第17話
新たな血だまりが城に広がっていく。
床に崩れ落ちたゼノンは血を吐いて咳き込みながらも、まだ息はあるようだった。
這いずりながら何とか逃げようとしている。
彼には個人的に聞きたい事があった。
しかし限界を超越したアシルの身体もボロボロである。
歩くのもおぼつかない中、意図を汲んだノルが彼を支える。
「……マミーさん。よく頑張った。かっこよかった」
アシルはノルに不格好に微笑みながら、
「……デキレバ、ノルノ力ヲ借リタクナカッタ」
「……気付いてた?」
伏し目がちにしゅんとしながら俯くノル。
「……アア。コレダケノ傷デ動ケレバナ」
魔坊の値が明らかに低いアシルがここまで耐えられたのは気合いだけでは説明がつかない。
身体能力強化ではなく、また別の技能を使って自分をサポートしてくれたのだろうとアシルは結論づけた。
「……ゼノン」
「ぐっ、ク、クソが……俺がこんな奴に……こんな雑魚に……」
「……」
「……い、嫌だ、俺は……フレンに……並び、立つまで……死ねないッ」
「……オ前ガ王国ヲ裏切ッタ理由ハ勇者カ」
勇者フレンは天に愛された存在だった。対してゼノンは四侯聖家の一角であるレイフォース家の嫡男にしては確かに弟と比較すると物足りないかもしれない。
本来は聖騎士になるだけでエリートであり、英雄の入り口となる。
ただその一般的な考えが霞むくらい、勇者が凄すぎた。
色々と屈折した思いを抱えていたのだろう。
生前、凡人だったアシルも他者と自分を比べて嫉妬した事は幾度もある。
才能の無さを嘆いた事は数え知れない。
しかし、その兄弟間の問題でいったいどれほどの人間が犠牲になったのか。
兄がこれほど拗らせていると弟は気付かなかったのだろうか。
いや、眼中にもなかったからこそこうなってしまったのか。
ふとアシルの脳裏に自らが殺害された瞬間がよぎる。
「……ゼノン。一ツ聞カセテクレ」
アシルは息絶え絶えなゼノンの耳元に口を寄せる。
「……王都陥落ノ日。オ前ガ殺シタ姫様ノ護衛ニツイテイタ兵士ヲ覚エテイルカ?」
「……何を言って……やがる……?」
「覚エテイルカ?」
徐々に、ゼノンの瞳が見開かれていく。
「ま、まさか……そう、なのか。アンデッドに……なってる、のに……お前ッ……!」
そんな事はどうでもいいのだ。
「……兵士ノ名前ヲ覚エテイルカ。アノ時、姫様ガシキリニ叫ンデイタ名前ヲ」
「……い、いや、待て、待ってくれ、今……今思い出すからッ」
「……イヤ、充分ダ」
アシルはそっと手に持っていたゼノンの爪の破片を彼の首に無造作に刺した。
ゆっくりと、ゼノンの瞳に浮かぶ光が消えていく。
結局、彼も弟以外は眼中になかったのだ。
自分が殺した者達のことなど何一つとして覚えていない。
目を見開きながら、呆然とした表情で死んだ屍鬼の身体から大量の存在力がアシルの元に流れ込んでくる。
「……マミーさん、進化する?」
「……アア。ソウミタイダ」
自分より格上の魔物を倒し、その大部分の存在力を吸収したのだ。
進化解放条件であるレベル30を達成した。
光の粒子が全身を包み込む。その量は今までとは一線を画す量だ。城のエントランス中に光が満ちる。
「……おおー」
ぱちぱちぱちと拍手してくれるノルの眼差しはキラキラと興味の色で輝いていた。
身体の輪郭は僅かに変わる。散々ボロボロだった肉体も急速に復元されていく。
光が収まり、アシルは自らの身体を見つめた。
頭に手を置くと驚いた。
まず髪がある。生前と同じ深紅の髪。
それに肉もちゃんとついている。ただし肌の色は土気色だ。
屍鬼を思い出すが、ゼノンほど不自然に手も長くない。
姿形自体が人族に似ている。姿見がないので容姿がどうなっているかは分からないか、生前の自分に近付いた気がする。
「……屍鬼の変異種……凄い珍しい存在」
ノルが間近で来てアシルの手を取りペタペタと触る。
アシルは芽生えた疑問を解消するために口を開く。
「屍鬼の、変異種? 変異種っていうのは?」
言葉も流暢に喋れる事に有難みを感じる。
「魔物は通常種と変異種がいて、特別な進化条件を達した魔物だけが変異種になる。通常種とは比べ物にならない強い個体」
「……なるほど」
アシルは現時点での自らのステータスを確認するべく固有技能を発動した。
「<解析>」
名前 アシル
種族:屍鬼人
Lv1(0/10000)
職能:剣士
Lv26(50/24900)
体力:C
攻撃:B
守備:C
敏捷:C
魔力:D
魔攻:C
魔防:D
<固有技能>
・解析
<魔物技能
・生気吸収
・血炎化
<職技能>
・闘気斬
・闘風刃
進化解放条件:レベル50
上位職能解放条件:レベル40
外見だけではない。ステータスも大きく変化している。
今ならゼノンにも楽に勝てるだろう。
生前の自分を優に超えている。
新しく魔物技能も獲得し、職能レベルも大きく上がった。
魔王軍幹部だったゼノンを倒せたという事は、他の幹部も倒せるのではないだろうか。
そんな事を考えた時、上階から青白い肌をした貴族服を着た青年が降りてきた。
恐らく下位吸血鬼だろう。
彼は何故か称えるように拍手しながら降りて来た。
「――素晴らしい戦いだった。恨むなよ、元人間。《《地位に相応しくない者は排除するに限る》》。私は嘘はついていないぞ」
ゆっくりと階下に降りて来たその下位吸血鬼の青年は笑みを浮かべて恭しく礼をした。
「用済みのくせに、身の丈に合わない地位を望むバカの始末を押し付けた事は謝ります。ですが、常にその座を狙っている者がいるという事は忘れてはならない事実です」
「……下位吸血鬼。確かヴラドのところの……」
ノルは思い出しながら不満げに顔を背ける。
下位吸血鬼は肩をすくめた後、ゼノンの死体を冷たい目で一瞥してから蹴り飛ばした。
「……しかし屍霊四将に敗れるならまだしも、まさか自分の餌にするつもりで生かしていたアンデッドに負けるとは無様な最期だ」
王国を裏切り、全てを捨てて魔王に忠誠を誓ったというのに、魔王軍の面々からも疎まれていたと思うと救えない。
とは言え、同情はしない。
それから下位吸血鬼はノルの傍に立つアシルをちらりと見つめ、
「――さて、曲がりなりにも幹部を倒したのは貴様だ。光栄に思うがいい、緋色の髪の屍鬼。今日から貴様が【屍の魔王軍】の新たな幹部だ」
そう告げられた言葉の意味を理解するまで、アシルはしばらく時間がかかった。




