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第5話



 アシルはメインストリートから外れて、街の西側を目指して歩いていた。


 途中、目についた骨人(スケルトン)を適度に刻んできた事で己の成長を実感する。

 骨人なら多対一でも余裕を持って対処できるようになった。


 加えて進化がもたらした事は戦闘力向上だけではない。


「オデノナバエハ……アジズ」


 屍人(ゾンビ)になったことで、曲がりなりにも声を出せるようになった。

 現時点では声というより聞くに堪えない濁った音でしかないが。


 アシルは孤独を紛らわせるためにも独り言を呟き続けながら歩を進めた。


 瓦礫や倒壊した家々の間を縫うように通って、そして新たな狩場へ到着した。


 そこには石を削って造られた簡易的な墓がずらりと並んでいた。

 王都の西区画に広がっている共同墓地である。


 周りは鉄柵で囲われているが、入り口は破壊されており侵入に難はない。


 区画が違うと、生息するアンデッドの種類も違うのだろうか。

 空には青い炎の玉、ウィル・オ・ウィスプが、墓場内では所々骨が剥き出しの狼がうろついていた。


 ウィル・オ・ウィスプは空を飛んでいるため、そもそも攻撃が当たらない。

 問題は狼たちのほうだ。


 ステータスを見ると、種族は屍狼(ウルフ・ゾンビ)というらしい。そのまんまである。


 敏捷は一段階上のFだが、それ以外の能力値はアシルと似たようなものだった。

 種族レベルは彼らのほうが上だが、職能(クラス)と武器がある分、アシルには自信があった。


 とは言え、相手は一匹ではない。

 狼だけあって群れている。


 単体なら何とかなるが、二匹以上となると不安だ。入口付近には五匹ほどいる。流石に五匹まとめては無理だ。


 隙があれば職技能(クラス・スキル)で何匹かまとめて仕留められる。だが、不用意に近づいたら敵意を感知して迎撃されるはずだ。


 どうしたものかと考えていると、墓石の下の地面から屍人(ゾンビ)が這い出てきた。


 呻き声を上げながらその屍人(ゾンビ)が徘徊を始めようかというときに、餌を見つけたと言わんばかりに屍狼(ウルフ・ゾンビ)達が一斉に飛び掛かっていく。


 一匹が腕を食いちぎり、足、体、頭と続く。


 腐肉を食らい、血を啜りながら遠吠えを上げる狼の姿にゾッとしつつ、アシルは気付いた。


 墓場の中には人骨が点々と散らばっている。食された屍人の亡骸だろうか。


 見る限り、共同墓地の中で動いている屍人(ゾンビ)はいない。

 生まれた傍からあの狼たちが食っているのではないだろうか。


 現に今、光の粒子が狼たちの身体に吸い込まれていく。


(存在力を吸収している。もしかして別に他のアンデッドを殺してもいいのか?)


 だとしたら今までやってきたことが正当化されるわけだが。


 前例を見た事で、元々あまりなかった狩りへの躊躇がアシルの中でなくなっていく。


(……あいつ等、相当経験値を溜め込んでるはずだ。狩ることができればレベルが大きく上がるに違いない)


 アシルは犬派だったが、アンデッドの時点で斬る事に躊躇いはない。


 アシルは慎重に待った。

 一度屍人が生まれているのだ。


 待っていればもう一度屍人が地面から這い出てくるはず。

 そう考えてただ待った。


 体感的には数分ほどだろうか。


 ようやく地面から悪臭と共に骨が剥き出しの異形の手が突き出た。


 先ほどと同じように、それに反応した狼たちの姿を見て、アシルは駆け出した。

 まだ気付かれていない。


 誕生した屍人(ゾンビ)は向かってくる多くの屍狼(ウルフ・ゾンビ)に呑まれ、倒れこむ。


 そのままガツガツと腐肉に塗れた身体を食い漁る狼たちははっきり言って隙だらけだった。


(<闘気斬>)


 赤い光を纏った斬撃が狼たちを強襲した。

 一太刀で三匹屠ることができた。直前で気付かれ、難を逃れたのは二匹。


 本当なら五匹全て両断できれば良かったが、そう上手く事は運ばない。


 狼三匹分の存在力を手に入れたことでレベルは上がったが、敏捷の差を覆すほどには至らない。


「「グルルルッ」」


 喉を鳴らしながら警戒を強めた二匹がアシルを中心として円を描くように回りながら包囲網を築いた。


 アシルは強引に抜け出そうと試みるが、瞬時に足首を一匹に食いちぎられる。

 そのまま倒れこんだアシルに、もう一匹が鋭い爪を振り上げ襲ってくる。


 アシルは足首に食らいついたままの屍狼(ウルフ・ゾンビ)を反対の足で蹴り飛ばしてから、寝返りを打つように地面を転がる。


 顔があった場所に突き立てられた爪に戦慄しつつも、長剣で狼の胴体を刺し貫こうとするが、


(……切れ味の問題かッ、職技能(クラス・スキル)と通常攻撃にここまで差があるとは)


 その刃は狼の身体を貫くことはできず、刀身の半場で止まる。しかも中々引き抜けない。当然、屍狼(ウルフ・ゾンビ)はまだ動けるようだ。


 だが、それはアシルも同じ。


 痛覚を感じず、リミッターも外れている屍人(ゾンビ)としての本領はこれからだ。

 大きく口を開け、鋭い牙を見せる二匹の狼。


 地面に横たわったままのアシルを食い殺そうというのだろう。

 アシルは彼らを前にして、自分からそれぞれの口腔内に両腕を差し入れた。

 

 閉じられた牙がアシルの腕を飲み込む。鎖帷子を着ていたことが幸いした。

 食いちぎられる前に、アシルは逆に狼たちの舌を掴んで引き抜いた。


「グガッ」


 ごぽりと口から盛大に血を吐き出した二匹を前に、アシルはゆらりと立ち上がり、長剣が突き刺さったままの狼を足で抑え、体重をかけて強引に引き抜く。


 それからもう一度、赤い光を刀身に纏わせた。


(<闘気斬>)


 今度は抵抗なく刃は進み、狼たちの頭が地面に落ちる。


 血しぶきを上げ、倒れ伏した様を見送り、光の粒子を得たアシルの身体が喜びの声を上げた。

 死闘を終えて胸を撫でおろしていると、背後から場違いな拍手が聞こえた。


「――まさか屍人(ゾンビ)風情が勝つとはな」


 全く気配を感じ取れなかった。

 

 あまりに流暢に喋る声の主に、人間の姿を幻視した。


 思わず振り返る。

 ひと際大きな墓石の上に化け物が座っていた。


 不自然に手が長く、爪が剣のように伸びた不格好な姿だった。


 土気色の肌に、身長は成人男性と同程度。そして金色の婆娑羅髪を背中まで伸ばしている。


 口元は異様に裂けているが、その姿は不思議と人間の面影を感じさせる。

 何より、その姿はどこか見覚えがあった。


 長剣を持つ手が震える。


「俺の可愛いペットたちを倒しちまうとは思わなかった……屍人(ゾンビ)にしては知能が高いな」


 明確な嘲りの色を感じさせる相貌に、はっきりと既視感を感じてしまう。


 アシルは浮かんだ疑念を確実にするため、解析(アナライズ)を発動して相手のステータスを覗き見た。




名前 ゼノン・レイフォース

種族:屍鬼(グール)

Lv34

体力:C

攻撃:C

守備:D

敏捷:D

魔力:B

魔攻:C

魔防:D

固有技能オリジン・スキル

・喰吸収

・白炎魔法

魔物技能モンスター・スキル

・尖爪



 


 視界が真っ赤に染まるような、そんな感覚だった。


 踏み出た身体を、今すぐ殺せと囁く本能を。

 理性で何とか縫い留める。


 今戦っても無駄死にするだけ。あの時の二の舞になるだけ。そう必死に自分に言い聞かせる。


 まさかこんなに早く会えるとは。魔物になっていようとは。


 しかしその強さは狼たちとは訳が違う。

 恐らくもう一段階、いや二段階進化しなければ辿り着けない境地だ。


「……ッ」


 アシルは踏み出した足を戻した。


 今、歯向かえば命はない。機嫌を損なえば終わりだ。


(彼に取り入って、隙を伺うんだッ)


 アシルの固有技能(オリジン・スキル)解析(アナライズ)は生前幾度もピンチを救ってきた。


 この力があるから勝敗を予測し、ギリギリ勝てる強敵にひたすら挑んで存在力を高められた。

 生前はレベル30が限界値だったが、若くして副兵士長になれたのはこの力のおかげだった。


 だから、勝てない敵と出会った時は、即座に応援を呼んだ。勝てない敵とは戦わなかった。


 無謀な戦いを避けてきた。だから生き残れた。


 今、仲間たちはいない。

 いずれ自分の力だけで勝つために、今は耐え忍ぶときだ。


「……殊勝な態度だな。自我があるのか? 屍人(ゾンビ)特異個体(ユニーク・モンスター)とは珍しいが、まあつい一か月前にスケルトンの特異個体(ユニーク・モンスター)も出たばかりだ。例外は何事もあるか」


 目の前の屍鬼(グール)――ゼノンは目を細めて長い腕を広げた。


「良いな、お前。最後に使ったのは闘気だろ。お前の固有技能(オリジン・スキル)は闘気を操る能力だったわけか」


 ここで会った事には冷や汗が流れたが、ゼノンは都合の良い勘違いをしている。


 本来魔物は職能(クラス)を持たない。

 だからアシルも例外ではないと考えている。固有技能を闘気を操る力だと断定している。

 

 ゼノンも職能(クラス)を失っている事から尚更そう思うのだろう。


「だがお前は強さが足りない。もっともっと強くなれ。そうすればエルハイド様に紹介して、幹部にしてやれる」


 アシルを睥睨しながら、何の思惑があるのかゼノンは続ける。


「……ガ、ガンブ?」


「そうだ。俺も魔王軍大幹部であられるエルハイド様の配下の一人だ。より優秀な特異個体は魔王軍では幹部になる権利を持つ。そうすりゃ王城暮らしだ。だが、一定の強さを得なければ話にもならねえ」


「……ワ、ワガッダ。ヅヨクナル」


 彼の申し出が本当なら、目的には合致する。幹部になる事で城に自由に出入りできるなら、サフィア姫を助け出せる機会を伺える。

 

 狡猾さを身に着けることが大切だ。今歯向かっても殺されるだけなのだから。


 (……恐らくアンデッドになっていなければ、この激情は抑えられなかったかもな)


 アシルの返事を聞き、ゼノンは満足げに微笑んだ。


 その笑みに神経が逆撫でされるが、しばらくは付き合っていくほかない。


「よし。そうと決まれば早速存在力を高められる相手を見繕ってやろう。今は人族(ヒューム)の国と戦争してる最中だ。特異個体(ユニーク・モンスター)は強くなるからな。戦力確保は《《魔王軍幹部》》たる俺の務めでもある」


 そう言って墓石から降りて、すたすたと先を歩く屍鬼(グール)の背を見据える。


 彼はアシルを少しでも強くしたいらしい。魔物になった癖に随分と面倒見が良い。

 何となく裏があるような気がしてならない。


(まあいい。どんな思惑があってもゼノンは殺す。人族の加護である職能(クラス)レベルと魔物としての種族レベルの両方を併せ持つ俺なら必ず勝てるはずだ)


 己の中にある猜疑心を隠しながら、慎重にアシルは彼の後を追った。


 



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