第14話 ネバーエンディング・ストーリー
「ワシの名は宮本武蔵じゃ」
白黒に染まった世界で、着流しの男がそう名乗った。気がつくと、白夜は桟橋の上にいた。半月型の、古びた木でできた太鼓橋。橋の下には小川が流れ、水面にゆらゆらと三日月が浮かんでいる。静かだった。周囲に人影はない。先ほどまでいたはずのライザーも、いつの間にか姿を消している。
「そう。どの宮本武蔵? 作者は誰?」
白夜は尋ねた。宮本武蔵を名乗る男なら、昔私が住んでいた村にも一人いた。その男は一升瓶を肌身離さず抱えては、毎日借金取りに追い回されていたが。武蔵を扱った書籍も映像作品も数えきれないほどある。星の数ほどある宮本武蔵・異世界から、一体どの武蔵が迷い込んで来たのだろう?
「ワシが本物の宮本武蔵じゃよ」
「皆さんそう仰られますわ」
老人がニヤッと嗤った。
「まぁ聞け。かつて……世界中の武蔵たちが思った。世間には武蔵を名乗る者が溢れておるが、この中で、一番強い宮本武蔵は果たして誰か? と」
「そんなに溢れてるの?」
「そこで、多元宇宙中からありとあらゆる宮本武蔵が一箇所に集められ、そこで大会が始まったのじゃ」
「暇だったのね」
「一番強い宮本武蔵を決める大会……M -1グランプリはこうして始まった。出場者は一万超! 優勝賞金は1000万円じゃ!」
「今度私もエントリーして見ようかしら」
「小娘、舐めるんじゃあない。剣豪同士の対決は、負ければ死。現場は武蔵蠱毒、いや武蔵地獄よ……大会が進むごとに、新進気鋭の武蔵たちは死屍累々を積み重ね、やがて決勝では七人の武蔵たちが合間見えた。その中に当然ワシも残っておった」
「じゃあお爺さんが優勝したのね?」
「いいや」
老人が得意げに鼻を擦った。
「七人は全員、死闘の末、斬り合って死んだ。そして七人の死体から、骨格や筋肉、それぞれの良いところを選び抜いて悪魔合体させ、出来上がったのがこのワシじゃ。いわば究極の宮本武蔵! ワシこそ、全ての武蔵を凌駕する、THE FIRST・グラップラー・イケメン・爆乳・吉川・司馬・宮本武蔵なんじゃーッ!」
「……ゾッとしないわね」
白夜は肩をすくめた。THE以下略宮本武蔵が、もう一本、刀を抜いた。なるほど二刀流だ。
「さぁ小娘。死合を始めようじゃないか」
「息巻いてるところ悪いけど……」
THE、THE、と間合いを詰めてくる武蔵に、白夜は先ほどの戦いで爆発した義手を掲げて見せた。
「手を取り替えても良いかしら? それから武器も。それとも武蔵って人は、武器を持たない女の子を一方的に斬りつけるのが趣味なの?」
「良いじゃろう」
異形のキメラ……もとい武蔵は、白夜の壊れた義手を眺めつつ、興味深げに顎鬚を撫でた。そして右手の人差し指に光るルビーの指環を彼女に見せて嗤った。
「その代わり、こちらも律格を指定させてもらうぞ。るーるそのいち、①《武器は刀剣に限る》じゃ! やはり剣豪同士の闘いは、斬り合わねば格好がつかぬ」
「良いわよ」
白夜はというと、こちらもまた、不敵な笑みを浮かべている。剥き出しになった義手の骨組みの部分で、こめかみを叩く。すると、何処からともなくふよふよと飛行バイクがやってきた。白黒に染まった彼女の愛車”Irving”が頭上で停止した。
余談だが、大型二輪飛行バイクは、数世代前の宇宙船と同レベルのデジタル航空電子機器パッケージを搭載していた。最高時速900km。360°張り巡らされた特殊膜構造で、運転手は雨風の影響を完全制御でき、路上のストリートバイクと変わらない快適さで空の旅を楽しめる(販売元談)。
スマートキー、生体認証はもちろんのこと、同期されたAIチップによりどんな異世界に居ようと何処からでも遠隔操作可能。いかなる惑星のいかなる劣悪環境だろうと視界を「clear」にでき、どんな悪天候でも飛行が可能だ。
さらに座席下には嬉しい簡易転送装置も装備。簡単な無機物なら24時間いつでも転送可能。これでもう、自宅に起き忘れた釣竿やキャンプグッズなど、一々取りに戻らずに済みます(購入者の声)。以上余談なので、読み飛ばしてもらって構わない。
白夜はさらに、上司には内緒で改造を施し、3Dプリンタも組み込んでいた。これで自宅にない武器でも、その場で即席製造することができる。空中スクリーンに映し出されたカタログから、目当ての武器を早速注文発注した。
ここまでわずか数秒。かつては1cmの物を作るのに一時間以上かかっていた3Dプリンタも、今では自動販売機でジュースを買うのと同じ感覚で、あっという間に武器が作れてしまう。
「THE……お爺さん。刃物なら何でも良いのよね?」
「そうじゃ。どうせそれ以外はルール違反で弾かれる」
「そう。ありがとう、お爺さん」
「フン。まさかこのワシに勝てると思っておるのか? 舐められたものじゃな……」
武器の作成が終わった。段ボールに包まれた商品がボトボトと白夜の足元に落ちてくる。新しい義手。出来立てほやほやの最上大業物。
義手を嵌め、普段は使うことのない珍しい武器をしげしげと眺めていると、武蔵は膝下、下段に構えていた二本の刀を、す……っと頭上まで持ってきた。何だかカマキリの威嚇か、クワガタ虫みたいね、と白夜は思った。白夜は武蔵の真似をして、銀色に光る太刀を両手で掲げた。
静かだった。お互いの呼吸の音が分かるほどに。月明かりが照らす橋の上。刀を構えた男女がじ……っと向き合う。
「ワシは今まで……数多の剣豪を斬り捨ててきた」
「ごめんなさい。貴方の活躍する物語を、読んだことがなくて」
「今なら444話無料じゃぞ。この機会にどうじゃ?」
「せっかくだけど……っていうかそれだけの話数を費やしておいて、まだ完結してないの? 貴方、それでも本当に剣豪? もしかして、聞いてもいない哀しい過去を延々と語ったり、興味のない余談を挟んだりして、ただダラダラ引き伸ばしてるだけなんじゃ」
「フフン」
何だか少し傷ついたような顔をした武蔵が、左足を前に出し、半身の姿勢を取る。そして左は上げたまま、右の刀を下げた。左で相手の刀を受けて、その隙に右で仕留める。二天一流の構えである。
「剣の勝負は一瞬よ」
武蔵が深く長く息を吐き出した。途端に空気が張り詰めて行くのが白夜にも分かった。義手で助かった。白夜はホッとした。もしこれが生身の掌なら、きっと握る柄にも汗がじんわりと滲んでいたに違いない。
「行くわよ……」
「……来い」
遠くの方で、夜鷹が鳴いた。
それが合図だった。
白夜は太刀を大きく振りかぶって……そのまま両手をパッと離した。
武蔵が目を見開く。太刀は頭上からくるくると落ちて、古びた橋の上に刺さる。彼女は首元に隠していたナイフを両手で掴むと、勢い良く武蔵に向かって投げつけた。
次週へ続く! 引き伸ばしているわけでは、断じてない!




