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短編集

テンプレが起こらない世界を観測しました

作者: Mel

Finでブラバすればノーマルエンド、

Finより先に進むとバッドエンドです

 いつものように某小説投稿サイトのランキング作品を読み漁っていただけなのに――。


 部屋の中が急に光に包まれたと思ったら、全く見知らぬ風景に視界が一瞬で切り替わり。

 パジャマ姿のまんまの私は、固い石床の上にしゃがみこんでいた。


 状況を理解するよりも早く周囲から割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 恐る恐る周りを見渡すと、金髪碧眼の美男美女や黒ローブの魔道士風な人たちがずらりと勢揃いしていた。


 ――これって、どう見ても異世界に召喚されたのよね……?!


 これまでに散々その手の小説を読んできたのだ。まさか私が、という思いと、ついに私も、という思いが交錯する。


 十中八九、聖女として呼び出されたのだと思うのだけれど――聖女召喚と一言で言ってもその役割は千差万別。駒にされるか丁重に扱われるか、魔王を倒すのか世界を浄化するのか。


 見極めるように身構える私の前に、そこそこ顔の整った青年が近付いてきたかと思ったら、その場に恭しく膝をついた。


「異界の方よ、急に招いてしまい誠に申し訳ございません」


 そう優しげな声色で話してくれる彼は、期待を裏切らずこの国の王子様なのだという。


「……ここは冷えるでしょう。貴賓室を用意しておりますので、そちらで詳しくお話させてください」


 うわぁ、とても丁寧な人だ。この時点で私の知るお話の一つ、「傲慢な王太子がざまぁされて廃嫡される話」の線が消えた。


 それならばここはどんな世界観なんだろう?

 原作がある世界なんだろうか?

 それとも別の展開が待ち受けている世界なんだろうか?


 促されるままに立ち上がり、王子様のエスコートで豪華な部屋へと招かれた。


「失礼ですが、お名前を聞かせていただけますか?」

「あ、桜です。佐藤桜っていいます」

「サクラ様。確か、日本に咲く花でしたね。とても美しく、儚い花だとか」

「えっ、日本を知っているんですか……!?」

「ええ。実はこの国では十年に一度、こうして異世界の住人を招いているのです。前回招いた方も日本からお越しで、スマホや電動自転車、ウォシュレットなる不思議な道具の話を聞きました」

 

 なんてド定番なラインナップ……! それに、十年周期だなんて短すぎない?

 私が首を傾げていると、王子様は続けて説明してくれた。


「どういう原理なのかは誰にも分かっていないのですが、異世界の住人を招くことでこの世界は均衡を保てるのです。ですが、何もしていただく必要はありません。五日間滞在していただきましたら、またお帰りいただけます」

「え? たったの五日間でいいんですか? しかも帰れるんですか?」

「ええ、突然お招きしてしまって申し訳ないのですが、五日ほどこちらでお過ごしいただけませんか?」


 五日間過ごすだけでいいのなら「搾取されるブラック聖女説」も消えた。

 しかも帰っていいそうだから、王子様を始めとしたこの世界の住人との異世界〔恋愛〕展開にもならないだろう。それはそれで残念なような……?


「本当に何もしなくていいんですか? なんかこう……特別なスキルを授かったりしないんですか?」

「ええ、むしろ何もしないでいただけると有り難く。特殊なスキルは……ああ。言葉だけは通じるんですよ」


 それはもはやお約束ですらない、言語の違いによる不便さを割愛するためのご都合主義というやつだろう。



 そうして、私の異世界生活が始まった。

 ビックリするくらいに何も起こらなかった。

 


 そりゃそうだ。用意された部屋でずっとおしゃべりしているだけなんだもん。

 ただ、暇を持て余さないようにと、日中はいつも誰かしらが話し相手になってくれた。


  

 一日目は、西洋風の顔立ちをした、あの王子様が来てくれた。


「その、十年前に来た人もこうやって何もしないで帰って行ったんですか? ……本当に?」

「あの方も随分と困惑されている様子でしたよ。ですが、本当にこの世界でやっていただくことは無いんですよね。なにせ戦はありませんし、これまでにお越しいただいた方々の知識のおかげで生活水準は向上し、インフラも整っています」


 確かに。用意されるご飯はとても美味しいし、王城内を散策すると卓球やカラオケなんて遊戯室もあった。大浴場では侍女さんたちと一緒に温泉に入ることまでできたのだ。

 これじゃあ本当にちょっとした小旅行で、よくある「食改革」や「日本の知識披露」をする隙もない。スローライフを楽しむ時間もない。


「過去には召喚のたびに騒動もあったそうですが、歴史を重ねる中で反省し、多くを求めないこととしたのです。それが一番安寧に過ごせると分かりましたので」

「そうなんですねー」


 素直に過去から学べるなんて、なんて倫理観の高い人たちなんだろう。みんな穏やかで優しげで、冷遇やドアマットなんて言葉とも無縁そうだった。


  

 二日目は、王子様の婚約者だというご令嬢が相手をしてくれた。金髪縦ロール、生で見たのは初めてかもしれない。

 もしや悪役令嬢かと今度こそ身構えたものの、ほわほわとした雰囲気の、とても愛らしい人だった。


「窮屈な思いはされていませんか? お困りのことがありましたら遠慮なくお申し付け下さいな」

「ありがとうございます、早速ですが質問してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「王子様と婚約されてるんですよね? 貴族専用の学校とかってあるんですか? 王子様の周囲にやたら馴れ馴れしいピンクの男爵令嬢とかいたりしません?」

「随分と具体的な特徴ですのね。王族には家庭教師が付くのが常でして、あの方は通っておりませんわ。もちろん学園もありますが市井に広く開放されているんですの」


 なるほど。それなら婚約破棄騒動に巻き込まれることも、貴族が集まる学園生活が始まることも無さそうだ。


「仮にいたとしたらどうなるのかしら……?」

「えーっと。私の世界ではその男爵令嬢に王子様がNTR(寝とら)れて、上位貴族なヒロインが婚約破棄されがちなんです。そっから色々な展開に分岐しますが、だいたい王子とピンクはざまぁされますね」

「寝取られる? ……男爵令嬢ごときに?」


 おっと、ちょっと腹黒そうなお顔が垣間見えたものの純粋に疑問なだけだったようだ。

 それ以上の意図は無さそうで、残念ながら死に戻って復讐を果たしにきたわけでもなさそうだった。


  

 三日目は、この国の侍女さんがいろいろと構ってくれた。


「こんなに至れり尽くせりでいいんですかね。なんだか逆に不安になっちゃいます」

「大したことはしていませんよ。サクラ様のお国でも同じようなものではないのですか?」

「うーん、私の知る侍女さんは……ヒロインの盲目的な従者になるか、ヒドインに命じられて虐めてくるかですね」

「ヒドイン……?」


 ヒドインの言葉の意味とその手先となる「使用人」について説明すると、侍女さんは顔面を蒼白にして、準備していた茶器をガチャンと取り落としてしまった。


「そんなあたまのおかしなことをする方が現実にいらっしゃるのですか……?」

「いないですけど、この世界にはいたりしないかなぁって。……あ、試しに私を虐めてみませんか? さすがに舌を抜かれたり娼館送りになったりします?」

「お戯れを……! そりゃ解雇はされると思いますけど……」


 なんだ、温いざまぁだなぁ。そんなんじゃ読者は満足しないよ。

 ……だなんて。やだ、私ったらすっかり毒されてるのかも……!


 

 四日目は、なんと王妃様。

 侍女さんから「今回の異世界人はヤベェ奴です」って報告でもあったのかもしれない。どうしよう、ここにきて追放されちゃう?


「サクラ様は随分と変わった知識を持っていらっしゃるとか。漏れ聞いた話ですけれど、とても興味深いわ」

「すみません、こっちの世界では異世界ならではのお約束みたいな話がたくさんありまして……」

「まあ……例えばどんなお話があるのかしら?」

「やっぱり婚約破棄とか白い結婚とか離婚話が多いですかねぇ。最近は生活臭が滲み出たお話もよく見る気がします」

「……それ、面白いのかしら?」


 面白いんですよねぇ、これが。

 私は雑食だからなんでも美味しく読めちゃうけれど、王妃様は不可解そうな顔をしていらっしゃる。


「義理の母親に虐められるお話とか、古今東西親しまれてません?」

「確かにこちらの国の書物にもそういったお話はありますわ。でも、現実には嫌よねぇ」

「ですよねぇ」


 その後も王妃様は興味津々といった様子でどんな話があるのか訊ねてきた。披露したものはどれも関心を引いた様子で、「とんでもない世界があるものなのねぇ」と言いながらも楽しそうに頷いていた。


 

 最終日には、双子の聖女様が現れた。一応この国にも聖女はいたらしい。


「双子さんとは珍しいですね。妹さんは色々欲しがったりしないですか?」


 夕方には帰れるという安心感からだろうか。私の質問もかなり不躾なものになっている。

 それでも全く気にする素振りも見せず、二人は鏡を合わせたように同時にぷっと吹き出した。


「何で知ってるんですか? この子ったら、本当に何でも欲しがるから困っちゃうんですよ」

「あら、貴女だって私のと間違えてしょっちゅうアクセサリーを持ち出すじゃないの。おあいこよ、おあいこ」


 ぎゃあぎゃあと喧しく言い合う二人は、なんだかんだで仲が良さそうだ。良かった、欲しがりな妹もこの世界にはいないんだ。それに、よく似た二人は姉妹格差とも無縁な様子だ。


「……聖女様といえば、この世界にも神様がいるんですか?」


 転移する前に神様との面談が無かったのはちょっと残念だった。どうせならスキルを授かったりしたかったじゃん? やっぱりトラックに轢かれないと駄目なのかなぁ。


「ええ、この世界を創造したと言われる三つ子の女神様がいらっしゃいます」

「慈悲深く、美しく、とても気まぐれなんですって」


 三人もいるなら一人くらいダ女神様がいそうなものだけど、顔を出してくれないんじゃ分かるはずもない。


 

 そうして最後まで粘ってみたけれど――。

 本当に何のテンプレにも遭遇せずに、この世界からおさらばする時間になった。


 

 私は召喚された部屋に通されて、魔導士と双子の聖女がなにやら呪文を唱えているのを、王子様と一緒にぼうっと眺めていた。


「おかげさまでこの世界の均衡はまた十年保たれそうです。ご協力ありがとうございました」

「いえいえ、本当に何もなくて逆に申し訳ない気分です。……とても平和な世界で何よりでした」

「ええ、そうなるように先祖代々努力を重ねてきたのですよ。異世界の知識を、少しだけ分けていただきながら……」


 なるほど、多くは望みすぎないということか。確かにそんな世界が一つくらいあってもいいかもしれない。――読み物だったら退屈でブラバしてただろうけど、なんてね。



 この城の住人たちが勢ぞろいして、私を見送ってくれる。

 五日間だけお世話になった彼らに軽く手を振ると、召喚陣が輝き始めて私の視界は真っ白に染まっていった。


 ――やっぱり、テンプレみたいなお話って現実にはそう起こらないものだよね。

 

 波乱万丈な展開は小説やアニメの中だけで十分なのだと――。

 少しの物足りなさを感じながらも、こうして何のテンプレも起こらない物語は幕を閉じるのだった。



  

 ~Fin~










 





 


 



「――ねぇ。やっぱり何も起こらないのって、つまらなくない?」


 視界は真っ白に染まったままで――。

 誰の者かも分からない声だけが耳に響いてくる。


「貴女が言ったんじゃないの。たまには何の手を加えない世界があってもいいんじゃない? って」


 私は身動きも取れないまま、ただその声を聞いている。

 周囲にいたはずの人たちの姿はぼんやりと見えるけれども、誰もかれもが表情を硬くし、その場から一歩も動かない。

 まるで……時が止まってしまったかのように。


「十年に一度、変革のチャンスはあったはずなんだけれどね。安寧を選んだみたいね、この世界の人間は」


 似たような女の声が、三人。

 これまでに聞いたことの無い声に、ゾワゾワと嫌な予感が膨らんでいく。


「もう見る価値も無さそうね。……それじゃあ今度はまた別の世界でも眺めてみましょうか」

「そうしましょう。それで、この世界はどうするの? せっかく作ってみたのに」

「いらないんじゃない? 何も起こらないつまらない世界なんだもの」


 無慈悲な声に、全身から血の気が引いていく。


  

 ――あぁ、私はどうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。


 神や超越者とも言える存在が、人間を弄ぶテンプレがあるということを――!


 

 待って、お願い、見捨てないで!



 そう叫ぼうとしても、私の声は喉を通らない。

 自分の存在が酷く曖昧なものに思えてきて、身体の端から感覚が失われていく。


「今度はどんな遊びにしましょうか――」


 くすくすと笑い声だけを残して、ぱたんと、何かが閉じられたような音が響く。


 私の物語の続きが綴られることは、永遠に訪れなかっ

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