表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

第19話 ブラック・スワン

 はらはらと雪が舞っていた。


 上下左右、白銀に染まった世界を、ヘリは音も立てず、南から北へと向かう。


 息を呑む音さえ聞こえてきそうな静寂の中、時折、たたたた、たたた……と、遠くから銃声が聴こえてくる。目的地に近づくに連れ、やがて音が鮮明(シャープ)に、戦場がはっきりと見え始めた。


「おい、見ろよ。アイツ、さっき首が千切れたまんま、しばらく走り続けてたぞ」


 眼下を覗き込み、若い突撃兵の一人が驚いたように目を丸くした。


「肉が丸見えだよ。うへぇ……!」

「どっちが押してんだ?」

「分かんねえ。でも、いっぱい死んでる」

 突撃兵が興奮気味に答えた。


 いっぱい死んでる。今の状況を一言で表すなら、これほど的確な表現はなかった。たたた、たた、たたたたた……。


「うひゃあ、血だ。赤いなぁ。だけど此処から見ると、何だか絵の具みたいで綺麗だな。あっ刀を取り出した。斬り合いだ。やれやれェ。どっちが味方か分かんねえけど……あっ斬られた。いてぇ!」

「うるさいぞ」

「背中から刀が飛び出しちゃってるよ。こりゃ死んだな。だけど相手も、喉元に突き刺さってるぞ。相打ちだ。血だ。噴水みてえ。うわーッ、死んだのか。呆気ないなぁ。人間ってあんなに呆気なく死ぬんだな。まるで……」


 まるで……何だったのかは分からない。最後まで答えは聞けなかった。伊藤中尉に睨まれて、それ以上若い兵士は喋ることはなかった。彼は数分後、そのたたたた……に巻き込まれて、自身も呆気なく死ぬことになる。


 そうとも知らず、棺桶(ヘリ)は進む。

 白夜はというと、隅の方でじっと一点を見つめたまま、静かに突撃の合図を待っていた。


 あの少年と出会ってから数ヶ月後。

 年が明け、異常気象により春と秋が消滅してしまったネオ日本では、此処からさらに厳しい寒さが続く。少年に食べさせたビスケット型GPSは、一体どういう訳か、無事作動しているようだった。


 おかげで、今まで一度も尻尾を掴ませていなかった、午尾日向の足取りを追えた。最初は半信半疑だった上層部も、各地に偵察隊を送り、それらが偽情報(デマ)でないことを知った。千載一遇のチャンスである。もしかしたらあの少年は、本当に彼の良心だったのかもしれない。


 調査により


高知第三地区

新潟第一地区

山形第二地区

新潟疎開地域

山梨立入禁止区域

千葉防衛計画都市

和歌山第一地区


 にテロリストたちが潜伏していることが判明した。そこからさらに数週間、綿密な計画が練られ、七拠点を同時に急襲、制圧することが決定した。拠点さえ抑えれば、数で圧倒しているのはこちらだ。


 七箇所の何れかに午尾日向が潜んでいる可能性が高い。その中で、白夜は新潟疎開地域の突撃部隊に編成された。この作戦が失敗すれば、奴らはネオ・トーキョーに総攻撃を仕掛け、空中都市を落としに来るだろう。そうすれば数千万人の命が潰える。その前に何としても、此処で叩いておかねばならなかった。


「良いか。毎回言ってるが、一人で突っ走るんじゃないぞ」


 白夜が顔を上げると、いつの間にか目の前に、伊藤中尉が立っていた。表情は見えない。暗い機内の中で、中尉の顔は半分影に隠れていた。


 中尉は最後の最後まで、情報の出所を気にしていた。今まで散々偽情報(デマ)に振り回されて来たのだから無理もない。


「追い詰めた時が一番危ないんだ。敵も死に物狂いで抵抗してくる。万が一午尾日向を発見した場合……」

「分かっています」

 白夜は抑揚無く答えた。


「相手はテロリストです。午尾日向に遭遇したら、躊躇なく殺します」

「白夜……」


 中尉が白夜の胸元をジッと見た。龍の指環……紐を通してネックレスにしたそれが、白銀のダイヤモンドが、視線の先で光っていた。


「……信じて良いんだな?」

「ええ。この指環は本物です」


 中尉がさらに何か言いかけたが、最後まで聞くことはできなかった。ヘリがぐわんと横に揺れた。と同時に、足元の方向から激しく甲板を叩く音がする。


 敵の拠点が近づいていた。廃墟に身を潜めたテロリスト達が、一斉にヘリを射撃し始めたのだ。


「全員、準備は良いな!?」


 伊藤中尉の怒号がヘリの中で(こだま)する。ゆっくりと後部ハッチが開いていき、白い光が、凍てつく冷気が機内に入り込んできた。白夜は目を細めた。

 まるであの世からのお迎えだ、と思った。冥界からの誘い、死への手招き……彼女は指環を握りしめた。白い光に向かって、仲間達が次々と吸い込まれて行く。


「Go、Goッ!」


 体全体に特殊膜(バリアー)を展開し、銃弾の雨の中へ、白夜は頭から突っ込んで行った。途端に視界が開け、全身が雪に包まれた。上も下も分からなくなるような、白の世界。


 遠くの方に、ポツンと黒い点が見える。あれが廃墟だろう。白夜はその一点を目指して滑空した。他の隊員と違い、パラシュートは付けなかった。両足に着けたジェット噴射で、さらに加速し、先に飛んでいた隊員達をごぼう抜きにした。


 特殊膜(バリアー)の表面にびっしりと、下から飛んできた銃弾が蜂のように群がってくる。


『目標地点まで後1000m……射程距離圏内です』


 AIの声が頭の中で響く。白夜は地上に向かって、義手代わりに装備した改良小型GAU-8 ”Avenger(復讐者)”をぶっ放した。毎分3900発の高火力が、廃墟の天井を難なく砕いて行く。あまりの勢いに、反動で失速し、体がふわりと空中に浮いてしまったほどだ。


 と同時に、背後から轟音が聞こえてきた。見上げると、空が赤く燃えていた。敵の撃ったミサイルが輸送ヘリを撃墜したのだった。先程まで白夜達が乗っていたヘリが、黒煙を上げ、白い闇の中へと堕ちていった。


 これで帰りの迎えは来ない。地獄への片道切符となった。


「望むところだ」


 全弾まるまる撃ち尽くして、白夜は両腕の”Avenger(復讐者)”を切り離した。バックパックに背負った携帯型3Dプリンタから、肘の先が突撃銃(アサルト)になった義手を生産し、素早く装着する。


『目標地点まで後100m!』


 言われるまでもない。既に敵の姿を目視していた。顔までは判別できないが、大穴の空いた天井の向こうで、複数の影が蠢いているのが分かる。敵もまた、迫ってくる隊員達の行手を阻もうと必死になって撃ち返してくる。その敵の群がる中心に、今宵の晴れ舞台の上に、白夜はストンと降り立った。


 テロリスト達が驚いたように彼女に銃を向け、

「やめろ、撃つな!」

 廃墟に怒号と悲鳴が飛んだ。今撃ったら、白夜の体を貫通した弾が向こう側の味方に当たってしまうだろう。白夜は静かにほほ笑み、クラシックバレエの旋回(シェネ)のように、くるくるとその場でステップを踏んだ。


 消える。また消える。暗闇の中を白い火花が明滅(ストロボ)し、そのたびに命の灯火が消えて行く。残響とともに、鮮血が(ウェーブ)のように次々と噴き上がる。


 胸を貫かれた者、頭を吹き飛ばされた者、背中から撃たれた者……動転した敵が銃を乱射し、仲間を撃ったのだ。弾が尽きる頃には、辺りはたちまち血の海と化した。足元に転がった肉塊を踏みつけ、白夜は脇目も振らず階段へ走った。


「待て!」


 敵と、それから彼女の後から降りてきた味方からも鋭い声が飛んだ。白夜は振り向きもせず、突撃銃を切り離すと、手榴弾で階段を爆破し退路を絶った。上の階は混乱を極め、新たな戦闘が始まっていたが、気にする余裕はない。狙うはただ一人、午尾日向の首だ。


 屋上から三階へ。


 ほとんど飛び降りるように階段を駆け降りて行くと、眼下の暗がりから、一体何処に潜んでいたのかと思うほどの人の塊がどっと押し寄せてきた。銃が特殊膜(バリアー)に阻まれると分かるや、彼らは刀を抜き、奇声を上げながら白夜に斬りかかって来た。


 その頭上を、白夜は跳んだ。

 敵が一瞬息を呑む。逆光の中、彼女はギラリと白刃を煌めかせ、そして嗤った。


 宮本武蔵から奪……預かった二本の刀で、流れるように首を斬り落としていく。軽い。それに良く斬れた。先の戦いで武蔵の動きをAI学習した白夜は、考えるより先に手足を動かした。ひらひらと宙を舞う蝶のように、ジェット噴射で敵の攻撃を掻い潜っていく。


 眼球を剣先で突き刺した。

 中で潰れた右目が、脳漿と一緒に、ぐにゃりと眼窩から溶け出るのが見えた。

 肋骨を叩き割り、心の臓を抉った。

 最後の最後まで鼓動を続けようと、餌食になった臓物が陸に上がった魚のように跳ねる。

 首をかっ裂いた。

 肉が引き裂かれる感触がした。骨が砕かれる音がした。血管がブチブチと千切れて行き、破裂した水風船みたいに、返り血が壁や天井にまで飛沫を上げた。

 

 饐えた鉄の臭いがツンと鼻を突く。手は緩めない。彼女の通った後を、ぼとぼとと首が落ちて行った。その一つ、断末魔の叫びの形そのまま大きく開いた口の中に、手榴弾を突っ込み、首を向こうに投げ入れた。3ポイントシュート。


 悲鳴が上がり、次の瞬間、轟音とともに周囲は爆炎に包まれた。手が吹き飛ぶ。足が吹き飛ぶ。骨が肉から飛び出していても、残念ながらタイムを告げる審判はいない。点差は開いていく一方のまま、白夜は地獄を、さらに下の階層へと向かった。


 元々向こうの切り札である龍の指環は、今や白夜の手中にある。向こうは飛車角落ち、こちらは開始中盤に竜王を打つ、と行った感じだろうか。将棋には『内竜は外竜に勝る』と言う格言がある。とはいえ敵最前線では当然狙われやすいので、捕まらないことが大前提だった。


 三階から二階へ。


 窓や瓦礫の隙間から、外が吹雪いているのが見えた。二階にもまた、大勢の人が立て籠っていた。踊り場に押し寄せる人の壁に向かって、白夜は消防車のホースを向けた。


 両腕に着けたガンタイプノズルから、勢い良く放水が始まる。こうも敵が多いと、点や線で捉えるより面で処理した方が早い。まるで滝壺に呑まれるかの如く、敵が悲鳴と共に下の階へと押し流されて行った。ただの水ではない。ガソリンだった。


「やめ……」


 目の前の、びしょ濡れになった見知らぬ男の顔が悲痛に歪む。


 あの日も確かそうだった。白夜は遠い目をした。孤児院が爆破された日。あの日も、幼い自分は両足を探して、地面を這いずり回り。降り頻る雨の中、何度も何度も泣き叫んだ。やめて。もうやめて。もうこれ以上、人を殺さないで……だけど誰も、彼女の声を聞く人はいなかった。


「やめろぉおおおおッ!」


 彼女は火を放った。たちまち男は業火に包まれ、黒墨となってその中で踊った。阿鼻、灼熱、餓鬼、畜生。いよいよ地獄の様相を帯びてきた廃墟の中で、白夜は一階へと辿り着いた。


 一階へ。


 最下層は、ほとんど光が届かないほどの常闇であった。暗視装置(ナイトヴィジョン)に切り替えて、腰のホルスターからberettaを取り出す。壁に背を張り付けて周囲を伺うと、奥から微かに音が聞こえてきた。


 それは、歌だった。


 蓄音機から流れる、クラシック音楽。

 バッハの教会カンタータ『Falsche Welt, dir trau ich nicht』(悪しき世よ、われは汝に頼まじ)であった。それ以外はない。誰もいないようだった。音のなる方へ、銃を構えたまま、慎重に廊下を進む。角を曲がると、突き当たりに扉があった。


 鍵はかかっていなかった。ゆっくりと扉を開くと、そこには

「よぉ」

 外の喧騒など全く無関係と言った具合に、のんびりとした書斎が広がっていた。

 

 大きな机の上に広げられた地図。古びた蓄音機。牛革のソファに、橙色の蝋燭。壁の本棚にはずらり本が並び、中には珈琲の香りが漂っている。椅子をくるりと回転させ、男が白夜に向かって両手を広げた。指名手配の写真よりも随分と年老いている。男は白い歯を見せた。


「良く来たな、白夜!」

「……『Komm, du süße Todesstunde』(甘き死よ、来たれ)の方が良かったんじゃない?」

「俺が死を待ち望んでると思うか? せっかく娘が逢いに来たのに?」


 残念ながら日向が最後まで言い終わることはなかった。言いながら、珈琲のカップに手を伸ばしかけた彼を、彼の胸を、白夜は銃で撃ち抜いた。


 男が椅子からひっくり返る。乾いた音が部屋中に響いて、鼓膜をぐわんぐわんと揺らした。


「びゃ……白夜……」


 望もうと望むまいと死は万人に訪れる。白夜は彼を見下ろすと、ゴーグルのボタンを押し、解析装置(ファクトチェッカー)を起動させた。米軍が最近開発したもので、これを使えば、生体スキャンで簡単に本人確認ができる。


 解析装置(ファクトチェッカー)青色(クリアー)を出した。つまり合成技術で変装したり、整形している様子はない。間違いない、数千とも数万とも言われるテロ組織の親玉、午尾日向本人だった。


 胸元から止めどなく血が流れ続けていた。ひゅーひゅー、と喉から掠れた音を出し、午尾日向が震えながら白夜を見つめた。口元から泡を吹いている。白夜は銃口を向けたまま、死に行く男をじっと見下ろした。


「白夜……げ……」

「…………」

「元気だったか……? け、怪我してないだろう……な……?」


 再び銃声が轟いた。銃弾は彼の額の真ん中を撃ち抜いた。瞳孔が開いたのを一瞥し、白夜はくるりと踵を返して書斎を出た。


『こちら午尾白夜。敵リーダーを殺害』


 無線機で淡々と任務の遂行を告げた。硝煙を漂わせ、無表情で、闇の中へと戻っていく。それから一度も、彼女は背後を振り返ることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ