第3話 未知との遭遇
決闘指環。
これもまた、異世界からこの地球に持ち込まれた未知の技術だ。転生者は、特殊な能力を持っているものの、地球の物理法則ではその力を100%発揮する事はできない。人類を月に持ってきても、そのままでは生きていけないのと同じだ。
そこでこの指環の出番である。宇宙ステーションのように……これがあれば半径数メートルから時に数キロに至る範囲で、酸素濃度、気温、気圧……など自由に設定出来る。
つまりどんな極限環境でも、自由に自分の世界を創れると言う訳だ。
魚にとっての水槽のようなものと言えば分かるだろうか?
正直言って能力よりも厄介なのがこの戦いの舞台設定、ルールの設定だった。
指環の枠組みの中だけで通用する決闘のルールは、トランプカードで言うご当地ルールだ。決闘指環の戦いにおいては、最強の能力が常に最強の強さを誇るとは限らない。全てはルール次第だった。とあるゲームでは最強のカードになるジョーカーも、また違うゲームでは単なるスカにしかならない。炎系の能力は酸素が無ければ燃焼できない。
重要なのは如何に戦いの舞台を整えるか。
決闘のルールをどう設定するかだった。
主人公たちは指環の原理を応用し、その力で自分に有利なルールを設定し、闘技場を作ってきた。これがいわゆる『ご都合主義』である。
たとえば将棋で、自分の王将だけが一度に何マスでも進めるようになったらどうなるか?
たとえば野球で、9回の自軍の攻撃だけ得点2倍になったらどうなるか?
たとえば、巷では良く『能力の数値化』などが行われているが……ここでもし決闘場のルールを①『この闘技場においては、数値の高い方が弱体化する』というルールにすればどうなるだろうか?
……恐らく史上最強の能力者とやらは、赤子の手を捻るように瞬殺されるだろう。このようにルール次第で力関係は、万物はいとも容易く流転する。
ルールが変われば世界が変わる。これが舞台設定の、ルール作りの強さである。
この決闘指環。
大変貴重なもので、残念ながら現在の人類の科学レベルでは再現不可能だった。異世界から持ち込まれたものの、数は限られており、現在指環を所持しているのは国家とか、大企業とか大富豪とか、一部の特権階級に限られていた。
手にした者は世界を支配すると云われる指環。午尾はその一つを狙い、大胆にも警察組織の中に侵入を図り、そしてとうとうこの日、手中に収めた。
『……ペアリング中です。しばらくそのままでお待ちください。その間、指環は決して指から外さないようにお願いします……』
採掘機で暗闇を掘り進む中、午尾はしげしげと戦利品を眺めた。
指環には小粒のダイヤモンドが付いていた。その表面のなぞると、ぽんっ、と音を立て、午尾の目の前に四角い小窓画面がホログラムで浮かび上がった。画面の中では『Nowloading……』の文字が浮かび、機械音声のアナウンスが彼にじっとしているよう促す。右端の『?』マークを押すと、
「なんだ?」
さらにドロドロと太鼓の音が鳴り響き、画面が白い煙に包まれる。まるで選手入場みたいな演出だ。午尾が目を丸くしていると、小窓の中から、細長い、小さな毛むくじゃらのアオダイショウみたいな生物が飛び出してきた。
「アオダイショウじゃない。蛇じゃない! ワシは龍じゃ!」
「なんだこいつ」
「あら。かわいー! ふわふわ!」
「気をつけろ、真昼。こいつ、毒があるかもしれない」
全長30cmくらいの、毛皮のコートを纏った小さな蛇みたいな奴が出てきて、真昼と呼ばれた少女が運転席から振り返った。2人を乗せた小型採掘機は、ネオ東京の地下深くを掘り進め、郊外へと向かっているところだった。
「さぁて。良くぞワシを封印から解いてくれたな。ワシは由緒正しきドラゴン族の、ドラコじゃ。指環の取り扱いは初めてか? うむ。色々と気になっていることじゃろう。遠慮するな。分からないことがあったらワシに何でも聞いてくれ。さぁ、何が知りたい?」
「お前を消す方法」
「待て、待て!」
もう一度『?』ボタンを押そうとする午尾の指に、ドラコと名乗った蛇のマスコットキャラが慌てて巻き付いた。
「ワシの話を聞いておいた方が良いぞ!? 紙の説明書はとっくの昔に廃止になッちまったからな。この先、チュートリアルもないぞ!」
「使い方を説明してくれるの?」
「うむ。良いか? 大事なことじゃからよぉく覚えておくんじゃぞ」
ドラコが碧色の眼を光らせ、2人を覗き込んで咳払いした。
「闘技場を開く時は、指環を嵌めた指で真っ直ぐ天を指し、大きな声で『ファイッ!!』と叫ぶのじゃ!」
「ファッ!?」
「……ダッセェ! 何だよそれ!?」
「『プレイボール!』でも良いぞ。『キックオフ!』でも。でも球技とは限らんからな……まぁ要は気合いじゃ。ともかく闘志を前に出せ。恥ずかしがってちゃダメじゃ。もう片方の手は腰に当て、両足を50cmほどに開き、胸を張って腹の底から大きな声で……」
「分かった分かった。『スタート!』でも『始め!』でも、何でもいいよ。勝手にしてくれ」
「一度試合が始まったら、勝敗が付くまで闘技場は閉じられないから気をつけるんじゃぞ。つまり、試合中は一度定めた律格を解除できない。《一度に設定できる律格は、一試合に付き3つまで》じゃ」
ドラコの言葉に、今度は午尾が眼を光らせる番だった。
「律格①、②、③。順番はこうじゃ。《③を発動させるためには、②を発動させなければならない》。②の場合は①の発動が必要じゃ」
「①→②→③の順番じゃないと、ルールが発動しないのね? いきなり③からは発動できない」
「そうじゃ。そして! 《律格を発動させるためには、審判の提示する課題をこなさなければならない》!」
「審判?」
「うむ。審判と云うのは、つまりワシじゃ」
ドラコが鼻息荒く胸を張った。どうやら指環の中に潜んでいた、このマスコットキャラが試合の審判役を務めるらしい。午尾は唸った。危ない。うっかり消去してしまうところだった。
「まず指環の持ち主が、審判役であるワシに『こんな律格どうですかね?』とお願いする。ワシはそれを受けて、持ち主にその律格の重さに見合った課題を出す!」
「課題って?」
「たとえばどんな?」
「うむ。課題は設定した律格の重さによって変わってくる。『このなぞなぞを解け』だったり、『焼きそばパンを買ってこい』だったり」
「パシリかよ」
「より複雑で、独りよがりな律格を課そうとすればするほど、課題も重くなるぞ。呵呵呵呵呵!」
「つまり、ルールを決めるにはそれなりのリスクがあるってことか」
身を捩って笑い始める小さな龍を見つめながら、午尾は口元に手をやった。これは案外、しっかり考えてルールを設定しないと、後々大変なことになりそうだ。あまりに重たいルールを創ろうとしたら、こちらが課題がこなせないかもしれないし、かといって設定が甘ければ相手にルールの脆弱性を突かれ、破られるかもしれない。
「何だか魔法のランプみたいね。一試合に付き3つだけ願いを叶えてくれる……」
「だが、願いを叶えるためにはそれなりの代償が要る。それに願い方次第で、こちらの有利にもなるし、逆にとんでもないしっぺ返しを食らう恐れもある」
「願いとは元来そういうものじゃ。云っとくが、律格が適用されるのはその闘技場の範囲内だけじゃからな。試合が終われば、律格は解除されるので悪しからず……」
午尾は改めてドラコの云った条件を反芻した。
一、《一度に設定できる律格は、一試合に付き3つまで》
一、《①→②→③の順番で発動させなければならない》
一、《律格を発動させるためには、審判の提示する課題をこなさなければならない》
「……他にも様々な限定条件があるぞい。たとえばお互い指環持ちで、同時に決闘を開始した場合……」
「ま、それは追々聞こう。最初に説明書を隅から隅まで読む人は滅多にいねぇよ」
不意に視界が拓けた。暗い地面の中から飛び出したコックピットの中に、星の光が差し込み、午尾は目を細めた。採掘機は都心を抜け出し、十年前に噴火した、ネオフジサンの麓まで辿り着いていた。秘密の拠点までもうすぐだった。
ペアリングが完了した決闘指環が、午尾の右の人差し指でキラリと光った。
「じゃあの。ワシはもう寝るでな。また何かあったら呼ぶんじゃぞ」
ドラコが欠伸をしながら、ダイヤモンドの中にひゅるひゅると吸い込まれていく。コックピットの中が急に静かになった。
「……それで? どうするの?」
真昼がハンドルを切りながら午尾に尋ねた。採掘機が甲高い汽笛を上げる。満天の星空にも引けを取らない、ダイヤモンドの輝きに魅せられながら、午尾は興奮気味に囁いた。
「……決まってる。戦うさ」
「日向……」
「この指環で……あいつらと」
午尾は拳を握りしめた。
「この汚ったねえ世界に押し付けられた、あいつらの不条理なルールを、俺が全部ブッ壊してやる!」