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第13話 ザ・ロック

「ギャハハハハハ! 逃げ回ってちゃ勝てないぜぇ!?」


 豪快な笑い声とともに、ライザーの拳が巨木を突き破る。木はメキメキと音を立てながら真っ二つに割れた。バラバラになった幹が枝が、白い煙を上げ消え始める。


 いつの間にか景色は様変わりしていた。生い茂っていた木々が消え去り、次第に四角いリングが、スポットライトが、いるはずのない観客の声が、白夜の周りに現れ始めた。


 彼女はこの景色を観たことがあった。

 幼い頃、TV画面の向こう側で。アニメ版『熱血! 正義仮面ライザー!!』で。

 間違いない。このリングは、ライザーがいつも戦っていたリングだ。


 大歓声が聞こえ、白夜は背後を振り返った。ライザーがロープに足をかけ、コーナーポストの上で雄叫びを上げていた。真っ白なスポットライトの下、両腕を天井に掲げ、己の筋肉を見せつけるかのように力瘤を作っている。

 

 天井……そうだ。先程まで確かに空があった場所に、今では天井が出来上がっている。空間を作り変えたのだ。白夜は舌を巻いた。異世界からやってきたアニメの主人公が、この現実に、自分の世界を創り上げているのだった。


「来いよ! 戦いに来たんだろッ!?」


 リングの上で青いマスクマンが右手をちょいちょいと揺らして白夜を誘った。彼女は小さくため息をつき、諦めて、ゆっくりとリングへと向かった。すでに左手も失っていた。背後を取り、ナイフで首元に切り掛かった瞬間、右手と同じように爆発したのだ。


 恐らくライザーの課したルールは、

《武器の使用禁止》 

 と言ったところだろう。そういえばアニメ版でも、『正義仮面ライザー』はしきりに肉弾戦にこだわっていた。白夜は暗がりの中を……まるでこれから入場する選手のように……リングまで歩きながら逡巡した。その空間内で、敵の定めたルールに違反すれば、強制的に(ペナルティ)が与えられる魔法。


 これと同じ空間魔法に、彼女はこれまで何度か巻き込まれたことがある。


 ある時は西部劇のワンシーンのような。

 またある時は巌流島の決戦のような。

 宇宙船で、レース場で、カジノで、法廷で、異世界で。


 彼らに都合の良い世界で、彼らに都合の良い方法で、戦いを強いられる。戦いが終わるまで、この亜空間から逃れることはできない。


 望むところだ。


 暗がりの奥から、見えない歓声が洪水のように鼓膜に雪崩れ込んできた。ロープを潜りながら、白夜は今宵の対戦相手を睨み上げた。


「念の為確認しておくけど……義手や義足は武器だとは言わないわよね?」

「お〜怖っ。さすが日向の娘だけはあるね!」

「五月蝿い……」


 ゴングが鳴った。と同時に、コーナーから高くジャンプしたライザーが、その巨体で白夜を押し潰さんと舞い降りてきた。ダイビング・ボディープレス。白夜はその攻撃を冷静に見極め、ひらりと躱した。マットに沈んだ巨体の反動で、リングが荒波に飲まれた漁船のように振動する。


「ふぅはははははははは! 避けるな、小娘! 技を受ける度胸もないか!」

「死ね」


 露わになったその背中に、白夜は手首から先がなくなった右手を素早く突き出した。殺す。その頑強な岩のような肉体から、心臓を抉り出してやるつもりだった。だが。


「何……!?」


 ……動かない。突き出した右腕が、見えない何かに阻まれたかのように空中で静止した。

「ふひひ!」

「一体……!?」

 次の瞬間。肘から先が爆炎に包まれ炸裂した。(ペナルティ)……しかし、武器は使用していないはずだ。混乱する白夜の頭に、下からライザーのアッパーカットが飛んできた。


「クリーンヒットォッ!」


 気がつくと白夜は天井を、真っ白に降り注ぐライトを見上げていた。顎がガクガクと揺らされ、腰から下の力が抜けていく。脳に埋め込まれたAIチップが、たちまち痛覚を遮断し、アドレナリンの量を調整した。


「がっ……!?」


 ただ、感じるダメージはそれで誤魔化せても、殴られたという事実は変わらない。ライザーは丸太のように太い腕を伸ばし、空中に吹き飛んだ白夜の華奢な体をむんずと掴んだ。そのまま彼女を床に叩きつけ、素早く馬乗りになった。


「捕まえたぞ、日向の娘!」


 逆光の向こうでライザーがニヤリと嗤った。そのまま右、左、右、左、右左右左右左……と、容赦無く拳を振り落としてくる。重い。まるで五月雨か、岩雪崩だ。白夜は衝撃で舌を噛まないように注意した。動けない。不味い状況だった。


 ダメージは、感じないと言うだけで、肉体には確実に蓄積していく。いくら強化服を着ているとはいえ、マスクをしているとはいえ、このままでは、意識が吹き飛ぶのも時間の問題だった。計算では、あと13秒。


『訂正。9秒です』

「良いから何とかしてッ!」


 ヘルメットの中に無機質な機械音と白夜の怒号が鳴り響く。AIがライザーの拳の軌道を計算し、わずかに出来た隙間から、反撃の糸口を提案してきた。藁にも縋る思いで、左目ごと脳を突き刺してやろうと手を伸ばすも、またしても途中で動かなくなってしまう。


「何で……!?」

「ガハハハハ! ルールが一つだけだと思ったか!?」

「くっ……!?」

 左腕が爆発する。爆炎の向こう側から、素早く拳が飛んできた。

「やはり何も覚えてないようだな……指環のことも!」

「指環……!?」


 白夜は両足をジェット噴射に切り替え、強引にその場を脱出した。

「はぁ、はぁ……っ!」

 ライザーの手の届かない範囲まで、ふわりと浮かび上がり、空中で静止する。プロレスには、〈空を飛んではいけない〉と言うルールはなかったはずだ。


「ほぅ。そんな曲芸もできるのか」


 ライザーが興味深げに顎を撫でた。ふらふらになった頭で、彼女は何とか体勢を立て直した。顎を撫でると、特殊合金で出来ているはずのマスクがひび割れていた。これには白夜も背筋が冷たくなった。さすがアニメの主人公。とても常人とは思えない、恐ろしい馬鹿力だ。マスクを脱ぎ捨て、口の中に広がった血をペッと吐き捨てる。


「教えて……指環って? 一体何のこと?」

「フン。何もかも忘れさせられたのさ……アイツらの指環で」

「アイツら? 貴方は……」


 ライザーの腕が伸びてきて、白夜の足元を掠める。白夜はとにかく思いつくまま喋り続けた。会話の中から、どうにか攻略の糸口が見つからないかと思ったのだ。


「その指環というのが、ルールが追加されたことと、関係があるのね?」

「おぉっとぉ! 教えると思ったか!? 俺様が、敵であるお前に!」


 ひらり、ひらりと空中で攻撃を躱しながらも、白夜はどうにも攻めあぐねていた。下手に攻撃をすれば、また謎ルールで動けなくなってしまうかもしれない。しかし、だとすればライザーが攻撃出来ているのはどういうことか? リング上のルールと言うのであれば、相手にも同じ条件が課されなければ不平等だ。



「逃げるのだけは上手だなぁ、お嬢ちゃん! 父親に似たか!?」

「教えて……貴方は何故、敵に寝返ってしまったの? 昔は……アニメ版では、あんなに熱血漢で正義に燃えてたのに……原作ではこんな人だったのね! 私の知ってる貴方は、もっと格好良かったわ」

「黙れ! アニメだと、放送コードとか……色々規制が入るのだ!」

「貴方が敵になるなんて……」

「敵?」

 ライザーが眉をぴくぴくと動かした。

「本当の敵はどっちだ? 本当の正義は……お前たちは俺たちを悪役と呼ぶが、お前たちこそ、一体何のために戦ってる? 原住民をテロリスト呼ばわりして、虐殺しているのはどっちだ!?」


 分からない。あるいは最初から不平等なルールなのか。〈敵の攻撃は禁止する〉と言ったような……だとしたら勝ち目がない。白夜は小首を捻った。もっとも、より複雑で自分勝手なルールを設定しようとすれば、指環のリスクも跳ね上がる訳だが、今の白夜には知る由もない。


「貴方はいつだって正々堂々と戦ってきたはず。決して、卑怯な真似はしなかったはずよ! なのに何で……」

「卑怯? 俺様が??」

 ライザーがピクリと動きを止めた。


「……いいや。違うね。俺様はいつだって、今も、正々堂々と戦ってるぜぇ! ここは神聖なリング! 力と力の、拳と拳のぶつかり合いさぁっ!」

 

 ライザーが再びコーナーによじ登り、そこから高くジャンプした。予想外の高さに、白夜の踵が掠め取られる。彼女は咄嗟にライザーの首に足を巻きつけた。


 そのまま2人の体が床に叩きつけられ、激しくリングが揺れる。白夜は首に足を絡めたままだった。今度は決まった。首4の字固め(ヘッドシザース)


「ぐ……!」

「それで分かった……」


 首4の字固め。肩車にも似た体勢で、ライザーの太い首が、白夜の太ももでガッシリと締め付けられる。青いマスクの下が徐々に赤らいで行く。白夜はようやく笑みを見せた。分かったのだ。敵の課した二つ目のルールが。


「貴方の攻撃は一方的に刺さるのに、私の攻撃は防がれる理由……!」


 次に優位を取ったのは白夜の方だった。先程まで何度攻撃しても刺さらなかったのに、プロレス技になるとしっかり決まった。


「正々堂々……神聖なるリング……つまりルール②は〈殺人行為の禁止〉、そう言うことでしょう? 貴方は正義の味方。戦うのは良いけど、殺すのはダメ……私はつい癖で、貴方を殺しにかかってた……だからルールに引っかかってた」

「うぬ……!」

「ちょっと不思議だったの……あれだけ優位に立って、どうして私に止めを刺さないか。最初から私を殺すつもりなんてなかったのね? 捕えて、情報を吐かせるか、人質の交換に使うつもりだったのか」

「殺せ……」

「その手には乗らない」


 どれだけ筋肉を鍛え上げても、肌に浮き出る血管までは鍛えられまい。首の頸動脈を圧迫し脳への血流を塞いでしまえば、たとえプロでも、ものの10秒足らずで気絶してしまう。筋力の有無など関係ない、これが技術の強さ、技の凄みなのだ。


 不意に周囲が明るくなり、リングが煙のように消え去ろうとしていた。景色が、元の森林が戻ってくる。ライザーが落ちたのだ。白夜は小さくため息を漏らし、ようやく脚を緩めた。


 本人が気絶すれば、作り上げた空間魔法も消える……と、不意に彼の太い指に、サファイアの宝石が光っているのが目についた。指環。


「これは……」


 白夜が指環に手を伸ばそうとした、その時だった。

「疾ッ」

 目の前の茂みから、突如白刃がにゅっ! と伸びてきて、彼女はギリギリ仰け反った。ギラリと光る鉄製の刃が、海老反りになった白夜の鼻先を掠める。猫のようにしなやかに体を捻り、彼女は素早くその場から離れた。


 がさり、と音がして、茂みの向こうから人影が現れる。刀を抜いた、着流しの男。円錐形の笠を被り、顔は見えない。口元には深い皺が刻まれ、立派な顎鬚を蓄えていた。


「…………」


 2人は距離を取ったまま、しばらく無言で睨み合った。夜風がその間を軽やかに通り過ぎていく。

「……いざ尋常に、勝負ッ」

 男がそう宣言すると、またしてもスーッと森林が消えていき、また知らない景色が現れ始めた。世界が白黒になっていく。まるで水墨画のような、侍と侍の、果し合いの一場面のような。


 白夜は口元の血を拭って微笑んだ。やれやれ。プロレスラーの次は、サムライか。


 モテる女も楽じゃないわね。

 

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