第19話
『私の決定に逆らうというのか?』
瞬く間に黒い靄で覆われていく玉座の間。
苛立ったようにエルハイドは肘掛に重そうな拳を振り下ろした。
ノルは僅かに目を見開いたが、怯まずに続ける。
「……ノルが先にマミーさん、見つけた。マミーさんはノルのもの」
『私がエルシュタイン王国との戦争で全権を握っているのだ。決定権は私にある。王都にいるアンデッド全ては私の配下だ』
「マミーさんは友達。配下じゃない。エルハイドはケチ。いっぱい配下いるんだからマミーさんくらい譲って欲しい」
ノルが唇を尖らせる。
『何故それにこだわる? 確かに屍鬼人は珍しい個体だ。だが、私の機嫌を損ねてまで欲しい存在なのか?』
「……欲しい」
『配下なら自分で生み出せば良いだろう』
「それは配下じゃなくて、人形」
『……子供の我儘に付き合っている時間はない。一刻も早くカルランを落とさなければならない事が分からないか?』
「それは別の幹部で充分」
『……面倒な』
直接殺気を向けられていないアシルでさえ背筋が冷たくなる程に気圧されているというのに、目の前の幼女は相変わらず眠そうな瞳でいつも通り淡々と喋っている。
幼女は幼女でも流石は魔王軍最高幹部といったところか。
アシルとしては勿論サフィア姫救出のために城に留まりたかった。
だからノルの後押しをしたかったが、とても口を挟めるような雰囲気ではない。
不意にエルハイドが重々しく立ち上がった。その重厚な存在感に嫌でも視線が引き寄せられる。
対するノルも杖を構える。
立場は同じ、魔王軍最高幹部同士。本来なら共倒れになって喜ぶべき事だ。
(……もし戦闘になれば……俺はノルを見捨てられるのか?)
そんな事は無理だ。
誰かを見捨てて、目的を優先するような冷徹な生き方はできない。
しかしここでノルに加勢して共に戦っても死ぬ可能性の方が高い。
折角幹部になったというのに、サフィア姫救出の機会を丸々捨てる事になる。
アシルが葛藤する中、ノルは淡々とエルハイドに尋ねる。
「……ノルと戦うつもり?」
『……』
「ノルの事は殺せても。軍隊の大半を壊滅させる。それでも?」
アシルは驚愕した。
(この幼女、逆に最高幹部を脅迫している⁉︎)
命すら勘定に入れている。
思わずアシルは制止するためにノルの手を握る。
自分のために喧嘩するなと。
冗談じゃなくて本気でそう思った。
自分にはそこまでする価値はない。そう伝えようとした瞬間。
エルハイドの背後。
玉座の裏から突如として漆黒のローブを羽織ったミイラの魔法使いがぬるりと現れた。
「……我が主よ。どうかお気を沈めてくださりませんか?」
(え……?)
アシルはその姿に驚愕した。
『……入室の許可は出していないぞ、アシュトン』
「申し訳ありません。ですが、全ては魔王様のためはせ参じました。アンデッドの量産は儂だけでは不可能。ネクロエンド卿がいなければこれ以上の戦力増加は見込めますまい」
アシュトン。
そう呼ばれた禍々しい不死人の姿からアシルは目が離せない。
正しくは、その首にかけられたペンダントに。
緋色の宝石があしらわれたペンダント。
それは生前、幼き日にサフィア姫から貰ったアシルの物だ。見間違えるはずがない。
(……俺の死体から……こいつ)
堂々と玉座の間に侵入してきた時点で、目の前の不死人は相当エルハイドに近しい幹部だと思われる。
腑に落ちないのは何故あの宝石を身に着けているのか。宝石など、城中漁れば腐るほどあるはずだ。
(……あの宝石に秘密でもあったのか?)
サフィア姫からはただの宝石だと聞いていた。
高価なものではあったのかもしれないが、魔王軍の幹部がわざわざ欲しがるとは思えない。
「儂としてもあの者は非常に興味深い存在なのです。できれば城に置いて、是非とも親交を深めたいと思った次第」
不可解な援護に、アシルは益々アシュトンに向ける目線が鋭くなる。
『……では誰を送る? ザガンは偵察、デイドラは別の街の管理。残るはお前だが、やる事があるだろう?』
「幹部ではなくとも、匹敵する者がおります」
『……ほう』
「実際に見て判断なさったほうがよろしいでしょう。骨人の特異個体が進化を重ねた姿を」
アシュトンの足元に伸びた影が不自然に広がり始める。
「闇魔法<影の箱>」
床に広がった影から大柄な黒い骨人が浮き上がってくる。
闇骸人かと思ったが、もう一対腕が生えており計四本ある。
「……素体となった死体は《《王国師兵団所属の若い兵士》》でした。主力がいなかった王国軍の中では一、二を争う強さだったらしく、儂が蘇らせたアンデッドの中でも中々の逸材と言えるでしょう」
それを聞いて、アシルは反射的に<解析>を発動させた。
名前 ロイ
種族:闇骸戦士
Lv42
体力:B
攻撃:B
守備:C
敏捷:D
魔力:E
魔攻:E
魔防:E
<固有技能>
・金属化
<魔物技能>
・下位死霊支配
・暗黒闘気
(嘘だろ……)
ロイという名前はエルシュタイン王国では別に珍しくない。
だが、固有技能を見て確信できた。
アシルと同じように異形の姿に変わっているが、間違いなく師兵団の仲間で親友だったロイだ。
「エルハイド様、アシュトン様、俺ニ任セテクレ。必ズ結果ヲ出シテ見セル」
骸戦士となったロイが四本の腕で曲げて平伏する。
アシルと同様、自我はあるようだ。
ただ職能はない。
嫌な予感が脳裏を過る。
『……固有技能はなんだ?』
「身体を金属に変化させる能力ですな。単純な格闘戦ではゼノンめを超えているかと」
『……分かった。良いだろう』
「オオッ、デハ、デハ成功シタ暁ニハ俺ヲ幹部ニ! ドウカ、ドウカ‼︎」
『まずは成し遂げてみせろ』
「ハハァ、必ズヤッ」
深々と頭を下げるロイの姿からは演技の気配は見られない。
(……人族の心を失っているのか……)
エルハイドは再び玉座に座り、段々と黒の瘴気が薄まっていく。
ノルも杖を下ろし、僅かにほっと息を吐いた。
「これで解決」
その様子を見届けたアシュトンは満足げに頷きながら、アシルを見て意味深な笑みを浮かべた。
(……何だ……?)
一瞬の事だったので、どんな意図があったのかは分からない。
「ご理解いただけたようで嬉しく思います、我が主よ」
『……大幹部同士で争うなど馬鹿馬鹿しいと思っただけだ。ノル、人間たちの死体は王都だけではない。王都が終わり次第、周辺の村や街からもデイドラの部下たちが次々と運んでくるだろう。それら全てをアンデッドへ変えろ』
「……ん。分かった」
『屍鬼人よ。お前はノルに付き従うがいい』
「……かしこまりました」
城塞都市カルラン攻略から一転。
紆余曲折はあったものの、アシルは何とか王城内にとどまることに成功した。




