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第8話 Lock, Stock and Two Smoking Barrels

「来月には処理場が完全移転するのよ」


 すれ違う主婦たちがそんな世間話をしている。通行人はそれほど多くないが、道が狭く、商店街は賑わっているように見えた。

 花屋、酒屋、肉屋、薬屋……と色とりどりの看板が所狭しと両脇に並ぶ。


「へいらっしゃい! 新鮮な異世界魚はいらんかね!? 転生してきたばっかりだよ!」

「呑むだけで最高にハイって奴に成れる酒だよォ。イヒヒヒヒ!」

「ちょっとそこのお兄さん、寄ってきなよ。安くしとくよ!」


 威勢の良い声が午尾の後ろ髪を引く。日は西に傾き始めていた。橙に照らされた人工松が、道行く人の頭上でキラキラと光の粉に塗れている。華やかな店先に目を細めながら、午尾はラーメン屋の脇、電柱の影に隠れていた狭い路地に、誰にも見られないように注意しながら静かに体を捩じ込んだ。


 途端に声が少し遠のいた。店の高い壁と壁の間にある此処には、どんな光も届かない。表通りと裏路地では、心なしか体感温度も違うような気がする。店と店の隙間、猫一匹分くらいの小径(こみち)を、蟹歩きしながら這い進むと、

「何処に向かうのじゃ?」

 いつの間にか指環から出てきたドラコが、午尾の肩に乗り、興味深そうにキョロキョロと辺りを見回した。ドラコには人の目がある時には表に出るなと言ってある。元々電子の海に棲んでいるような存在なので、餌代がかからなくて良い。もっとも、じゃあドラゴンは普段何を食べるのかと聞かれても、ちょっと返答に困るが。


「近くに贔屓の羅宇屋があってな」

「らうや??」


 ドラコがきょとんと小首を傾げた。さらに小径を進むと、突き当たりにプレハブで出来た壁が見えた。午尾はもう一度来た道を振り返り、誰もいないことを確認すると、茶色く錆びた壁を爪先で上に持ち上げた。すると、車庫のシャッターみたいに、壁がガラガラとスライドし始める。


 壁の向こうからさらに仄暗い、ひんやりとした黒の空間が現れた。よく見ると秘密の階段があり、それを知っているのは、この天空都市に住む者でもごく僅かであった。


『非常口』。知る人ぞ知るこの穴場を、利用者はそう呼んでいた。午尾は灯りも持たず、手探りで濡れた石の階段を降りて行った。後ろで自動的にシャッターが閉まると、すぐに完全なる闇が訪れる。

「大丈夫かの? 転ぶなよ」

 ドラコが心配そうに耳元で囁いた。とはいえやはり、明かりを灯すことは憚られる。此処に住む……いや棲む者たちは、光の下に晒されるのを好まざる者たちなのだから……。


 ゴゥン……ゴゥン……。


 ……と、闇に目が慣れてきた頃、鈍い機械音が近づいてきた。その度に秘密の通路が古い洗濯機みたいにガタガタ揺れる。近くに地下工場があるのだった。ゴゥン、ゴゥンという音は、要らなくなった服や食べ残し……要はゴミというゴミを地上に投げ捨てている音だ。


 天空都市・ネオトーキョー。都民には幸せになる義務がある。街はいつも綺麗だった。不幸なもの、汚いもの、要らないものは、全て地上へと切り捨てられる。彼らの棄物(すてもの)が、地上の民から()()()()として有り難がれていることなど、きっと天空国民は誰も知らないだろう。何せ下には何もないから、どんなものでも降ってくると争奪戦になる。


 さらにしばらく歩くと、目の前に2メートルくらいはあろうという、重たい鉄の扉が現れた。『非常口』を開けると、毒々しい色のネオンや、表通りのような喧騒が再び午尾の耳に飛び込んで来る。地下工場の跡地。非合法な商品や違法な薬物を扱う裏商店街にも、同じように人が……人ならざる者も紛れているかもしれないが……溢れていた。


 ただし此処に掲げられているのは、決して誰かに胸を張れるような、煌びやかな看板ではない。ある意味花屋、表向きは酒屋、一体何の肉屋、ダメ、ゼッタイな薬屋……思わずえずいてしまいそうな臭いも表通りにはない。闇の商人たちと目を合わせないようにしながら、午尾は足早に目的地へと向かった。


 薄暗い、くねくねと曲がりくねった路地を進み、商店街の片隅に目的の羅宇屋があった。紫の藤の暖簾をくぐると、ちょうど午尾の腰の高さ辺りに畳が敷いてあって、その上に赤い座布団が、さらにその上に虎柄の猫が寝転んでいた。猫は目をトロンとさせたまま、首をひょいと午尾の方に鎌けた。


「いらっしゃい」

「猫が喋った!?」

「お前が言うな」


 肩の上で驚くドラコを嗜め、午尾は猫の隣にどかと座り込む。店の中にはほんのりと甘い白檀の香りが漂っていた。


「若旦那、今日はどうしたんだい?」

 虎猫が2本の尻尾をパタパタしながら微笑んだ。

「そろそろ専用のパイプ買う気になったのかい?」

「指環八個分だろ。高えよ。もっとまけてくれ」

「ちゃんとしたパイプの一つでももっとけば、旦那の《能力》も格段に上がると思うんだけどねえ」

 

 猫の女将が残念そうに管を巻いた。午尾は胸ポケットから奪ったばかりの血赤サンゴを取り出して、座布団の前にどかと置いた。

「ほう」

 途端に虎猫が目を丸くする。ナントカという(名前は忘れた)青眼金髪剣士から奪った指環は、豆電球の熱に照らされて妖しげな虹彩を放っていた。


「綺麗だねえ。中々の大粒だよ。上物じゃないか。コイツを何処で手に入れた?」

「ちょっとな……これで新しい煙草、頼めるか?」

「ふぅん……」

 猫は指環の方に気を取られているようで、返事もそぞろに、ヒクヒクと髭を動かしていた。ドラコがその様子を、イケナイ現場を見た家政婦みたいな目で眺めている。2匹の異世界生物に挟まれて、午尾は苦笑した。


「新商品にするのかい? それともこの宝石を既存の強化素材に?」

「新商品だ。新しい煙草……新しい《能力》が欲しい」

 午尾はそう注文した。

 今の煙草……〈敷島〉、〈胡蝶〉だけでは、やはり少し心許ない。宝石を合成して、龍のダイヤを強化すると言う手もあったが……現状このままではグーとパーだけでじゃんけん大会に出場しているようなものだった。


「ふぅん……しかし、どんな煙草をご所望なんだい? いくら上物とはいえ、加工には限度があるよ」

「そうだな……これからお姫様をお迎えするんだ」

「お姫様?」

 午尾がニヤリと嗤った。

「嗚呼。どうも地上は殺風景でいけねえ。此処らでぱぁっと、花でも咲かせられないかと思ってな」

「花ねえ……ふぅん……まぁその程度の《能力》なら、造作もないわね」

 女将の目がキラリと光った。それから虎猫は血赤サンゴを咥え、奥へと引っ込んでいった。


「どれくらいで出来る?」

「そうだねえ。半日もあれば」

「十分だ」

「銘柄は何にする? 〈暁〉? 〈光〉?」

「何でもいいよ。〈琥珀〉は余ってる?」

「嗚呼。じゃあそれで」


 襖の奥から早速にゃあにゃあと猫職人たちの声が聞こえてくる。午尾は壁掛け時計をチラリと見上げ、満足げに頷いた。それまでにはきっと、あっちの方も終わっている頃だろう。

 

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