第32話
闘気を纏ったその剣の威力に、アシル自身も驚いた。
王城の一室は半壊状態となっていた。
天井が吹き飛び、壁にはいくつもの大きな罅が入り、場所によっては風穴が空いている。
目の前にいた為、諸に直撃した合成骸屍鬼に至っては上半身が跡形も無く消滅していた。
一泊遅れて思い出したように下半身から血が噴き出し、床に血だまりを作っていく。
合成骸屍鬼の背後にいたアシュトンはヘレナの首を絞めていた右手だけが床に落ちており、身体が見当たらない。
(……同じように消し飛んだのか?)
疑念を感じながらも、倒れこんでいるヘレナの傍にアシルは駆け寄る。涙の跡が頬に残っていた。
瞼は固く閉じられているが、ふくよかな胸が上下している事に安堵する。
「大丈夫か?」
何度か肩を揺すると、ヘレナの人形のように長いまつ毛がぴくりと震えた。
「……ッ」
彼女は薄っすら目を開くと、目の前にあるアシルの姿に一瞬驚いた様子だった。
慌てて身を引こうとして、何かに気付いたように動きを止める。
それから周りの様子を首を振って確認し、
「……助けてくれたんですの」
アシルは彼女の頬に残った涙の跡を見つめながら、
「助けてと、そう聞こえたから」
「……なんで……貴方は……」
ヘレナがアシルの腕にそっと触れた。
しかし、彼はやんわりとヘレナから身体を離して、
「……こうなったらノルと合流して、今すぐ事を起こすしかないな」
その屍鬼の態度から拒絶を感じ、ヘレナは切なげに唇を噛む。
「何をするんですの……?」
「それは――」
アシルは勘に従ってヘレナを抱き上げ、横に飛んだ。
直後、二人がいた場所、その床から氷の剣山が勢いよく伸びた。
もし一瞬でも遅れたら串刺しになっていただろう。
氷結魔法。
使えるのはアシュトンしかいない。
「――合流などさせんわ」
振り返って見た先にいる人物にアシルは静かに吸命剣の切っ先を向けた。
影の中から不死人の姿が浮き上がってくる。
右腕を失いながらも、それ以外ダメージを受けた様子がない。
恐らく反射的に影の中に飛び込んで、飛ぶ斬撃を回避したのだろう。
「既にあの幼子の元にはエルハイド様自らが向かった」
「何だと……?」
直後、城の別棟の一角から爆発が起こり、瓦礫が崩れ落ちていく様をアシルは轟音と共に見届ける。
ノルのペットの骸地竜、シャーロットが別棟に突進を加え、口からブレス攻撃をしていた。
あそこはノルとアシルが共同で使っていた部屋がある場所だ。
「始まったようじゃの。元々、アレの役目は大量のアンデッドの生成のみ。事が終われば、どうなろうと構わなかった」
「……俺はともかく、ノルは魔王軍に欠かせない屍霊四将だろう」
「そうでもない。そもそも他に幹部などいらんのじゃ。儂とエルハイド様さえいれば、人族には打ち勝てる」
その傲慢な物言いをアシルは否定できなかった。
中位アンデッドの死体を合成させて、聖騎士以上のアンデッドを生み出せる目の前の不死人はとんでもなく危険な存在だ。
この場で殺しておいたほうがいいだろう。
「――おっと、その魔剣の威力を知った今、ここでやり合うつもりはない。お主も足手まといがいてはやりにくかろう?」
アシュトンの目線の先にはヘレナがいる。
「屍鬼人よ、最上階に来るのじゃ」
「……何?」
アシュトンは首から下げたネックレスをちぎり取り、緋色の宝石を自らの胸元に突っ込んだ。
皮が抉れ、干からびたその身体から真っ赤な血が垂れる。
突然の自傷行為に呆気にとられ、アシルは硬直する。
「……何をしているんだ?」
「良いものを見せてやろう。エルシュタインの姫君は本当に愚かだった。あの小娘は国が選んだ勇者ではなく、自分で勇者を選んだ。それも聖騎士ですらない、矮小な存在を勇者に選んだ」
言っている意味が分からない。
だが嫌な予感ばかりが膨れ上がる。
アシルは再び斬りかかるが、一度外したせいで警戒され、影から影へと転移して躱されてしまう。
「姫に選ばれた若者は……儂等魔王軍が王都を攻めた際に何もできずに殺された。裏切り者のゼノンの手によっての。アンデッドの一体も倒せずに、姫が選んだ勇者は姫を守れずに死んだ。無力で無能だった」
「ッ」
アシルは舌打ちを放ちながらヘレナの元に戻った。
影の中から尖った氷柱が幾本も飛んでくる。
氷の弾幕。
彼女を狙ったそれをアシルは身を挺して庇う。肩と右の太ももに刺さりながら、それ以外は斬り払う事に成功した。
「無事だな」
「……あ、貴方……血が……」
彼女の様子を確認しつつ、アシュトンを睨む。
「おかげで勇者の証は……聖剣を扱うための鍵は儂の手に渡る事となった」
「……鍵だと?」
「待っておるぞ、副兵士長。己の無力さを再び身を持って教えてやろう」
「……ッ」
アシルは目を見開いた。
自身の素性を完全に見抜かれていた。
含み笑いを浮かべた不死人はそのまま影の中にその身を沈ませる。
(……クソッ、聖剣の鍵だと?)
考えている場合ではないが、脳裏をよぎるものは止められない。
だが、頭を振って切り替える。
いずれにせよサフィア姫が囚われている最上階には行かなければならない。
そこが決戦の地となるのは一石二鳥というものだ。




