第22話 13日の金曜日
高校を卒業後、朝浦は晴れて警察官になった。
筆記テストも体力テストの結果も芳しくなく、正直手応えがなかったので、合格を知った時彼は自分でも驚いた。ありえない。殺人犯が犯罪防止のお手柄として表彰されるような事件だ。入ってからもしばらくは半信半疑だった。まさか警察たる組織が、受験者の素性を調べてないはずもない。後で先輩にそれとなく尋ねたら、
「お前のような不穏分子は放っておくと何をしでかすか分からない。首輪を付けておくに限る」
と言われた。
何だか
「現地の子供達が悪のテロ組織にスカウトされる前に正義の兵士にしてしまえ」
と言う特殊部隊の内乱鎮圧戦略に似ているが、ともかく採用されたのだから、彼としても不服はない。警察学校に入り、しばらくは大人しくすることにした。
清く、正しく、美しく。
驚くべきことに、彼の内に秘めたる破壊衝動も、次第に落ち着きを取り戻し始めていた。射撃訓練が楽しかったのかも知れない。犯罪者の検挙率も、少々荒っぽかったが、好成績を残していた。朝浦青年に何かと目をかけて、世話を焼いてくれた先輩達の姿もあった。だが、彼はまたしても道を踏み外してしまう。
主人公の登場である。朝浦青年が意気揚々と社会に羽ばたいたちょうどこの頃、世間では、異世界転生者の流入が本格化し始めた。
20XX年、ネオ日本にやって来る転生者の数がとうとう200万人を超えた。
「人は死んだら異世界に転生する」
と言う事象が、科学的事実になり、世の中の常識となった。やがて一億総主人公時代へと突入していく。
少子化に喘いでいた政府は嬉々としてこれを受け入れたが、そうなると人口比率も変わり、やがて法改正が叫ばれるようになる。
「死んだら転生するのなら、殺人罪は成り立たないのではないか?」
と言う主張もまたその一つである。
これに政治団体の思惑も相まって、徐々に国内で警察組織が力を失い始めた。経費の削減、人員の削減……その先に待っていたのは、当然質の低下であった。「節電」の名目で街の監視カメラの台数が減らされた頃、朝浦の中の”子供”が、またむくむくと鎌をもたげ始めた。
まず手始めに、彼は街外れでのんびりスローライフを愉しんでいた老夫婦と、それから何とかと言う名前も知らない令嬢を殺した。
どちらも異世界からの転生者だった。彼は転生者が、主人公が嫌いだった。自分が脇役でしかないと言う劣等感を刺激され、的外れな嫉妬で殺意の火を煮え沸らせた。
「別に構いやしないよなぁあっ!? どうせ他所の世界で、軽々しく命を投げ捨ててやって来たような連中なんだからよぉおお! 今更殺されたところで、また別の世界に逝くだけだろうが!」
グシャグシャと屍体に刃物を突き立てながら、朝浦は返り血を浴びて嗤った。確かにこの時代、少なくとも人々は犯罪行為をかつてほど強く非難しなくなった。むしろ異世界からやって来た正義の主人公が、悪役を懲らしめるのに熱狂していたのである。とはいえ、一応形式的な捜査は始まった。
もちろんその頃には、朝浦は完璧に『善人』の面の皮を被ることに成功していたので、彼は自分が殺した事件を、何食わぬ顔で担当した。組織は劣化しているし、何より犯人が捜査しているわけだから、当然捕まるはずもない。街の人々は『転生者殺し』、『主人公狩り』などと渾名を付けて、突如身近に現れた殺人鬼に震え上がった。
余談だが、この殺人鬼を崇拝する形で誕生したのが転生者排除の新興宗教『ベイビーフェイス』である。図らずも彼は世の中に影響を与えていたわけだが、当の本人は知る由もなかった。朝浦自身は、信仰心など欠片も持ち合わせておらず、
「宗教なんて所詮金儲けとフリーセックスの団体」
としか思っていなかった。
話を戻す。こうして目覚めた殺人鬼は、やがて、悪魔の道具と出会うことになる。
「おい、キミ!」
黄色いテープの内側で、朝浦刑事が善人面して声を荒げた。とある殺人事件の捜査中。少し離れた場所で、少年がテープを跨いで事件現場にこっそり入り込もうとしていた。
「ダメじゃないか。ここは立ち入り禁止だよ」
「あー、俺、探偵なんすよ」
ダボダボのロングコートを着た少年が、したり顔でそう言った。朝浦はため息をついた。全く最近の若い奴らと来たら。転生が本格化してから、近頃はこの手の輩がやたらと増えている。警察も随分と舐められたもんだ。
「探偵だから入って良いなんてルールはないよ」
「主人公っす。向こうの世界じゃ、それなりに活躍してた……」
「知らないよ。だからって勝手に人の家に入ったり、タンスを漁ったりして良いと思ってるのか。どんな倫理観だ」
「俺、犯人を捕まえたくてぇ」
「危ない真似はやめなさい。襲われたらどうするんだ」
「大丈夫っすよ。俺、強いんで。能力あるんで」
朝浦は内心舌打ちした。この若造が。三流の探偵風情が。恥ずかしげもなく、自分には能力がありますと来た。
地球生まれにはない特殊な『能力』。この時、『改造手術』はまだ黎明期で、また高額なため、誰しもが気軽に行えるものではなかった。持つ者と持たざる者で、はっきりと優劣が、差別が広がって行ったのもこの時期である。
「そして指環があれば、どんな敵だろうと……」
「指環?」
朝浦は首を傾げた。少年はニヤニヤと笑って、自分の手をニキビ面の前に翳した。
「これっすよ。これがあれば……」
少年は得意げに指環の使い方を解説し始めた。
今思えば、軽率だったと言わざるを得ない。若さ故の、飢えた獣の前で腹を見せるような愚行であった。狼が腑に喰らいつき、血肉を啜るようになるのに、数秒とかからなかった。
「なるほど……」
朝浦は興奮を悟られないように、必死に取り繕った。なんてこった。こりゃ、子供の頃夢見た魔法の道具そのものじゃないか。これがあれば。
「……だが、そんな強力な道具を、もし犯人に奪われたらどうする?」
「平気っすよ。ペアリングしてないと。所有者にしか使用できないんで」
「そうか。じゃあ転生者じゃなくても……地球生まれの者でも、ペアリングって奴をすれば使えるようになるんだな?」
「それは……」
少年探偵がまたしても講釈を垂れ始めたが、朝浦は最早ろくに聞いてはいなかった。それで、か。朝浦はようやく合点が入った。このところ、『弱者排除法』や『誕生罪』と言ったものが世間を騒がせていた。中にはこんなもの良く通ったなと思える無茶苦茶な法律もあったが、きっと政府は指環を使っていたに違いない。
これがあれば。
世界を書き換えられる。
少年探偵が夢中になって語り続けている。朝浦は知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。素早く辺りに目を回す。周囲は騒がしかった。鑑識も他の刑事達も、現場の方に夢中で忙しなかった。
「……ともかく、一度あっちのパトカーの中で詳しく話を聞こうか……」
「え、でも……」
「そんなに構えることはないよ、名探偵君。念の為手続きをして、正式に君を現場に招こうと言うわけだ。最近じゃ警察も人手不足だからね。主人公が協力してくれたらこれほど心強いことはない。僕は運が良い……」
朝浦はさもありげな嘘を並び立てた。そんな手続きなどあるはずもない。それから彼はパトカーを発進させて、山奥で少年を射殺した。やがて、星空の下、右手に輝くアレキサンドライトを眺めながら、朝浦は一人ほくそ笑んだ。ロシアでは『皇帝の宝石』と呼ばれる、昼と夜とではガラリと色が変わる希少種だ。宝石の中から飛び出してきた黒色のドラゴンが、新しい主人を物珍しそうに眺めた。
「やぁ、トカゲさん。突然だが、君の持ち主は今日から僕に変わった。前の主人が、あー、どう言うわけか権利を放棄しちゃってね。まぁまぁ、これから仲良くしてくれよ」
「そうなのか? まぁ良い。それで、お前の望みは何だ? 前の持ち主は、なぞなぞやらクイズばっかりで、正直退屈だったぞ……お前は俺様を、愉しませてくれるんだろうな?」
「そうだね。きっととびっきり楽しいと思うよ。まず手始めに……」
朝浦は眼下に広がる夜景を眺め、涼しげにほほ笑んだ。
「この世界の人間を全員殺そう。世界をぶっ壊すんだ」




