだったのに、それを嫌がり、なんとか回避しようと父の愛人になったり、兄や弟と肉体関係になったりして、父や兄弟付きに強引に配置変えされ、ただの一人も付いてこず……!

 それも当日の朝に集団で‼︎

ズラリと私の前に並びながら「急にそういうことになってしまいまして……」とニヤニヤ顔を隠すように頭を下げてきた時は、父親や兄弟ごと呪い殺してやろうかと……

 ――やってやろうぜイルメラ。

 いや、さすがに呪いは使えないけど、だからってこのままほっといてやる必要なんか無い。

 しかも今なら向こうからの報復なんか絶対来るわけないんだから、やるなら今しかないまであるよ⁉︎


 ――イルメラは今回の婚約破棄で父や兄弟に迷惑をかけてしまったって負い目から『これ以上騒ぎを起こしては……』とか考えてたみたいだけど、こんなクソなことでイルメラが泣き寝入りする必要なんてどこにも無いから!

 大体が婚約破棄の後始末だって、明らかにイルメラを犠牲にしてるしっ‼︎

 そんな奴らの為に黙っててやる義理なんかカケラだって無いねっ!

 

 ――しかも、1人残らず移動になって同行者無しって状況を理解た瞬間、気まずそうに視線を逸らしあった、あの(ちち)兄弟(きょうだい)だよ?

 そのすぐあと唸るように「不慮の事態だが予定を狂わせるわけには……」とか適当抜かしてイルメラを馬車に押し込んだ父、そしてそれに抗議するどころか後ろで頷いて同意していた兄弟と元侍女ズだよ⁇

 地獄に落ちるまで徹底的に粘着したって構わねぇと思うわ。


 ……せめてお母様が見送りに出てくれてれば侍女の1人――主に父の愛人に納まった女――ぐらい、強引に乗せてくれただろうに……いや、居ない今が気楽なんだから、そうならなくて良かったのか……――そもそも、見送りにも出てもくれない母親も母親だしな……


 ――だけど私が娘であることには変わりがなくて、向こうは侯爵家の内側を丸っと取り仕切る侯爵夫人様だ。

 あいつらの爛れた関係、全部お母様にチクッたんねん。

 ついでに義務的なお茶会でしか会ったことない兄弟の婚約者にもチクったんねん。

 ……ちょっと話盛ってチクッたろ。


 イルメラがなんも言い返せないと思って好き勝手やりやがって!

 そう何度も泣き寝入りなんてしてやらないんだからな!


 旧イルメラも新イルメラも、こう言う事は忘れてやらない派ー。

 そして私は、地獄に堕ちようとも絶対に許してやらない派ー。

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