第20話 あるいは裏切りという名の犬
一週間後。
総勢二三五名の死傷者を出して、テロ殲滅戦は終結した。軍の上層部は民間人の犠牲者が出なかったことを強調し、この作戦の成功を必死にアピールしていた。六拠点の遺体は、そのまま放っておく訳にも行かず、軍の共同墓地で埋葬されることとなった。
正義も悪も、主役も悪役も、死んだ後は同じ。皆、同じ土の下で眠る。次の異世界へと旅立つ者もいれば、魂が永い眠りを必要とする者もいる。皆、同じ土の下で。
空は晴れていた。冷たい風が建物と建物の間を吹き荒んでいる。人気の少ない表通りを、白夜はコートを着込んで、一人歩いていた。怪盗少女のおかげで、白夜の私服の数は見違えるほど増えていた。その少女も、いつの間にか煙のように白夜の前から姿を消していた。大量の請求書を残して。
戦禍の爪痕は未だ列島に深い傷となって残っているが、しかし人々は……少なくともネオ・トーキョーの人々は……少なからず安堵しているようだった。悪は去った。テロリスト達は排除され、とうとう正義が勝ったのだ。すれ違う人々の表情も、何処かホッとしているように見える。世界は平和になった。敵はいなくなった。これが映画なら、きっとここで大団円だ。
だが、現実は、人生はまだまだ続く。
信号が赤に変わる。雑踏に佇みながら、彼女は自分の掌をジッと見つめた。左手の中指に、龍の指環が光っている。
街は次第に(無理にでも)落ち着きを取り戻そうとしていたが、白夜はむしろ、意図的に忙しくしていた。そうでなければ、喪失感に飲み込まれてしまいそうだった。
何だか色々と燃え尽きて、人生の目標を失ったみたいだった。
戦うために生きてきた。
戦いが終われば、自分のような殺人人形は、一体どうやって生きていけば良いのだろうか……。
花の愛で方を知らない。星の読み方を知らない。私は人を愛せない。私にできるのは、ただ、人を殺すことだけだ。それしか知らない。私のこの手は赤く薄汚れ、瞳は未だ昏く濁っている……。
かつて宮本武蔵に言われた言葉がふと蘇る。あの老人と同じように、私もまた戦場を求め彷徨い歩く運命にあるのだろうか。
父を殺した。
そのために自分は今まで生きてきたはずだ。
だけど、この感情は一体何だろう?
上手く行った?
本当にこれで良かったんだろうか……?
信号が青に変わると同時に、白夜は軽く頭を振った。私もまた、歩き出さなくてはならない。この手で、この瞳で、確かめなければならなかった。己の人生の意味を。真実を。
途中、花屋により、何本か見繕ってもらった。そのまま地下鉄を乗り継いで、共同墓地へ向かう。仲間達の眠る場所……そして父の眠る場所であった。
平日の昼間ともあって、人はまばらだった。等間隔に並んだ石碑の間を、そこに刻まれた知らない人の名前の群れを、ぼんやりと眺めながら歩く。そこらじゅうに、名も知らない花の香りや、線香の匂いが立ち込めていた。やがて彼女は目的の石碑の前に辿り着いた。
片脇に花束を抱えながら、ジッと石碑を見下ろす。涙は出て来なかった。どうしてだろう? 未だに実感が湧かないのだ。もしかしたら……まだ何処かで生きていて……ひょっこり顔を見せるんじゃないか……なんて。
ふと、生暖かい風が白夜の頬を撫で、
「白夜!」
後ろから声をかけられ、彼女は驚いて振り返った。
「ウソ……」
一瞬、彼女は空耳かと思った。聞こえるはずのない声。逆光の中に見える影は、厚手のコートを羽織り、寒そうに身を縮めていた。
「白夜、久しぶり」
「どうして……?」
彼女は目を見開いた。
どうして。
死んだはずなのに。
「いやぁ、ちょうど良かった」
帽子を取って、男がはにかんで笑う。現れたのは、朝浦だった。いるはずのない男が、見慣れた顔が、ゆっくりと、白夜に近づいてきた。彼女は棒立ちのまま、その顔をまじまじと眺めた。
「自分で言うのも何だけど……感動の再会ってところかな?」
「だって、あの時……!」
「映画なら、きっとここで終幕だね」
朝浦は白夜をそっと抱きしめながら、耳元でおかしそうに囁いた。
「だけど残念。これが現実だよ。残酷なまでに醜い真実だ」
「え……?」
「何の意味もない空虚な人生、今までお疲れ様、白夜」
朝浦は白夜を抱きしめたまま、クックッと嗤った。冷たい風が彼女の足元を撫でて行った。
「大丈夫か? 震えてるぞ……可哀想に。嗚呼……あの時、服装を入れ替えておいたんだ。一度帝覧試合で君のお父さんにやられたことがあってね」
「何……? 何言って……?」
「最近じゃ、合成技術で顔までそっくりに変えられる。全く便利な世の中になったもんだよ」
朝浦は、驚いて声を出せない白夜に指環を見せた。
「さぁこの指環を見て……《君は全て忘れる》」
「《君は父親を憎んでいる》……そんな顔をするなよ。嬉しくなっちゃうじゃないか。《君は父親を殺すために生まれてきた》。《君は人を愛せない》。《人を殺してる方がお似合いだ》、《自分のことさえ憎くて仕方がない》」
大勢が眠る土の上で。立ち尽くす白夜を見て、朝浦が盛大に嗤った。
「これからも殺人人形として、俺の犬になって、しっかり殺し合ってくれよ」




