プロローグ~おつかれ私、そろそろ異世界行く?
社畜OLが終電帰りにトラックと遭遇する話です(嘘)
終電間際の電車に揺られながら、私はスマホをいじる指を止め、大きくため息をついた。
「はぁ……今日も残業か……」
スマホの画面には、何度も見た乙女ゲームのスチルが映し出されている。華やかな宮殿、優雅な舞踏会、完璧な微笑みを浮かべる王子様。画面の中の世界は美しく、何よりも私の現実とはかけ離れた理想郷だった。
私はごく普通のアラサーOL、黒瀬葵。社会人になってからというもの、人生は仕事漬け。朝から晩までパソコンに向かい、上司に詰められ、無理難題を押し付けられ、それでも何とか食らいついて生きてきた。
この生活を何年続けた?
学生時代は、「やりがいのある仕事をして、自立した女性になりたい!」なんて思っていたけれど、現実はそんな甘いものじゃなかった。残業は当たり前、休日出勤もざら。恋愛なんて夢のまた夢で、疲れて帰って寝るだけの日々。
「……私、何のために生きてるんだろ」
気づけば、口からそんな言葉が漏れていた。誰かに聞かれたら恥ずかしいけど、本当にそう思う。お金はそこそこ貯まったけど、何かに使うわけでもない。ただ生活費に消え、趣味の乙女ゲームに課金するだけ。
でも、その乙女ゲームこそが、唯一の癒しだった。
私は筋金入りの乙女ゲーマーだ。中学の頃からハマり、社会人になってからも辞めることはなかった。現実では味わえない恋愛を疑似体験できるし、何より、ストーリーの中で「ヒロイン」として愛される感覚が心地よかった。
「はぁ……転生して、乙女ゲームのヒロインになりたいなぁ」
電車の窓に映る自分を見ながら、そんな馬鹿げたことを呟いてみる。
もちろん、そんなことが起こるはずがない。
――起こるはずが、なかった。
***
終電を降り、暗い夜道を歩く。
会社からの帰り道は、すっかり慣れたものだった。人気の少ない道を歩きながら、考えるのは明日の仕事のこと。朝早く出社して、上司に怒られ、溜まった書類を片付けて、また残業。そんな日々が、これからも続く。
でも――
「……もう疲れたなぁ」
ふと、足が止まる。
こんな人生、何が楽しいんだろう?
ぼんやり考えていると、不意に、視界の端に光が差し込んだ。
――眩しい。
顔を上げた瞬間、それが何かを理解するよりも早く、私の体は弾き飛ばされた。
「えっ……」
衝撃。全身を貫く激痛。
地面に叩きつけられた私は、ぼんやりと視線を上げた。
目の前には、大きなトラック。ブレーキの音。誰かの悲鳴。
ああ、私……轢かれたんだ。
意識が遠のいていく。
痛みも、現実も、どんどん薄れていく。
……終わるのかな、私の人生。
せめて……せめて、乙女ゲームの世界に転生できたら……
そんなことを考えながら、私の意識は真っ暗な闇へと沈んでいった。
ここまで読んでくれてどうも。
次回から本格的に話が動きます(本当)。