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第16話 時計じかけのオレンジ

「……じゃが、るーるを決める時には審判(れふぇりー)から出される課題をこなさなくてはならないのでな。条件を満たさなければ指環の能力は発動しないのじゃ」

「その審判ってのが、この狼?」


 白夜は話に飽きて毛繕いを始めた子犬……もとい狼を指差した。両手両足を縛られた武蔵が、厳かに頷いた。


「左様」

「狼だけ? それ以外にもいるの?」

 プロレスラーのライザーから回収した指環からは、熊のマスコットが飛び出してきた。


「うむ。ワシも全部は見たことないが、他にもネコ科だったり、ウマ科だったり、色々な紋章があるようじゃ。何が違うのかと言われると返答に困るが、まぁ、剣の流派みたいなものと思えば良い。持ち主に協力的な審判もおれば、やけに気難しい奴もおる。自分との相性もあるからの。犬が好きなのと実際に犬を飼うのは別じゃ。どの指環が自分に合ってるかは、試してみらんと分からん」

「なるほどね。審判……指環に宿った守護者ってところかしら?」

「何だかますます御伽噺じみてきたな」


 少し離れたところで腕組みをしながら、朝浦が唸った。


 淡路島での戦闘から三日後。

 白夜たちは軍の施設に戻り、生き残った捕虜に尋問を試みていた。

 死者24人。

 負傷者の数は数百人に及んだ。これほどまでに大規模な戦闘、お互いが真正面から打つかり合うのは久しぶりだった。今まで大概のタレコミはデマがほとんどだったのだ。


 だが今回も結局、決着には至らなかった。激しい戦闘を掻い潜り、白夜たちが拠点にたどり着いた頃にはテロリストの主要メンバーは誰一人として残っていなかった。転送不可の電磁網(バリアー)を張り、島全体を包囲していたはずなのに……あまりの手際の良さに、佐藤中尉などは、軍に内通者(スパイ)がいるのではないかと疑っていたほどだ。


「るーるは一回の戦闘で三つまで設定できる。特に三つ目は、()()()()()()()も跳ね上がるため、必殺技のように設定している持ち主が多いようじゃの。ワシは、瀕死のだめーじを受けたら《ふぃーるどにさらに六体の宮本武蔵を召喚できる》と云うものじゃった。七人の侍で敵を囲んで袋叩きにするんじゃ。ひひひ。コイツらは強いぞぉ。何なら今此処で見せてやろうか?」

「結構」


 武蔵の向かい側で、白夜は冷たく言い放った。これだけ犠牲を払って、結局捕えたのは何も知らされていない組織の末端か、傭兵として雇われた武蔵のような部外者だけ。拠点にも大した情報は残されていなかった。だからこそ、手に入れた指環の情報は最重要機密事項(トップ・シークレット)で、白夜たちも何とか戦果を得ようと躍起になっていたのだった。


「ワシは今まで、数々の戦場を巡り、武者修行を続けてきた。じゃが、乱世の英雄も戦が終わればただの人殺し。失意の日々を過ごしていたところ、奴らに拾われたのじゃ。奴らは……お前の父親は恩人じゃよ。何と言われようとも、武人にはやはり戦場が必要なんじゃ」

「それは違うわ。戦の間だって、人殺しは人殺しよ。ただ御国のためだとか名誉のためだとか、何かと理由をつけて正当化してるだけじゃない。言い訳しないで。貴方は最初から、英雄なんかじゃなかったのよ」

「口の減らぬ小娘じゃの。そういう貴様こそ、今回何人殺した? それを自分の中でどう正当化しておるのじゃ? まさか、『自分の殺しは正義の殺しで、敵の殺しは悪の殺し』などとは云うまいな?」

「私は正義の味方じゃない。悪を滅ぼすためなら、悪にだって手を染めるわ」

「フフン! ()()()()()と変わらんじゃないか! やはり()()と云うわけだ」

「待った、そこまでだ!」


 白夜の手が太もものホルスターに伸びたところで、朝浦が慌てて止めに入った。武蔵がニヤニヤとその様子を眺めている。


「落ち着け。お前が挑発に乗ってどうする」

「……ちょっと風に当たってくるわ」




 白夜は朝浦から目を逸らし、弾かれるように席を立った。狭く薄暗い尋問室を出ると、蛍光灯の不健康そうな明かりが躊躇いもなく網膜を焼いた。腕時計を覗き込む。

2時18分。

白夜は軽く息を吐き出して、東西に長く伸びる廊下にコツコツと足音を響かせた。窓はない。施設にいると、外の世界が昼か夜かも良く分からなかった。もっとも、東京以外のほぼ全域が汚染され戦闘地域になった今のネオ日本では、空一面を排気ガスが覆い、昼だろうと夜と大して区別がつかなかったが。


 歩きながら次第に呼吸を整えていく。脳内でAIチップがフル回転している音が聴こえてきそうだった。父親のことを言われるとどうしても頭に血が昇ってしまう。


 白夜は血筋や血統というものが嫌いだった。

 絆や愛情も、本人が苦痛に感じれば鎖や呪いに変わる。薬の本質は毒であるのと同じことだ。致死量が個体個体で違うのに、愛をさも万能薬のように盲信する意味が分からない。


 確かに父は私を愛していたのかも知れない。それは理解できる。だが彼の正体を知った時……愛情は深い失望に、そして激しい憎しみへと変わっていった。父は犯罪者だった。どんな理由があろうとも、殺人やテロを正当化することはない。それは私自身の行いも同様にだ。


 私は私を許せない。許さない。自分のことが大嫌いだった。そして、それ以上に、父親のことも。それが私の存在理由なのだ。それが……


「……でも、逆に言えばだよ。どんな鎖も呪いも、本人次第で絆にも愛情にも変えられるってことじゃないかな」


 そう言っていたのは朝浦だった。彼に初めて抱かれた時、腕の中で、そんな風に語っていた。詭弁だと思った。愛は万能薬じゃない。『お前を愛しているから』と言いながら殴ってくる下衆野郎を、一体どう正当化しろと言うのか? そんなものはただの言い訳だ。


 ……記憶のさざ波を振り払い、転送室へ向かう。一度自宅に帰り、シャワーを浴びる予定だった。それから、指環。


 白夜は目を細めた。あの龍の指環が、まだ部屋に転がっているかも知れない。今まではただ単に不気味な存在だったが、こうなってくると話が変わってくる。主人公以外に指環を使うことは難しいかも知れないが、しかし、ここ数年見つからなかった重要な手がかりには違いない。敵の武器を解析すれば、戦局を打開できるかも知れなかった。


 一つ疑問が残るとすれば、何故そんな大層なものを今の今まで見過ごしていたのか? という点だが……。


 転送室から直接自室の前に飛び、部屋の扉を開けかけたところで、彼女は()()()に気がついて鍵を回す手を止めた。

()()()()

気配を感じる。部屋の中に何か……と言っても幽霊の類ではない……何か大きな生き物が、息を殺して潜んでいるような気配がした。


 慎重に、音を立てないようにして、白夜は扉の中に滑り込んだ。電気は点けないまま、ひたひたと廊下を忍び足で歩き……それから勢い良く寝室の扉を開けた。


 その瞬間、目が合った。金髪の髪。ワインレッドのボディスーツ。顔には蝶の形をした仮面を被っている。少女だった。少なくとも見た目は10代か20代くらいの少女に見える。


 とはいえ、人は見た目では判断できない。ネオトーキョーではなおさらだ。ネオ日本人の平均寿命が120歳にまで伸び、アンチエイジング技術が発展した現代では、100歳越えの老人でも10代の若者と同じ瑞々しい肉体を保っていた。中にはあえて皺を刻む人もいる。年齢も、性別も、肌の色も……まるでレトロゲームのキャラ作成(メイク)みたいに、人々は自由に自分自身を調整(カスタマイズ)できるのだった。


 二人は一言も喋らず、しばらくそのままの姿勢で硬直した。


 白夜は扉の前に立ち尽くし、目を泳がせた。愛銃は無事だ。だが、壁に穴が空いている。そこから侵入して来たのだろう。少女の方は、まるで猫のように床に四つん這いになって固まっていた。何かを拾っている。何か……少女の指先に、指環が光っているのが見えた。


「……誰!?」


 言いながら、反射的に白夜は銃に手を伸ばしていた。泥棒? 

 彼女は驚いた。そんなもの、もう死語かと思っていた。軽犯罪はこのAI社会でとっくに淘汰されたはずなのに。都民は幸せになる義務がある。不幸になるような行動は、予め脳に埋められたチップで制御されるはずだった。


 そもそも軍の最新設備で防護されたこのマンションに、どうやって忍び込んだのだろうか? 


「待って! 撃たないで! お願い!」

 少女が慌てて両手を上げ尻餅を付いた。油断はできない。降参した演技(フリ)かもしれない。

「此処で何してる!? 何者なの!?」

「私の話を聞いて……白夜ちゃん。えぇ、そうよ。私は貴女のことをよぉく知ってるわ」


 白夜は彼女のことを知らなかった。面識もない。宝石泥棒の知り合いもいなかった。


「ねぇ、取引しない?」

「取引?」

 少女が小首を傾げ、甘えるような声で言った。

「私を見逃してくれたら、貴女のお父様の居場所を教えてあげる」

「何……?」

 白夜は息を呑んだ。少女がにっこりと笑った。


「本当よ。貴女のお父様とは、昔から知り合いなの。貴女の産まれる前からね。今何処に隠れているかも知ってるわ」

「そう……犯罪者同士仲良くしてたってわけ……」

「ウフフ。嫉妬?」

「違う!」

 白夜はもう少しで発砲しそうになった。

「ねぇ、悪い話じゃないと思わない? 貴女は愛しのお父様に逢える。私は此処から無事に逃げおおせる。大丈夫。部屋に泥棒が出たなんて、今どき誰も信じないわよ!」

「助かりたくて嘘を付いてるのなら……」

「信じて。お願い。白夜ちゃん、いい子だから」


 少女はいつの間にか目を潤ませていた。


「……私、貴女のおしめを変えたことだってあるんだから」




 それから数十分後。

 白夜は軍の施設に戻っていた。

3時02分。

長い廊下を足早に、尋問室へと向かう。彼女は面食らっていた。AIチップでも制御できないくらい動揺していた。戦闘中ですらそんなことはなかったのに。どうして。


 分からない。自分には身寄りがいないと思っていた。AIが選んだ人工凍結卵から、試験管(フラスコ)の中から産まれ、物心付いた時には、母親も親戚もいなかった。


 やがて孤児院もテロで爆破された。友達と呼べる者は全員死んだ。それからずっと、自分の名前を呼ぶ者さえいなかった。その代わりこう呼ばれた。犯罪者の娘。テロリストの子。人殺しの末裔。悪人の血統……。


 ……あぁ、そうか。幼心に、一つだけ、私にも分かったことがあった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……白夜は気がつくと唇を噛み締めていた。泥棒少女は結局、拘束して、部屋に置いてきた。


 もし彼女の話が本当なら……絶好の機会(チャンス)に違いない。だが、信憑性は限りなく低い。

そんな美味い話があるだろうか? 

むしろ罠である可能性の方が高かった。あの泥棒が何を企んでるのか。分からない。自分の中でどう処理して良いか分からない感情が渦巻いていた。


 直ぐに結論は出せなかった。慌てて答えに飛び付くと、自分の信じたい方を信じてしまいそうになる。白夜は雑念を払うように頭を振った。余計なことを考えるな。今はまだ任務中だ。後でじっくり話を聞けば良い。そう自分に言い聞かせた。


 そういうことがあって……慣れない動揺のせいで……彼女も二度目の()()()にはとうとう気づけなかった。荒々しく尋問室の扉を開いて、そこで白夜は初めて異変に気がついて、大きく息を呑んだ。


「何……!?」


 狭い部屋の中は、まるで嵐が起きたか、巨大な獣が暴れ回ったかのように荒らされていた。滅茶苦茶だった。壁には大量の血痕と、大きな爪の痕が残されていた。机がひっくり返されている。監視カメラが壊されている。床に武蔵が倒れていた。それも一人じゃない。七人もだ。朝浦もまた、その上に重なり合うようにうつ伏せになっていた。


「何があったの!?」


 薄暗い部屋の中で、白夜は急いで朝浦に駆け寄った。怪我が酷い。だが、幸い致命傷ではないようだ。襲われたのだろうか? でも、誰に? どうやって?


「大丈夫!? 今助けを……」

「白夜……逃げろ……」


 朝浦が掠れた声でそう警告した。白夜は顔を上げ、とにかく助けを呼ぼうと扉を振り返った。


 ……だが結局、彼女は助けを呼ぶことはできなかった。振り返ると、入り口に、見知らぬ男が立っていた。逆光で、顔さえ良く見えない。白夜は目を細めた。


「ルール①だ」


 見知らぬ男は、白夜を指差してそう呟いた。


「《指環のことは忘れる》。お前らは此処であったことを、覚えていられない」

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