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第18話 メメント

 検証の結果、指環に関する記憶は大体一週間に一度、自動的に消去されるようだった。


 ある朝、目覚めた時、白夜は再びそれに関する全ての記憶を失っていたのだ。


 おかげで依流乃は、そのたびに彼女に一から説明しなければならなかった。白夜は忘れないように手書きでメモを取り、それを誰にも見つからぬよう、自分だけが気付けるよう義手の中に隠した。


 肝心の、父親との……午尾日向との接触は、未だ成し遂げられていなかった。


「良い? 絶対に変なこと考えちゃダメよ?」

 依流乃は白夜に何度もそう念を押した。


「貴女を……敵である軍人をテロリストに紹介したなんて知れたら、私の立場だって危うい。貴女は正体を明かさない。彼の周りは常に大勢の護衛で溢れているわ。その場で交戦しようなんて思ったら、最悪、民間人を巻き込んで大惨事になってしまう。話をするだけ、顔を見せるだけ。変な考えは起こさない。それが会うための絶対条件」

「だけど、中々会えないじゃない」

 白夜は白夜で、こちらも不満げだった。


 ある時はメイド服で。またある時はナース姿で、はたまたスチュワーデスの格好で。


 喫茶店、病院、飛行場……と、午尾日向が現れると言われる場所を張っているのだが、未だに姿を現さない。もちろん向こうも追われている身なのだから、変装したり、警戒はしているのだろうけれど。


 軍にも内密にして、単独の行動だったから、白夜の方も中々時間が取れず、気がつけば数ヶ月が過ぎようとしていた。その間、地上では小規模な小競り合いが繰り返されたが、特に目立った進展はなかった。


 敵が内通者(スパイ)を送り込んでいると分かった以上、気軽に誰かに相談出来ない。一番信頼していた朝浦はもう死んでしまった。それに、もし日向と接触することが上層部に知れたら、血の繋がりがどうとかで、白夜は正式な作戦から外されるかも知れなかった。それでは意味がない。


 白夜は若干焦り始めていた。もしかしたら依流乃に担がれているんじゃないか。彼女はコスプレしたいだけなんじゃ……だが、見せてもらった指環の力は本物だ。他に手がかりもないし、こちらの線を当たる他なかった。


「ねぇねぇ、次はバニーガールとレースクィーン、どっちがいい?」

「…………」


 結局、どちらも外れだった。彼に会えたのは、それからさらに数ヶ月後、コミケ会場でコスプレをしている時だった。


 大晦日。

 会場は大勢の人で溢れていた。依流乃によれば、敵はこの中で民間人に紛れ、毎年内密に会合しているらしい。なるほど物資のやり取りにはもってこいだし、何より主人公たちは、コスプレ会場ならわざわざ変装する必要がない。素のままで出歩いても、誰にも不審がられないだろう。


「じゃ、私、撮影会があるから」


 そう言うなり、依流乃はさっさと何処かに姿を消してしまった。白夜は諦めて、会場の外の芝生をぶらぶらとし始めた。


 白夜は今回、なんと指名手配中の午尾日向()()()()格好(コスプレ)をしていた。


 最新の技術を使えば性別だって変えられる。危険が伴うが、彼の顔をしていれば、向こうから接触してくるだろうと言う算段だった。果たしてそれは上手く行った。


「お兄さん、それじゃダメだよ」


 そう声をかけられたのは、会場から少し離れたベンチで、休憩をしている時だった。サッカーボールを脇に抱えた少年が、いつの間にか白夜の前に立っていた。見た目は小学生くらいの少年だった。もちろん、今時見た目は自由に、年齢だって変更可能だ。


「知ってる。その人、悪い人でしょう? ネットで見た。今時悪役なんて。それじゃ人気でないよ。もっとかっこよくて、可愛い、ヒーローかヒロインじゃなくっちゃ!」

「……彼は、原住民にとってはヒーローだよ」


 白夜は慎重に、言葉を選びながら話しかけた。見た目で判断してはいけない。このあどけない姿をした少年が、もしかしたら敵かも知れないのだ。


「彼は革命家さ。上空国民に支配されたこのネオ日本の、虐げられた者の解放者なんだ」

「気取っちゃってぇ。今時流行らないって、そんなの」

「おかし食べるかい?」


 白夜はポケットからビスケットを取り出した。もちろんただのビスケットではない。中に消化型のGPSが仕込んである。これを食べれば、特殊なGPSが胃で消化され、血管を通じて全身に行き渡る。細胞が全部入れ替わるその日まで、除去する方法はない。


 ムンバイ条約で使用が禁止された食物兵器だったが、白夜はこっそり軍の科学施設から持ち出していた。これを敵に食べさせ、しばらく泳がせる。そうすれば、各地に散らばった拠点を一網打尽にできるだろう。


 処分は覚悟の上だった。軍を馘首になっても構わない。その代わり刺し違えてでも私が父を殺す。そのために私は今日まで生きてきたのだ。


「ありがとう!」


 少年は屈託のない笑顔で、白夜の隣にぴょんと座った。万が一彼がシロでも、数年経てばGPSは消え去る。後遺症はない。美味しそうにビスケットを頬張る少年を、白夜は気付かれぬよう、静かに観察した。


「坊やは悪役(ヒール)は……午尾日向は好きじゃない?」

「だって、革命だ解放だって言いながら、やってることは暴力と殺人なんだもの。許されるわけないよ」

「どうかな」


 白夜は午尾日向に……父親になり切って答えた。


「それは主役(ヒーロー)も同じだろう。正義だ愛だと謳いながら、やってることは結局同じだ。暴力で相手を屈服させ、改心という名の洗脳を施し、他者の死を勝利と喜ぶ。彼らにとっては、敵のいない世界が、平和な世界なんだ。平和な世界っていうのは、つまり多様性を認めない世界さ」

「人を殴るのも自由? 殺人だって多様性?」

「そうだよ」


 白夜は嗤った。


「元々はそうだ。元々、この世界は何をしても自由だった。人間は自由だったんだ。だけど誰かが……いつからか、この世界にルールを作った。アレはしちゃいけませんとか、コレは禁止ですとか」

「…………」

「そりゃ上手く行ったルールもあるだろう。だけどそれで、理不尽に潰された奴だって大勢いる。俺はそれが憎かった。誰かが勝手に作ったルールを押し付けられるのが。だから、全部ぶっ壊してやろうと思った。俺がルールを作る側に回ろうと思ったのさ」

「『第一話』だね」


 少年が満足そうに頷いた。今のセリフは、何も白夜の創作ではなく、日向を扱ったコミックに載っているものだった。この会場では、如何にアニメや漫画の名言を暗記し、忠実に再現するかが重要視される。何だかんだ言って、彼はコミックのファンらしい。


「嗚呼。あれを持ってるか?」

「あれ?」


 白夜は大袈裟に肩をすくめた。少年が身を乗り出して来たのが分かる。ここからは即興(アドリブ)だ。カマをかける。


「あれだよ。俺たちがルールを作る道具。ほら、コミックにもあっただろ?」 


 指環の記憶は、一般人は持っていない。教えてもらわない限り、保持できるのは指環持ちだけだ。これに反応すれば、相手の素性が知れる。


「ああ、指環のこと?」

 少年はあっさりそう言った。


 白夜は小さく息を呑んだ。身を強張らせないように、細心の注意を払う。


「ああ、それそれ。レプリカでも作って、持ってくりゃ良かったな。せっかくコスプレしてるんだから、指環がないとな」

「あげようか?」

 

 そう言って、少年はポケットからそれを取り出した。今度こそ、白夜は固まった。あの指環だった。記憶を無くしたあの日、あの男に奪われた龍の指環。


「それ付けててよ。似合うから。おかしをもらったお礼」

「これ……坊やが作ったの?」

「ううん。本物だよ。彼……午尾日向は、その指環を何とか娘に渡そうとしてたんだけど、だけど決闘指環(ペアリング)はペアリングしてないと、本人の元に戻って来ちゃうんだ」

「あなた……」


 いつの間にか白夜は素に戻っていた。呆然とした表情で少年を見つめる。


「あなた……誰?」


 少年はサッカーボールを抱えて、屈託のない笑顔で答えた。


「信じてもらえないかも知れないけど……僕は午尾日向の良心だ」

「リョウシン……?」

「もうすぐテロリスト側の総攻撃が始まる」


 少年は表情ひとつ変えずにそう言った。まるで、明日のサッカーの試合予定を話すみたいに。


「そうなると、大勢が死ぬ。彼らは本気で天空都市を、ネオ・トーキョーを落とすつもりだ。日向は最後まで反対したけど……だけど組織は、もはや彼の意思とは無関係に動いている。たとえ彼が死んだって、最後の一人になるまで戦い続けるだろうね」

「…………」

「そうなる前に、その指環の力で、彼らを止めて欲しい。そして出来れば……」

「…………」

「…………」

「……何?」

「……出来れば彼を助けてやって欲しい」


 遠くの方で歓声が聞こえる。白夜は、少年が何を言っているのか、良く分からなかった。


「そう……彼は、彼の組織は、大勢の人を殺した。だけど彼は黒幕じゃない」

「……何言ってるの?」

「君が午尾日向を憎んでいることは知ってる。だけど、それも引っくるめて、信じて欲しい。どうか彼を殺さないで」

「今更……」

「全部仕組まれた罠だったんだ。本当の黒幕は……」

「午尾日向!」


 突然大きな声が耳元で聞こえて、白夜は我に返った。

 気がつくとベンチの前に、大勢の少年少女たちが集まっていた。皆キラキラとした目で白夜を見上げている。


「午尾日向でしょう? その格好!」

「ねえ、一緒に写真撮ってよ」

「ポーズ決めて!」


 即席撮影会が始まった。白夜は、抵抗する間も無く、揉みくちゃにされてしまった。


 ようやく人の波が引いた頃には、いつの間にかサッカー少年はいなくなっていた。白夜の掌に、龍の指環だけを残して。

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