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第8話



 自分の身体が造り替わっていく。


 より上位の存在に生まれ変わる感覚。


 身体の内側から力がとめどなく溢れていく。今までとは何もかもが違う。


(……気が昂るな)


 早く自分の力を試したいという欲が生まれる。

 だが実際に試す前に、アシルは自らの身体の状態を確かめた。


 進化したことで、欠損さえも修復されている。


 全身に包帯が巻かれていた。

 頭部から足の爪先まで全て。唯一目元だけは覆われていない、全身包帯に包まれた身体。


 ぺたぺたと顔や手足をくまなく触って分かった。

 完全にミイラ男である。


 包帯をめくると、やはり肌はしわがれ干からびたミイラそのものだった。

 ただ腐ってはいないし、一応進歩したと考えて良さそうだ。


 ともかく一度、ステータスを確認する。




名前 アシル 

種族:包帯死人(マミー・コープス)

Lv1(125/300)

職能(クラス)剣士ソードマン

Lv1(50/300)


体力:D

攻撃:D

守備:D

敏捷:E

魔力:F

魔攻:F

魔防:F

固有技能(オリジン・スキル)

解析(アナライズ)

魔物技能(モンスター・スキル)

生気吸収(ライフ・エナジー)

職技能クラス・スキル

・闘気斬

・闘風刃


進化解放条件:レベル30

上位職能(クラス)解放条件:レベル40



 色々と大きく変わっている。

 種族名だけではなく、職能力(クラス)も中位職能力(クラス)へ進化している。


 それらに伴って各種スキルが増えている。


 自分の身体を満足げに見下ろすアシルを他所に、ゼノンが大きな笑い声を上げた。


「……ハハッ、流石は特異個体(ユニーク・モンスター)ッ、期待以上だ!」


「……?」


 彼の様子は尋常ではなかった。目を大きく見開き、歓喜に身を震わせている。

 加えて、口元から多量の涎が流れ落ちていた。


「よし、よしッ、いや、まだか。まだだな。腐った身体は卒業したが、干からびた死体だ。まだ、まだだな」


「……」


 じゅるりと涎を啜ったゼノンは、裂けた口元を吊り上げ笑った。


「……嬉しくて取り乱した。ひょっとして喋れるようになったか?」


 その問いに対して、アシルは常識に照らして考える。

 アンデッドは上位の魔物は普通に喋る。不死者(リッチ)や吸血鬼なんかは人以上に知能が高い。


 下位のアンデッドである屍人(ゾンビ)は今まで見てきた通り、意味のある言葉を喋ることはできず、ただ呻くだけ。


 その一段階進化した個体と考えると、いくら特異個体(ユニーク・モンスター)といえど片言で喋れる程度が《《丁度良いはず》》。


「喋、レル? 分カラ、ナイ」


「大分マシになったな。だが、まだ屍人(ゾンビ)の域を出ていねえな。よしよし」


 長い腕を組みながらゼノンは目を細める。


「もしかしたら進化した事で気が大きくなってるだろうが、分をわきまえて行動しろ。お前は強くなったが、まだまだ弱い。俺が上で、お前が下だ。分かっているよな?」


 瞬間、アシルの目の前から屍鬼(グール)の姿がかき消えた。


 蹴りだした地面に罅が入るのをはっきりと目にしながら、一瞬で背後に回ったゼノンの姿に驚く、《《ふりをする》》。


「……凄イ、見エナカッタ……」


「俺には勝てねえ事を自覚しろ。序列は変わらない」


 こくこくと頷く包帯男、包帯死人(マミー・コープス)にゼノンは気を良くしたのか牙を覗かせて笑う。


「物分かりが良い奴は助かる。次はもっと強い獲物がいる区画に行くぞ。お前は強くなったが、まだ幹部に押すほどではねえ。俺についてこい」


「……分カッタ」


「……と、その前にだ。気は進まねえが、これも成り上がるため」


 ゼノンはアシルが殺した屍両頭狼(ウルフツイン・ゾンビ)に歩み寄った。

 何をするのかと興味深くアシルが見守る中、ゼノンは比較的腐りきっていない部位を慎重に選びながら長い爪で抉り取る。


「<白炎よ>」


 抉り出した塊肉を左の手のひらに灯した白い炎で炙っていく。


 火力が凄まじいのか、凄まじい速さで赤みが消えていく肉にゼノンは満足げな面持ちとなって裂けた口元を大きく開けた。


 大量の涎を零しながら、ぱくりと口に含む。


「……人間だった頃の感覚が抜けねえんだ。屍鬼(グール)は生で何でも食えるらしいがよ、人格がまんまの俺にはできねえんだよな」


 咀嚼しながら、誰にともなくそう告げるゼノン。


 腹が減っているから食べたのかと思いきや、ごくりと飲み込んだゼノンは小さな声で呟いた。


「……<喰吸収>」


 その瞬間、彼の長い爪が紫色に染まった。


「うおっと、これが毒爪か」


 興味津々に己の体の変化を眺めるゼノン。

 アシルは無言で彼のステータスをそっと覗く。




名前 ゼノン・レイフォース

種族:屍鬼(グール)

Lv34

体力:C

攻撃:C

守備:C

敏捷:D

魔力:B

魔攻:D

魔防:D

固有技能オリジン・スキル

・喰吸収

・白炎魔法

魔物技能モンスター・スキル

・尖爪

・毒爪

 



 <魔物技能モンスター・スキル>が増えている。


 しかも毒爪は屍両頭狼(ウルフツイン・ゾンビ)が持っていた<魔物技能モンスター・スキル>だ。


(……固有技能オリジン・スキルの喰吸収か。食料となった魔物の技能(スキル)を獲得できるのか)


 破格の能力である。恐らくは屍鬼(グール)になってから獲得した能力のはず。人間時代の勇者の兄がこんな固有技能(オリジン・スキル)を持っているなんて聞いた事がない。

 

 彼はわざと屍狼(ウルフ・ゾンビ)屍人(ゾンビ)を襲わせていた。

 存在力を吸収させ、より強くさせるため。


 わざわざそんな事をするのは、魔王軍強化の為でも何でもない。


 その強くなった個体から技能(スキル)を奪うためだったわけだ。

 つまり自分のために全てしている。


 時間をかければかけるだけゼノンを殺すのは難しくなるだろう。


 しかし彼は一つ明確な間違いを犯した。


 喰吸収を堂々と見せたのは傍に佇む存在をさほど警戒していないからだと思われる。

 だが、それは致命的な判断ミスだ。


 アシルは察した。


(……俺もそうやって食うつもりなんだろう。だが、そううまくはいかない。俺が今度はお前を喰う番だ)


 ゼノンは、アシルが職能(クラス)を持っている事を知らない。


 固有技能(オリジン・スキル)も闘気を操る能力だと勘違いしている。

 種族レベルと職能(クラス)レベルの両方を持つアシルがゼノンと同レベル帯になったとき、果たしてどちらが強いのか。


 そんな事を内心考えていると、ふと視線を感じた。


 ゼノンではない。空からだ。

 見上げると、一匹の比較的大きな蝙蝠が滑空していた。


 やがてその蝙蝠はゼノンの近くに降り立つと、年若い男の声音で喋りだした。


『……元人間、幹部会議が始まる』


 ゼノンは口元を腕で拭いながら、


「……ちっ、人間共に動きがあったか」


『……そうだ。お前抜きで会議を始めようとしたが、寛大なエルハイド様が仲間外れにしては可哀想だと仰るのでな』


「……」


 憎々しげに蝙蝠を睨んだ後、ゼノンはアシルに視線を向ける。


「……お前はこの辺で好きにアンデッドを狩って存在力を吸収してろ」


「……分カッタ」


 返答しながら、アシルは内心首を捻る。


(……そういえばエルハイドという名前……それは百年前にエルシュタイン王国で活躍した数代前の勇者の名前だったはず)


 英雄に憧れ、幼き頃から大人になるまで英雄譚を集め続けてきた英雄オタクのアシルにはその名に聞き覚えがあった。

 しかし目の前の蝙蝠は様付けで呼んだため、相当【屍の魔王】の軍勢の中でも幹部のはず。


 もしかしたら屍霊四将である首なし黒騎士(デュラハン)の名前なのかもしれない。


 百年前の勇者と魔王軍の大幹部。

 まさかなとアシルは芽生えた可能性を思考の隅においやった。


(……しかしもし城に行けるなら……サフィア姫の様子を伺いたいものだ)


 勿論、こんな変わり果てた姿で人間の頃の名前を名乗るつもりはない。

 ただ一目見たかった。


 とは言え、レベル上げも重要なのでアシルは我慢する。口答えして今反感を買うのは得策ではない。


『……そのアンデッド、包帯死人(マミー・コープス)か』


「……さっき進化した」


『なるほど、強さに貪欲だな。だがいくら貴様が強くなろうが、元人間が重用される事などないと知れ』


「黙れよ、下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイア。魔王軍は実力主義だと聞いてる。ウカウカしているとお前の居場所はなくなっちまうぞ?」


『……』


 険悪なやり取りを続けた後、一匹は空に舞い上がる。


 ゼノンはその巨大な蝙蝠の姿を憎々しげに見送り、立ち上がった。

 そして王城に向けて歩き出した。

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