第23話 キリング・フィールド
《学校、警察署、裁判所、病院、その他公共機関の全面廃止》
《通貨の廃止》
《民主主義の廃止。選挙の廃止。独裁政権の合法化》
《戦争、侵略、虐殺の正当化》
《奴隷制の復活》
《植民地の復活》
《優生学の復活》
《焚書坑儒》
《魔女裁判》
《アパルトヘイト政策》
《精神疾患患者へのロボトミー手術》
《劣等人種への不妊手術》
《知識層は全員処刑する》
《人種差別……
……は、現在進行形か」
指環を手に入れてからと言うもの、朝浦は嬉々として、世界を破壊するアイディアを生み出していった。彼にとって、ルールが一度に3つまでしか制定できないのは何とももどかしかった。それに、強力なルールほど条件が複雑になり、それに見合う対価を差し出さなければならない。初めのうちは、彼も指環を使いこなすのに随分と手こずった。
画期的なアイディアを思いつきはするものの、それを上手く形にすることができない。
うだつの上がらない作家みたいな悩みを抱えていた朝浦は、最初は
《アヘンやヘロインは万能薬である》とか、
《煙草の煙は健康に良いので、病人に浣腸すると良い》とか、
《放射性物質を含んだ美容品は健康に良い》といった
比較的強制力のない律格から始めなければならなかった。それでもそのうちに、彼は、彼の指環は徐々に力を付けていった。
他の指環を素材にすることで、自分の指環を合成強化できるのも幸いした。最初は相撲の土俵ほどの大きさしかなかった決闘場も、そのうち街全体を、島全体を覆えるようになった。さらには、ネオトーキョーとネオオーサカで決闘場を同時開催するなど、複数の拠点を同時に制圧することも可能になった。そのうち気まぐれに関東平野を焼け野原にしたり、暇潰しに富士山を爆発させたり。指環の力はさらに強大になっていった。
決闘が終わっても、事象は引き継がれると言うのも発見だった。たとえば、試合中に怪我した場合、決闘が終わっても怪我は治ることなく場外へ引き継がれる。ルールはその場限りのものだが、ルールによって引き起こされたダメージは当人に継続しているのだ。
それで、朝浦は一つの仮説を思いついた。もし闘技場内で相手の記憶を消した場合、脳へのダメージは継続されるのではないか? それはすぐに実践され、そして上々の結果を得た。これにより、朝浦は人々を自由に洗脳することが可能になり、
《地球平面説》とか、
《地球空洞説》とか、
《宇宙人襲来》といった
陰謀論者を粗製濫造していった。別に深い理由も崇高な目的もない。ただ単に、人々が慌てふためく様子を見るのが愉しかったのである。ただしこれは、同じ指環持ちには通じなかった。向こうも同じ力を持っており、指環同士で相殺されるのか、どうも上手く洗脳できない。悩んだ挙句、彼は素晴らしい解決策を思いついた。
「全ての指環を奪った後、決闘開催で地球全体を覆い、全人類から指環の記憶を消してしまえば良いのでは?」
こうすれば、世界中で、指環を使えるのは自分だけになる。彼は早速このアイディアを実行に移すことにした。
しばらくは順調だった。昼は警察官として正義を守り、夜は殺人鬼として悪を守った。守備職人が狙うのはもちろん主人公。この世界は自分を中心に回ってると信じて疑わない奴らである。オパール、トルマリン、ガーネット、トパーズ……数ヶ月で、彼の所持する宝石はゆうに30個を超えた。ここまでは順調だった。
問題はここからだ。自分より弱い相手なら、殺して奪えば済む。問題は、自分より強力な指環を持ち、強大な能力を持った主人公をどう倒すか? である。
既に現存している決闘指環の3分の1は集めているはずだが、宝石の価値は大きさや色合い、流通量など、単純に数だけでは決まらない。それに、今後新しい決闘指環が異世界から持ち込まれる可能性も十分にある。下手すれば返り討ちに遭う危険性すらあった。そうなれば全てが水の泡だ。
このまま警察に所属しながら、世界を旅して回ると言うのも現実的ではなかった。いっそのこと諜報機関とか特殊部隊に転職した方が良い気がする。今の裏表ある生活もそれなりに気に入ってはいるが、殺人を正式な仕事にするのだ。それで彼は、後々、警察組織を潰して軍隊を作った。
ともかく指環集めに行き詰まっていた彼は、しばらくの間悶々とした日々を過ごした。ストレス発散に人を殺しても、どうにも気分は晴れない。人一人が死ぬ程度ではすでに満足できなくなっていた。イライラが募り、民間人を洗脳して飛行機でビルに突っ込ませたり、孤児院を爆破したりした。おかげで、死ぬ必要のない人まで……映画を盛り上げるためだけに死ぬエキストラのように……無駄に命を散らしていった。
「指環を奪った奴がいる?」
「ええ」
ある日。上司の東雲がそう言った時、一瞬、朝浦は自分のことを言われているのかと思ってドキリとした。もっとも、たとえバレたとしても殺すだけだが。東雲は難しい顔をしてデスクの上に写真を置いた。
「この男は……?」
「悪役よ。囚人番号6677番。本名は午尾日向。この間公開処刑の際に逃亡した犯罪者よ。この男が主人公の指環を奪って私たちの管轄に逃走中」
「へぇ……」
「この間の旅客機事故で、お父さんとお母さんを亡くしたみたいなの。それでやけになってる可能性もあるわ。指環を持ってるし、油断は禁物よ」
さらに東雲は話を続けたが、朝浦はそれ以上ろくに聞いていなかった。
自分と同じ考えの奴がいるのか。
朝浦は少し興味を覚えた。だが、それだけだった。この時期、主人公たちが世界中に氾濫し、指環の力はもはや誰しもに知れ渡ることとなった。例の少女怪盗しかり、指環を狙う輩は少なくなかったのである。むしろ同じ獲物を狙う以上、力をつける前に芽を摘んでおかなければらないライバルでもある。
待てよ。
朝浦は監視カメラの映像を引き延ばした写真を見ながら、ふと思った。
わざわざ自分で危険を犯して強い相手と戦うより、誰かにやらせた方が楽なのでは?
たとえばAとBをわざと敵対関係に陥らせ、お互いが弱ったところで漁夫の利を狙う。
「……何笑ってんの?」
「いえ……何でもありません」
東雲が不審そうな顔でそう尋ねてきたので、朝浦は慌てて取り繕った。なんだ。簡単な話じゃないか。それなら昔からやってる。自分の得意分野だ。
上司の視線を振り切るようにして、自分のデスクに戻った。窓の外は薄暗かった。日向の写真を眺めながら朝浦は内心ほくそ笑んだ。コイツは利用できそうだ。この悪役を泳がせて、指環を集めさせてはどうだろう。そうすれば、わざわざ自分が世界中を駆け回る必要もない。そして、戦いに明け暮れて弱りきったところで、最後に自分が総取りするのだ。
しかし……朝浦は軽く頭を振った。もしそれでコイツが自分より強くなってしまっては本末転倒だ。この悪役が強くなり過ぎないようにしなくては。警察に追わせて……それだけで大丈夫だろうか? 指環の力はどれも強大だ。いざと言うときのために、コイツの弱味を握っておく必要がある。弱味……?
「まぁねえ」
すると、デスクの向こうで、東雲が小さくため息をついた。
「家族を殺されて、辛いのは分かるけど……ねえ」
そうか。
その言葉に、朝浦はハッとなった。弱味がないなら、作れば良い。我ながら名案だった。
家族を人質に取れば良いんだ。




