表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/31

第21話 サイコ

 ……なーんて、不適切にもほどがある妄想は胸のうちにしまい込んで、朝浦麻矢は、高校生に上がる頃にはすっかり好青年を演じ切っていた。


 清く、正しく、美しく。


 朝は7時起床。朝食は和食派。ご飯に納豆と生卵を乗せて食べるのがマイブーム。一人っ子で、共働きの両親からは半ば過保護気味に育てられた。これといった反抗期はまだない。親と喧嘩することは滅多にないが、お小遣いが未だに月3000円なのと、少年漫画とバラエティ番組は「過激だから禁止」されているのを、密かに根に持っている。


 でも大丈夫。ストレスが溜まったら、よわいものいじめをして発散するから。


 もちろん優等生なので、見つかるようなヘマはしない。自分は直接手を下さない。頭の中まで筋肉で出来ているようなバカを(けしか)けるのだ。

アイツが裏であんなこと言ってましたよ。

コイツ実はあの時……ね。

彼らが大事にしているのは、何よりも面子なのだ。ペニスの大きさ勝負が何よりも大事なお年頃の奴らときたら、ちょっと挑発してやると、すぐ頭に血が昇る。


 告げ口。陰口。誹謗。中傷。嘘。はったり……それで、猿山の集団が、自分の狙い通りに動いてくれることが彼には快感だった。特定のグループ同士をわざと敵対させて、戦争状態にまで持っていったこともある。気分は某国のスパイだ。涼しい顔で人を怒らせるのが好きだった。

 

 思えばこの辺りから、彼の裏方としての、陰で人を操る才能が片鱗を見せていた。

 

 高校では空手部に入った。合法的に人を殴るためだ。主人公ほど、良く人を殴る。朝浦少年は友達から借りたコミックを読んでそう学んだ。

すごい。何て面白い話なんだろう。物事を解決するのは、最終的には暴力だったんだ。

自分も殴ってみたくなった。人を殴ったら、どんな感触がするんだろう? どうやって人は壊れるんだろう? 殴って褒められるなんて、主人公って、何て羨ましい奴らなんだろう。彼はキラキラした目で空手に取り組んだ。

 

 しかし残念ながら、彼に格闘技の才能はなかった。運動神経はさっぱりだった。どれだけ筋肉を鍛えても、腕っぷしは人並みか、下手したらそれ以下だった。本人の根気も辛っきしだった。何かを始めても、三日と長続きしないのだ。諦めた。努力はコスパが悪い。わざわざ体を鍛えるくらいなら、最初から武器を持った方が効率的だ。


 それで、彼は武器を持つことに決めた。初めは折りたたみナイフ。次第に刃渡りは長くなっていった。気分は侍だ。空手部から剣道部に移籍して、将来は警察官になろうと決めたのもこの頃だ。合法的に銃を持ち歩くためだった。


 もしこの時、彼に格闘技の才能があったら……あるいは別の未来もあったのかもしれない。


「朝浦、ちょっと来い」


 一年の秋、担任の教師に呼び出された。その教師は……今や顔も朧げで、名前すら覚えていないが……まだ若く、人一倍責任感の強い、正義感溢れる教師だった。クラスの人間共に上手く擬態していた朝浦少年を、いち早く見抜いたのもこの教師だった。


「実は最近、うちのクラスでいじめがあっているという報告があってな」


 放課後。朝浦は職員室から少し離れた、生徒指導室という狭い部屋に二人きりで閉じ込められた。問題を起こした生徒が教師から詰められたり、()()をするための部屋だ。自分には無縁の部屋だと思っていたから、朝浦は物珍しくてキョロキョロ部屋の中を見回した。


「名前は明かせないが……一応クラス委員のお前にも知っていて欲しくてな」

「そうですか」

「それだけか?」

「え?」


 薄暗い部屋の中で、担任は朝浦をジッと見つめながら唸った。


「よわいものいじめをして……気が咎めないのか?」

「えぇ?」

 朝浦は戸惑った。

「先生、勘弁してくださいよ。まるで僕がやったみたいに言わなくても……」

「……たとえ直接は殴らなくても」


「言葉の暴力というものもある。他人を(そそのか)したり、あるいは見て見ぬふりをすることも、十分人を傷つける行為だと思うがね」

「まいったなぁ……」


 朝浦は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。


「何でよわいものいじめしちゃダメなんですか? ちゃんと論理立てて、分かるように説明してください」

「何?」

「動物の世界だってよわいものいじめはありますよ。強いものが勝ち弱いものが死ぬ……この世は弱肉強食です。それに、別に良くないですか? いじめは犯罪じゃないでしょ?」

 朝浦はせせら嗤った。


「だって、いじめで加害者が捕まったことあります? ルール上別に問題ないでしょう。()()()()()()()()()。殴ったり、パクったり……誹謗中傷や何たらハラスメントなんて、日常茶飯事じゃないですか。大の大人が率先してやってる。一般道の50キロ速度制限と同じです。誰も守ってる奴なんていない。捕まるのは運が悪い奴だけです」

「何だと……」

「それとも大人の人は、みんな人を傷つけないし、よわいものいじめはしないのかなぁ? 僕にはそうは思えません。大人がやるから子供がそれを真似する。子供は大人の背中を見て育つって言いますよね?」

「朝浦……お前」

「だったらアンタのせいだ。僕は悪くない。僕らがこうなったのは、アンタら上の世代のせいですよ」


 担任は椅子に座ったまま、絶句して朝浦を見上げた。朝浦は授業中と変わらない態度で、優等生らしくにっこりと笑った。

 

「それに……困るのは先生の方なんじゃないですか?」

「何……?」

「もし担当のクラスでいじめが発覚したら……かわいそうに、先生は世間から叩かれまくるでしょうね。職を追われますよ。名前も、住所も、顔写真も、プライベートは徹底的にネットに晒し上げられて……家族ともども、死ぬまで石を投げられるでしょうね。それでも良いんですか?」


 窓の向こうから、西陽が差し込んで来ていた。グラウンドでは、部活生達が大きな声を上げていて騒がしい。


「それよりも……僕と手を組みませんか?」

 顔を歪ませる教師に、僕なら、と朝浦は笑った。

「僕なら、いじめを()()()()()()にできます。もうやめろって、僕が号令をかければ済む話ですから。月3万……いや5万でどうですか? ()()()()()()()()です。毎月お金を払って、教室の安全を買うわけです。安いもんでしょ?」

「冗談じゃない……私にそんな交渉が通じると思ってるのか!?」


 激昂して立ち上がった先生に、朝浦は刃渡り20センチの出刃包丁を取りだして見せた。


「な……!?」

「交渉じゃねえ。脅迫してんだよ」

「き、貴様……!」

「やれやれ。教師ってのは随分と頭が悪いんだな? テメーも校長みたいにお利口さんだったら、もうちょっと長生きできたかもなぁああ」

「何……!?」


 その言葉が合図だったかのように、指導室の扉が突然向こうから開かれた。現れたのは、校長だった。校長が、青い顔をして、ロープを片手に扉の前に立っていた。


「校長は()()()よ」

「は!?」

「教室の安全をな。それともパパ活写真の方だったか? まぁ良い。これからは教育もサブスクの時代だぜェ! 破破破破破(ハーッハハハハァ)!」


 西陽差す教室に嗤い声が谺した。その教師は……人一倍責任感の強い、正義感溢れる教師だったが……残念ながら冬を待たずに退職する運びとなった。その後、彼は人知れず行方不明となり、未だに見つかっていない。最後に目撃されたのは、老人の運転する車で、高校生らしき少年と山を登る姿だったと言う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ