エンディング
「……しかし、此処まで来るのに随分とかかったよ」
コートの端を靡かせながら、朝浦が苦笑した。空は薄暗く、雲の動きが早い。共同墓地は静まり返っていた。いつの間にか人もいなくなり、朝浦と白夜、二人だけになっていた。朝浦がポリポリと後頭部を掻いた。
「君のお父さん、中々隠れるのが上手くてねえ。決闘指環を奪っても、本人を倒さない限りペアリングが外れないことは知ってるだろ? 本当にありがとう。君がお父さんを殺してくれたおかげで、やっとこの指環が手に入ったよ」
「…………」
「ふふふ。君のお父さんには色々と手を焼かされたよ。ネオ・トーキョーを落とそうとしたり、皇帝の娘さんを誘拐しようとしたり……僕と彼は似た者同士だったのかも知れないな。彼もまた悪役で、世界を壊したかった。でも……」
白夜の指から、龍の指環を抜き取り、朝浦が嬉しそうに目を細めた。
「最後に勝ったのはこの僕だ」
白夜が無表情のまま、ポトリと花束を地面に落とした。
花の残り香が、風に運ばれて北へ北へと流れ去って行く。
「まさか彼も、自分の娘に殺されるとは思ってなかったんじゃないかな。あんなに愛していた娘に……」
朝浦はとうとう笑いが堪え切れなくなり、涙を流しながら体を捩らせた。
「白夜ちゃん、昔はとても明るくて、元気な、良い子だったのにねぇえええ! ふひひ……可哀想に……! ゆ、指環のせいで……大好きなお父さんを殺したいほど憎んじゃうようになってねぇえ。ひーひひひひ! ひーっひひひひひっ!!」
哄笑が墓地に谺する。
「最後だから教えてあげようか? どうせ覚えてられないだろうけど……孤児院を爆破したのは君のお父さんじゃない。この僕だよぉ」
反応はない。白夜は、ぼんやりと虚空を見つめたまま、その場に立ち尽くしたままだった。
「全く……悪役ッてのは便利だよなぁあ! 『あいつならやりかねない』って、都合の悪いこたぁ全部引っ被ってくれるんだからよぉお! 悪役サマサマだぜぇ! 一度でも悪いことをした奴ぁ、何でもかんでも悪い方に捉えられるんだぜ? おかげで随分とコッチの罪を被ってくれたわ。何もかもアイツのせい! 自業自得なんだけどよ、ちょっと可哀想になっちまうよな? ギャハハハハハハハ!」
朝浦の右手で、アレキサンドライトが妖しく煌めいた。
「これも一種のご都合主義か? 逆に白々しく善人面してりゃ、『あの人があんなことするはずない』って、みんなコロっと騙されちまうんだからよ。笑っちまうぜ……なぁ白夜?」
「…………」
「どんな気分だ? 勘違いで実の父親を殺して……ぷぷっ……自分の感情や記憶さえ良いように操られて……おぉっと! 絶望するのはまだ早いぞ!」
朝浦は白夜から奪った指環を、早速自分の指環に合成させた。たちまち指環は激しく輝きを放ち始めた。そこだけ空間が捻じ曲がったみたいに、景色がぐにゃりと歪んでいく。やがてズズズ……と不気味な音を立て、朝浦の背後に巨大な黒龍が浮かび上がった。朝浦がニンマリと嗤った。
「此処からが本当の地獄だ……!」
指環が、アレキサンドライトの光が、世界を端から端まで覆っていく。強化に強化を重ねた指環の力。天高く舞い昇った黒龍が、雲を突き破り、大気が割れんばかりに咆哮した。
「さぁ全人類……《殺し合え》。最後の一人になるまでなぁっ!」
朝浦が決闘開催を高々に宣言した。闘技場は、この地球全体。参加者は全人類だ。こうして第一回にして最終回となる、世界規模のバトルロワイヤルが始まった。
午後13時13分。世界中で戦いが始まった。影響を免れた者は誰一人としていなかった。乳飲み子もご老体も、皆目を真っ赤に血走らせ、鬼気迫る表情で隣人を殺しにかかった。
そこらじゅうで、皆殺し合っていた。激昂しながらナイフを振り回す者。嗤いながら銃を乱射する者。泣きながら歩行者を轢き殺す者。人が殺し合っているのを楽しんでいる者。
とある教室では、仲の良かった生徒たちが一瞬にして仇敵に変わった。吸血鬼よろしく、相手の首に噛み付いている少年。彼氏の眼球に、キラキラにデコレーションした付け爪を突き立てる少女。先生は教え子の一人に馬乗りになり、息絶えるまで首を締め続けた。その先生も、やがて別の生徒に後頭部をコンパスで刺されて死んだ。
戦いは街中でも起こっていた。
取っ組みあったまま線路に落ちていくサラリーマンたち。その場に落ちていた石を拾って、ベビーカーに乗った我が子を殴り続ける母親。生命維持装置を次々に切っていく医者。殺したくないと泣き叫びながら、愛する人とお互い殺し合うカップル。
ナントカという会社の社長が、高層ビルの窓から放り出されて、地面に激突して潰れたトマトみたいになった。血飛沫がペンキのようにぶち撒けられ、路上はたちまち赤く染まった。社員たちの歓声が上がり、やがてその社員たちも、お互いビジネスマナーを守って殺し合いを始めた。
暴動が世界各地で繰り広げられていた。飛び交う怒号と悲鳴。今や死体を、怪我していない人を見つける方が困難だった。饐えた血の臭いがそこらじゅうに漂っている。あちこちで火の手が上がっていた。
それでも、即死できた者はまだ幸せだった。悲惨だったのは、重傷を負いつつも一命を取り留めた者たちだ。不運にも生き残った者は再び戦場へと駆り出された。決闘は、殺し合いは最後の一人になるまで終わらないのだった。
同刻、アメリカ合衆国のマイケル大統領は、直ちに核兵器の発射ボタンを押すように部下に指示を出した。核保有国のリーダーたちも、憎き隣人を叩きのめさんと、我先にとそれに倣った。数時間後、約2万発の核兵器が打ち上がった。地表のあちこちから新種のキノコ雲が生え、黒い雲がたちまち地球全体を覆った。何処からか嗤い声が聞こえてくる。
「これが! お前のッ、お前らの望んだ世界だッ!」
全世界同時多発核爆発は、激しい地割れと、山にも劣らぬ巨大な津波を引き起こし、地表にいた生物のほぼ97%はこの時点で死滅した。ネオフジサンも、ネオエヴェレストも、世界中の火山が噴火して、溶岩が地表に海に振り注いだ。海はたちまち沸騰し、深海を含むほぼ全ての生物が息絶えた。
こうして地球は死の星と化した。生き残った者はいない。この物語は此処でお終いである。
〜Fin〜
……花の香りが、線香の匂いがそこらじゅうに立ち込めていた。




