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第12話 エイリアン

 夜風が西から東へと吹き荒んでいた。

 徳島第七地区……旧淡路島は日本神話でイザナギとイザナミが初めて作った島だとされている。オノコロ島と呼ばれる最初の島から、次々と日本列島が生み出されていった、いわば日本発祥の地である。かつて神話とみなされていたそれらも、近年異世界転生が顕在化して、再考の余地があるとして学者たちが発奮している。


 面積約592㎢の、かつての東京23区とほぼ同じ大きさの島で、戦争が始まった。

 

 白夜たちは島を東から西へ、向かい風を切るように突っ走っていた。静寂に包まれていた黒い森に、突如橙色(オレンジ)の火柱が浮かび上がり、それを合図に破裂音、爆発音、射撃音……と、殺戮の管弦楽(オーケストラ)が始まった。


『撃て、撃てぇッ!』


 指揮者が棒を振るうたび、鉛玉が飛び白刃が舞い、敵も味方も関係なく死の演奏に熱狂する。第七小隊を壊滅させたのは、蜘蛛と蠍の(あい)の子のような、八本脚を持つ異形の化物であった。小隊は島の南側の、今は廃墟と化した小学校の中に追い立てられた。


「ギギィ!」


 隊員たちが必死に熱線を浴びせ、四肢を捥ぎ緑色の血飛沫を吹き出させるも、蠍蜘蛛は次から次へと湧いてくる。気がつくとグラウンドは異形で埋め尽くされていた。それから蠍蜘蛛は、口から粘り気のある糸のようなものを吐き出した。糸に触れた鉄筋コンクリートの校舎が、ジュウジュウと音を立てて焼け爛れて行く。

酸だ。

強力な酸を含んだ糸によって、隊員たちは建物ごと骨まで溶かされて行った。16歳になる佐伯二等兵にとっては、この日が初めての出撃であり、そして最後の出撃にもなった。蒸し風呂のように熱くなった建物の中で、彼の意識は急激に遠のいて行った。いけない。眠ると死んでしまう。分かっていても、頭は霞がかかったかのように上手く働かない。


 天井から酸が滴り落ちてくる。触れると皮膚が緑色に変色し、白い湯気を立て始めた。熱い。鼻の穴が三つになった。胸にドーナツ大の穴が空いた。隣にいた隊員はさらに進行が早く、身体中がフジツボのように穴だらけになっていた。神経が焼かれ、佐伯は激痛に身悶えた。息ができない。

心臓を毒針で刺されたような。

頭に溶鉄を流し込まれたかのような。

気がつくと佐伯は地べたで必死に手足をバタつかせ、踊っていた。死にたい。死んだ方がマシだ。それでも音楽は止まなかった。


 ボコボコになった佐伯二等兵の肉塊は、それでもまだ生きていた。


 生きたまま、動くこともままならず。穴という穴に蠍蜘蛛の卵を植え付けられ、彼は新たな命を育む苗床となった。生まれたての幼虫は酸がたっぷり混じった佐伯二等兵の死肉に喰らい付き、丸々と太ってから、爛れた皮膚を突き破って再び地上へと顔を出した。そこで彼はようやく痛みから解放され、死ぬことを許された。生前彼の肉体だった部分は、もはや一欠片も残っていない。享年16歳。


 第四小隊は敵の魔法に撃滅された。

 それは実に奇妙な死に方であった。ある者は頭が突然風船のように破裂し、またある者は自らの首筋に刃を突き立て、さらにある者は見えない力で上から押さえつけられたみたいに、頭と踵がくっつくほど躯を圧縮され、肉片を飛び散らせた。死神は嬉々として、隊員たちの頭上を飛び回り、果物でも収穫するように彼らの命を奪って行った。


 目玉を焼かれ泣き叫ぶ者、己の腹から零れ落ちた腸を必死に掻き集める者、嗤いながら味方を撃ち始める者……敵の闘技場(リング)の中に踏み込んだことなど、彼らは知る由もない。特定の条件を踏めば発動する凶悪な魔法によって、彼らはなす術もなく殺されて行った。


 音楽(レクイエム)は続く。気がつくと島のあちこちから火の手が上がり、遠目から見ると、まるで誕生日ケーキのように全体が淡く輝いていた。


 白夜は迸る火柱を見やりながら、夜の森を駆け抜けていた。いつの間にか1人になっていた。いつもそうだ。彼女が疾いのか、それとも仲間が遅いのか、あるいはその両方なのか……白い閃光が暗闇の中を疾走する。


 正面に巨木が見えた。迂回しようとしたその瞬間、頭上に殺気を感じ、彼女はすぐさま後ろに飛び退いた。


「だらぁあああっ!」


 怒号とともに、不意に影が降ってきた。影が拳を、白夜がいた場所に突き立てると、まるで隕石でも降ってきたかのように地面がひび割れ、巨大なクレーターができた。


「チッ……外したか」

「貴様は……」


 見上げるほどの巨漢が、のそりとその躯を揺らし、白夜を睨め付けた。蒼い龍の柄のマスク。ブーメランパンツにも同じ柄が施されていた。上半身は裸で、筋骨隆々とした肉体は凶暴な熊を想わせた。昔TVで観たことがある。この男は、確かナントカというTVアニメの主人公の……。


「おぅよ! ”関西の蒼い流星”! ”破壊神”ライザーサマとは、俺のこと……」


 男が全て喋り終わる前に、白夜は発砲した。

 戦場を晴れ舞台か何かと勘違いしている奴は、いつの時代にもいる。殺し合いにルールなどない。生きるか死ぬかだ。容赦無く打ち込んだ銃弾が男の胸部を貫いた……はずだった。が。


「へへへへ……」

「何……!?」

「ガハハハ! そんな豆鉄砲でこの俺様が殺せるとでも思ってたのかよぉ!」


 ライザーが首を二、三度鳴らし、ニヤリと唇の端を捲った。銃弾は分厚い彼の胸の上で、シュルシュルと回転しながら白い煙を立てている。白夜は目を見開いた。


「まさか……」

「決闘開催! 俺の土俵(ホーム)だぜ」

 男が仁王立ちして豪快に嗤った。次の瞬間。白夜の右手が、何の前触れもなく爆発した。持っていた銃ごと、手首が炎に包まれ吹き飛ばされる。


「ぐ……!?」

律格(ルール)に触れちまったみたいだなァ!」


 白夜は素早く距離を取り、体勢を立て直した。確かに弾は命中した。だが、男は余裕綽々と行った様子で肩をすくめている。戦場にルールは存在しない。が。


『銃が当たっても死なない』だとか。

『致命傷なのに気合? 根性?? で生き返る』だとか。

『最後に正義が勝ち悪は必ず滅びる』だとか。


 こいつらは……主人公たちは……謎ルールを振り翳し自分たちの土俵(ホーム)に引き摺り込んで来る。いつの間にか彼女は、ライザーの魔法の中に取り込まれていたようだった。


「ゲヘヘヘヘ! 俺のルールが分かるかな!? 白騎士(ホワイト・ナイト)さんよぉ!」

「…………」

「来ないんだったらこっちから行くぜ……」


 すぐ近くで爆発音がする。2人の影が橙色の光に包まれた。ライザーがぐるぐると肩を回し始めた。


 望むところだ。白夜は歯軋りした。残った左手で、太ももに着けていたナイフを握りしめ、低い姿勢のまま男に向かって行った。 

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