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第24話 ゾンビ

 ……気がつくと目の前に、真っ白な光景が広がっていた。


 白く、何処までも白く……まるで霧がかかったみたいに、雲の中にでもいるみたいに。

 前後左右、何処を見渡しても一面、白の世界。


 脛の辺りまで(もや)がさざなみのように漂っている。

 辺りはシンと静まり返っていた。あれから一体どうなったのか?

 良く覚えていないが、自分が死んだことは間違いない。自分だけではなく、全世界の人類も。


 終わった。

 成し遂げたんだ……不意にそんな思いが込み上げてきて、朝浦麻也は小躍りしたくなってきた。


 死んだ。

 全員が死んだ。ザマーミロ。俺を除け者にしてきた奴らにとうとう復讐できた。目にものを見せてやったぞ。クソ主人公どもめ。俺が脇役な世界なんざ、一遍滅んじまえば良いんだ。


 最高の結末だ。出来れば上空国民が泣き叫ぶ姿を、エリート勝ち組お利口さん天才一流逸材能力者その他主役面した人格者どもが絶望する顔を、もっと眺めていたかった。成功者が転落していくサマを眺めるのは、最ッ高の娯楽だぜぇえええ!


何が愛だ。

何が勇気だ。

何が清く正しく美しくだ。

くそったれ!


 何が幸福になることは義務だってんだ。この世で人の不幸ほど面白いものはないってのに。お高くとまったお偉いさんたちも、これでよぉおく分かっただろう? 何もかも思い通りになると思ってんなら大間違いだって事に。この世は善人だけの場所じゃねえ。世の中は善いことばかりで出来ちゃいないんだ。悪人に居場所がなくなったら……鼠が追い詰められたら、一体どういう行動に出るか。思い知ったか。今更後悔しても、もう遅い。


 終わりだ。これで何もかも、全部終わり。


 終幕(エンドロール)の余韻に浸りながら、朝浦は死後の世界で、涙を流して嗤い続けた。

 数十億の人間が一堂に殺し合う姿を最後まで眺めていたかった……が、どうやら自分は早々に退場してしまったようだ。果たして一体、最後に立っ(ラストマン・)ていた一人(スタンディング)は誰だったのか? 一体その人物は、最後に何を思ったのか? 非常に興味深かったが、それも結局不分仕舞(わからずじまい)で終わりそうだった。


 そんなものなのかもしれない。

 人生の最後なんて、映画じゃないんだから、結局何もかも中途半端に終わるものなのかも。


 それにしても……終わってからが長いな?


 朝浦はキョロキョロと辺りを見回した。相変わらず、四方八方、白い霧に包まれたままだ。建物も人の姿もない。此処は天国か、あるいは地獄だろうか? あるいは全然別の世界か。どこの誰が言い出したか知らないが、人は死んだら異世界に転生するらしい。意外と何も無いんだな……朝浦がそんな風に思っていると、目の前の薄霧の中に、うっすらと影が揺らめいた。


「おっ」


 現れたのは、白夜だった。相変わらず、能面のような表情をした女が、目の前で棒立ちになっていた。朝浦は死ぬ直前のことを思い出して、思わず噴き出した。


「何だよ……テメーもまた俺と同じ世界に転生したってのか?」

「…………」

「まぁ良い……コッチの世界でもボロ雑巾のようにコキ使ってやるから、せいぜい感謝しろよ」

「……妄想逞しくしてるところ悪いけど」

「ん?」


 白夜がギロリと目を光らせた。そのまま素早く銃を構え、彼女は朝浦の土手っ腹を撃ち抜いた。


「がっ!?」

「勝手に私を巻き込まないでくれる? 迷惑だから」

「な……!? 何……っ!?」


 ハンマーで殴られたような痛みが体を駆け抜けた。腰の力が抜ける。朝浦は目を見開いて、その場に崩れ落ちた。それから彼は、喉の奥から赤黒い血が溢れ落ちるのを、呆然とした表情で見つめた。

 どういうことだ!? 

 一体何が起きてるのか分からなかった。この状況は何なんだ? 何で俺は地べたに頬をつけている?

 この女は確かに……いやこの女だけじゃない。世界中の人間は、確かにさっき、全員死んだはず……!


「俺の〈胡蝶〉は」


 不意に後ろから人影が、倒れていた朝浦の顔を覆った。花と線香の入り混じった香りが、ツンと彼の鼻を刺激する。現れた人物は、肩を揺すって嗤った。


「『煙を吸い込んだものに幻覚を見せる』……それが俺の能力だ」

「午尾……日向……!?」

「オゥオゥ。テメェ、良くも俺の娘に、手荒な真似してくれたなァ、オイ!?」


 午尾日向が、煙を吐き出し、朝浦の横っ面を思いっきり踵で踏みつけた。朝浦は苦悶の表情を浮かべつつ、まだ理解が及ばないと言った様子で目を泳がせた。

 

「幻覚……!?」

「花やら線香やらで、気づかなかっただろ? この共同墓地に入った時から、お前は俺の手中だったってワケ」

「そんな……まさか」

「サッカーボールの少年から貴方が黒幕だと聞かされた時……」

「サッカーボール?」

 白夜が銃を向けたまま、訥々と語り始めた。

「……最初は私も半信半疑だった。だから一芝居打とうと思ったの。もし貴方が黒幕なら……父が死ねば、貴方はきっと指環を回収しに来るはず……上司を説得するのは時間がかかったけど、でも、おかげで何もかも狙い通りになったわ。ベラベラと自白してくれてありがとう、間抜けな裏切り者さん」

「くそッ!」


 朝浦は日向の足を払いのけた。信じられない。俺は確かにこの目で見たのに。奴の頭が、娘の凶弾で撃ち抜かれるところを。映像で見た。死体も確認した。それなのに……まさか……まさか。


「オイオイ、今更何処に逃げようッてんだ? 世界中を敵に回しといてよォ」

「はぁ、はぁ……! くそっ! 生きて、いたのか……!?」」

「俺だけじゃないぜ」

「何……!?」


 死にかけの芋虫のようにのたうち回る朝浦を見下ろして、日向がニヤニヤと嗤った。その言葉が合図だったかのように、突然足元がボコッ、ボコッと隆起して、

「う……うわぁああああああっ!?」

 地面からにゅっ! と手が伸びてきて、朝浦の足首をしかと掴んだ。


「なぁっ!?」

 彼が驚くのも束の間、地面から次々と手が生えて来る。あっという間に彼は全身を鷲掴みにされた。

「な……何だこれはぁあああっ!?」

「あの殲滅戦自体が、全部偽物(フェイク)だったのよ」


 霧がさあっと晴れていく。

 すると。共同墓地から、ボコボコと、大勢の人が這い出してきた。まるで屍人のように、土の下から死んだはずの人々が……伊藤中尉がいる。ライザーがいる。ガンマンや、イビル・グレムリンがいる。小型採掘機(モグラ一号)のコックピットには、真昼やドラコ、少女怪盗・夜野の姿もあった。


「貴方の演説、全部聞こえてたわよ。墓の中までね」

「な……!?」


 死んだフリ‥‥だったってのか!?

 主役も悪役も、大勢の人々に囲まれて、朝浦もさすがに顔を青くした。白夜は、冷たい目で朝浦を見下ろしたまま、淡々と()()を告げた。


「誰も死んじゃいなかった……正確には、一度死んで生き返った。あの時、貴方を騙すために、みんなで殺し合うフリをしたのよ。敵も味方も、みんなで一緒にね」

「そんな……ちくしょう! 離せ!」

 なおも(もが)く朝浦だったが、地面から伸びてきた手はたちまち彼の体を埋め尽くした。昆虫採集の箱の中に囚われた虫みたいに、彼は地べたに磔にされた。


「そんなバカな……俺は確かに見たんだ! 死んだ人間が生き返るはずが……!」

「そう。普通、死んだ人間は生き返らない」


 白夜は中指を立て、龍の指環を突き出して見せた。


「だから()()()()()()()にしたの。《この戦闘で受けた傷は、一週間後に無効になる》。今日がその一週間後。一度ライザー……プロレスラーに同じようなルールで決闘を挑まれてね。彼は銃撃を受けてもルールで無効にしてたんだけど……それがヒントになった」

「そんな……インチキだ……! 狡いぞ! 人を騙すなんて……」

「お前が言うな」

「要は時間差で回復させたってわけ。決闘場は同時開催も可能。それで、全員が死んだように見せかけた……貴方を、裏切り者を炙り出すために」

「びゃ、白夜……ひぃい!?」


 朝浦が今にも泣き出しそうな顔で懇願した。


「た……助けてくれ! 魔が差したんだよ……!」

「…………」

「世界を滅ぼそうとした人間に言われてもなァ、白夜!」

「お願いだ……! 許してくれよぉ! その指環ならやる! もうこんなこと、絶対しないから! 頼むよッ! 信じてくれ、俺と……僕と白夜の仲じゃないか……!」

「プロポーズの言葉にしては、随分とお粗末ね」


 白夜は銃口を下すことなく、狙いを定めたまま、冷たく言い放った。


「せっかくだから、貴方からもらったこの指環で、決闘を開こうと思うの」

「そんな……待ってくれ……」

「こんなルールはどう? ①《この場で死んだ者は、もう何処にも生まれ変わることはない》」

「びゃ、白夜……!」

「②《天国にも地獄にも行けない。異世界に転生することもない》」

「助けて……!」

「③《貴方は今日、此処で、完全に消滅する》」

「ひぃ……っ!?」


 白夜の背後で、黒い龍が咆哮した。

 彼女は容赦無く、残りの銃弾を朝浦めがけて撃ち尽くした。

 2、3、4、5、6。

 乾いた銃声が的確に、等間隔に鳴り響く。その様子を、その場にいた全員が固唾を飲んで見守った。両手両足と胸を撃ち抜かれた朝浦は、手足をバタバタと跳ねさせて、やがて糸の切れた人形みたいにガクリと(こうべ)を垂れた。


「じゃ、あとよろしく」

 硝煙を軽く吐息で吹き消しながら、白夜がピクピクと蠢く朝浦を一瞥した。全員の視線が集まる中、白夜は一切表情を変えず、そのまま踵を返して共同墓地を出て行った。


「おー怖」


 しばらく誰もが無言だった。去っていく娘の様子を眺めながら、日向が小さく肩をすくめた。


「やれやれ。いくら娘の頼みとはいえ、俺がこんな猿芝居に付き合わされるとはよォ」

「主人公に……」

「あ?」


 日向がふと振り向くと、全身穴だらけになった朝浦が、口から赤い泡を吐き出しながら、虚空を見つめていた。


「主人公に……なりたかったんだ……子供の頃から……」

「…………」

「強くて……かっこよくて……憧れの主人公に……」

 ヒューヒューと、肺に空いた穴から息が漏れる。


「なぁ……アンタも……そうだったろ?」

「…………」

「昔は……子供の頃は、アンタも主人公に憧れてただろ?」

「……嗚呼」


 日向は目を細めて新しいタバコに火を点けた。雲の流れは相変わらず速かった。一筋の白い煙が、まるで線香みたいに、空へと運ばれていった。


「なのに……」

 朝浦が地面に投げ捨てられたまま、恨めしそうに日向を見上げた。


「何が違う……?」

「……?」

「アンタだって……所詮悪役じゃないか。結局道を踏み外した。アンタもこの世界をぶっ壊したかった……お互い主役にはなれなかった……なのに。なのに。俺とアンタで……一体何が違う??」

「もう分かってんじゃねえか」


 日向は、タバコの煙を吐き出しながら、ニヤリと嗤った。


「俺とお前じゃ、役者が違う」

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