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第15話 七人の侍

 月明かりが一瞬(ふと)、薄雲で途切れる。

 視界が、橋の上が黒墨で塗りたくられる。次に雲の隙間から月明かりが顔を覗かせた時、白夜の投げたナイフは、二本とも足元に払い落とされていた。今度は彼女が目を見開く番だった。向こう側で武蔵がニヤリと嗤った。


 白夜は素早く撒菱(まきびし)を撒いた。武蔵が草鞋なのを見て、先ほど3Dプリンタで作成したのだった。尖っているからこれも刃物には違いない。敵を近づけさせてはいけない。剣士の間合いに入ってしまったら、あっという間に斬られてしまうだろう。武器の熟練度で劣る以上、常にこちらが有利な距離で戦う必要がある。


憤怒(ふん)……」


 武蔵は鼻息荒く、ひょいと身軽く跳躍すると、向かって左の欄干に飛び乗った。旋風が吹く。深編笠が頭からはらりと落ちた。剣豪は長髪を靡かせ、そのまま欄干をととと……と、一直線に駆け抜けてきた。


 白夜はベルトからウルミを抜いた。

 ウルミ。インド発祥の、柔らかい鉄でできた、鞭のようにしなる長剣である。普段はベルトのように腰に巻き付けておき、いざと言う時剣として使う。

名前の意味は「雷の音」。

普通、ウルミの刀身は90cmほどだが、白夜はさらに長く5mで作らせた。剣と言うよりも鞭として使うつもりだった。こちらに迫ってくる武蔵めがけて、彼女は特注鞭(ウルミ)をしならせた。


 バチン、バチンと音を立て、曲がる刀剣が武蔵の体を捉える。だが剣豪は、顔色一つ変えることはなかった。慌てず、左の刀でそれを受け……ウルミは左の刀に巻きついた……すぐさま右の刀を繰り出してくる。相手は二刀流だ。白夜は半身になり、慌てて先ほど手放した太刀を手にした。近い。間合い……すでに武蔵の間合いである。


「てやぁーっ!」


 武蔵が欄干から跳躍した。黒い影が月明かりに重なり、白夜は思わず目を細めた。天高く掲げられた刀が、上段から勢い良く、落雷のような激しさで振り下ろされる。疾い……!

 受け止める余裕もなかった。体重の乗った武蔵の斬撃が、白夜の防御よりも先に、彼女の肩に喰らいついた。


「が……っ!?」


 左肩から鮮血が舞い、顔半分が返り血で染まる。分かっていたのに。白夜は驚いた。鍔迫り合いにもならなかった。攻撃が来ると分かっていたのに、それでも防げなかった。これが剣豪の、達人の技か。


 柔らかい肉をずぶずぶと斬り裂かれ、刀身が骨にまで達しようとした時、幸い防弾ベストの特殊合金によってそれは阻まれた。もし強化服を着ていなかったら、心臓まで一気に真っ二つにされていたことだろう。白夜はゾッとした。


 痛みはない。すぐにAIチップが制御してくれる。だがそれでも、心に刻まれた恐怖が彼女を一瞬怯ませた。と、同時に顔の右半分に衝撃が走る。


 武蔵が拳を繰り出したと分かったのは、殴られてからすでに数秒経った後だった。今度は相手が自分の刀を手放したのだ。ウルミに巻きつかれた左を諦め、肉弾戦に切り替えてきた。さっきのお返しだと言わんばかりに、武蔵がニッと歯を剥き出した。


 朦朧とする頭で、白夜は逃げるようによろよろと欄干に背を預けた。まるでロープに追い詰められたボクサーだ。武蔵は彼女の肩に食い込んでいた刀を抜き、今度は両手でその刀を握りしめた。一刀流の構え。三日月に届かんばかりに、血塗られた刀身が天高く掲げられた。


「よもや頭まで鉄で出来ているとは言うまいな」

「くっ……!?」

「疾ッ!」


 武蔵が気炎を吐いた。またしても、目にも止まらぬ疾さで刀が振り下ろされる。紫電一閃。苦し紛れに突き出した義手を、なんと武蔵は、グリグリと叩き斬り始めたではないか。


 白黒の世界に橙色の火花が飛び散る。いくら3Dプリンタで作った簡易版とはいえ、強度は鋼鉄並みだ。白夜は目を見開いた。信じられない。コメディキャラのくせに本当に強いだなんて。鉄を斬れるなんてルール違反だ。


 このままではまた腕を失ってしまう。一か八か手を引っ込める。身を捩って、直撃は避けられたものの、振り下ろされた武蔵の刀は欄干を破壊した。

「きゃあっ!?」

 崩壊する欄干から、白夜は身を放り出された。元々古い橋だったのだ。下は黒黒とした川だった。何とか手を伸ばし、剥き出しになった木材を掴む。落下の寸前、彼女は辛うじて片手で、崩れた橋にぶら下がった。


 手を離すわけにはいかない。先ほどの戦いでジェット噴射の燃料はほぼほぼ使い切っていた。


「勝負あったな」


 見上げると、武蔵がニヤニヤと嗤いながら、こちらを眺めていた。刀を握るその指にはルビーの指環が光っている。


「フフン。猪口才な小娘め。その程度の付け焼き刃が本物の剣豪、七人の侍の集合体に通じると思ったか? いくら上等な業物を手にしたからとて、所詮そんなものは猫に小判、豚に真珠よ。ふむ。じゃがそうだな……条件は満たされた。次のるーる②は《投げるの禁止》にしておくかの。これで小細工も出来まい」


 武蔵が呵呵と嗤う。その嗤い声に合わせて、指環が妖しげな光を宿した。白黒の世界でなかったら、その揺らぎだけでなく色も確認できただろう。また指環……白夜は目を細めた。


 あの指環を一度調べる必要がある。一体どうやって魔法をかけているのか。条件とは何か? ルールは自由に設定できるのか? 何より、同じような敵とは何度も戦っているはずなのに、どうして私たちは指環のことを覚えていないのか?


「〈武士道とは死ぬことと見つけたり〉」

 一方、武蔵は厳かに言い放った。冷たい夜風が白夜の頬を撫でて行く。

「『葉隠』じゃよ。若い奴は知らんか。貴様も日本人の端くれなら、潔く負けを認め、死ぬのが良いわ」


 老人が再び剣を高く掲げた。薄雲が足早に三日月の前を過ぎる。ギラリと光る銀色の刃を見上げながら、白夜は無表情で答えた。


「私はそうは思わない。私は武士じゃない。私は、潔く死ぬことがかっこいいだとか、美しいだなんて思わない。たとえ手足が捥がれても、最期の最期まで生きる道を探す」


 白夜は左手に握りしめた太刀を、橋の下から力強く振り上げた。武蔵には当たらなかった……元より狙ってもいなかった。狙っていたのは、その足元だ。橋の裏側から、最上大業物が斬れ味鋭く、半壊した木材を叩き斬る。

「むっ!?」

 いくら天下御免の武蔵とはいえ、足元の裏側部分、届かない範囲の斬撃を防ぐことはできなかった。


 ぐらり、と視界が揺れる。崩壊した橋ごと、剣豪が白夜の上に降ってくる。その白夜も自由落下を始めていた。墨を溢したような黒黒とした川に、橋の残骸が、2人の影が飲み込まれていく。土煙を上げ、周囲に轟音が響き渡った。


「ぬおおおおっ!?」


 不幸なのか幸いなのか、川はそれほど深くはなかった。おかげで白夜は溺れずに済んだし、だがしかし、腰を思いっきり強打してしまった。


 パラパラと木材が、霧雨のように頭上から降り注ぐ。悪態を吐きながら、何とか上体を起こす。少し離れた場所で、武蔵も顔を上げた。


「…………」

「…………」


 ずぶ濡れになりながら、お互いしばらく無言で睨み合った。落下の衝撃で、白夜は太刀を手放してしまっていた。それは向こうも同じだったのだろう。武蔵が視線を泳がせた。


 視線の先には、橋の上から蜘蛛の糸のように、一本の筋がぶら下がっていた。ウルミだった。先ほど武蔵の左の刀を無力化した鉄の鞭が、白夜と武蔵の、ちょうど中間地点で光っている。再び視線があった。お互い、考えていることは同じだった。


「…………」

「…………」


 2人同時にウルミに向かって駆け出す。武蔵の方が疾かった。彼は飛びつくように、ウルミの柄に手を伸ばして、勝ち誇ったように嗤った。


「うわはははははーっ! 天は我に味方せり!」


 長い刀身のウルミを振るい、白夜を斬り捨てようとした武蔵だったが、しかし、ウルミはぴくりとも動かなかった。

「な……」

 驚く武蔵は、一瞬、紐でぶら下がったような形になった。白夜はお返しのお返しに、宙に浮いた剣豪を、渾身の力を込めてぶん殴った。


 鈍い音がして、特殊合金製の義手が老人の顎を粉々に砕いた。武蔵は白目を剥き、そのまま橋脚まで吹っ飛ばされた。黒い水飛沫が高々と舞う。

 

「んな……な……!?」

「惜しかったわね。貴方の方が疾かったのに」

「な、なぜ……!?」

「何故この武器が貴方に使えなかったかって?」

 白夜はそれから、ウルミを握りしめ、小さくほほ笑んだ。


「【生体認証】よ」

「ふぁ……?」

「最近作られた武器には、指紋認証とか顔認証とか、個人認証(マイナンバー)があって、持ち主の承認無しには使えないようになってるの」

「う……うぐ……!」

「別にルールは破ってないわ。生体認証……年寄りは知らないかしら。これが現代の常識よ、時代遅れの大剣豪さん」

「ぐぅ……!」


 ウルミが鞭のようにしなり、武蔵の身体を縛り上げた。拘束された剣豪が目を白黒させる。世界がうっすらと色を取り戻して行った。


「死なせはしないわ……指環のこと、詳しく教えてもらわなくちゃね」

『白夜!』


 AIチップ越しに朝浦から白夜に連絡が届いたのは、ちょうどそんな折、彼女が武蔵を縛り上げた頃だった。


『応援頼む! こっちに来てくれ! テロリスト共の拠点(アジト)が見つかった!』


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