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第11話 ロボコップ

 熱いシャワーを潜ると、骨の髄まで染み込んだ血の臭いが、ほんの少しだけ和らいだような気がした。湯船には浸からない。いつ出動命令が出ても良いように、この仕事に就いてから、白夜はいつもシャワーで済ませていた。


 この時間が彼女に取って、唯一の安らぎの時だった。

 完全防水の義手と義足をボディから切り離し、予備の部品(パーツ)と交換する。外した義手と義足の方は、石鹸を泡立て、こびり付いた血や煤を入念に洗い流して行く。しばらくすると白い輝きを取り戻し始めた。特殊合金製の機械の四肢を、白夜はジッと見つめた。


 爆破テロで両足を失ってから、私はサッカーボールと友達になれなくなってしまった。右腕・左腕を立て続けに失ってからは、筆を握ることもなくなった。その代わり、私の足は死体を踏み付け、私の手は敵を殺す武器を握っている……。


 シャワー室を出ると朝浦少尉から3Dメールが届いていた。ホログラムを起動させながら、バスローブに身を包む。開口一番、少尉はニヤニヤ顔で白夜を見上げて言った。


『随分絞られたみたいだな。また減給だって?』

「要件はそれだけ?」

『明日の夜3時に徳島第七地区に集合だってさ。情報のタレコミがあったらしい。何でも地下組織と繋がりを持った怪人たちの巣を発見したとか……ガセかもしれないけど、一応調べてくれって』


 徳島第七地区と言えば、淡路島辺りだろうか。

 

『一緒に行かないか?』

「結構。私は現地までバイクで行くから」


 緑色したホログラム映像が微妙に揺れながら肩をすくめた。映っているのは本人ではない。AIが勝手に送信者の思考を再現して、その場で機械的に簡単な会話をしているに過ぎない。


 もちろん会話は後で本人にフィードバックされるのだが……白夜はいまだにこの最新鋭と謳われた通信手段に慣れなかった。自分が喋ったこともないことを喋ったことにされ、かつ偽の記憶を植え付けられている気分になる。情報というのは元からそういうものだと言われれば、そうなのかも知れないが……。


 偽物(ホログラム)との会話を切り上げ、白夜は壁掛け時計を見上げた。午後21時。転送装置なら一っ飛びだが、飛行バイクなら1時間は見ておいた方が良いだろう。タイマーをセットして、彼女はさっさと寝室へと向かった。


 ベッドの上であぐらを掻きながら、愛用の銃を無心で手入れする。ふと顔を上げると、枕元に指環が転がっているのが見えて、白夜の手が止まった。


 彼女の自室にはものがほとんどない。冷蔵庫もなければ、テレビもないし、何なら窓もない。任務と任務の間に、シャワーと仮眠を取るためだけの仮住まいだった。私物と呼べるものがほとんどない。私服すらろくに持っていなかったが、何故かこの指環だけは、失くしても失くしても、彼女の手元にまた戻ってくるのだった。


「何なんだ……」


 白夜は軽く目眩を覚えた。

 物心ついた時から持っていた、龍の紋章が刻まれた安っぽい指環。幼い頃の記憶。父母の顔すらもはや朧げだが、確かに私は、小さな手のひらの中にこの指環を握っていたような気がする……。


 だがテロ以降、彼女は装飾品の類に一切の興味を失っていた。自分を着飾るだとか、派手に化粧するといったこともない。たまに色目を使われることもあるが、正直今は恋愛などする気にもなれなかった。


 人を愛するよりも、人を憎み、呪い、殺す方が性に合っている……そんな自分のことが、白夜は自分でも嫌いだった。自分は真っ当な人間じゃない気がする。人間のフリをした、出来損ないの、壊れた人形みたいだ、と思っていた。


 白夜はしばらく指環をジッと見つめ……やがてそれをゴミ箱に投げ捨てた。無いとは思うが、敵の盗聴器かも知れない。戦闘に必要のないものは、身につける必要がない。それから彼女は銃の手入れに戻った。グロック19にL119A2カービン。300ブラックアウト弾を使用するSIGザウアーMCXの消音器内蔵型突撃銃に、LWRC社製のM6A2もある。どれもこれも、数世代前の特殊部隊が使っていた骨董品を蒐集したものだった。壁一面に並べられたそれらを、白夜は無心で、一つ一つ丁寧に整備していった。 


 午前3時。

 空は雲で覆われていて、星は見えなかった。目的の場所に着くと、時間きっかりに、仲間たちが次々と転送されてきた。


「気をつけろよ。奴らは妙な()()を使う」


 佐藤中尉が集まった部下を見渡して、顰めっ面で唸った。

「簡単な捜索任務だから言って、決して油断するな。迂闊に相手の土俵(ホーム)に入るんじゃない。敵のルールに従うな。万が一敵の()()に囚われてしまった場合は、直ちに……」

「本当にその骨董品で行くのか?」


 いつの間にか背後にいた朝浦少尉が、白夜に囁いた。腰のホルスターには、berettaのnanoが収まっている。


「ええ」

「最新のAI兵器なら照準だって全自動で……」

「これは敵の心を折る闘いでしょう」


 白夜は正面を見据えたまま、静かに闘志を燃やした。


「どれだけ悪の芽を摘むごうが、敵は闇の中から、いくらでも生えてくる。敵の土俵? 結構じゃない。魔法使いを銃で殺す。自分の土俵(ホーム)で踏ん反り返ってる奴らを、自分は強いって思い込んでる相手を、完膚なきまでに叩きのめしてやる。二度とそんな気すら起こさないように、徹底的に心を折ってやるわ」

「白夜……」

「それに……」

 そこで初めて、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「そっちの方が興奮しない?」

「行くぞッ、作戦開始だ! Go、Goッ!」


 合図とともに、仲間たちが一斉に闇の中へと駆け出していく。それに負けじと、白い強化服を纏った白夜が、兎のように飛び出して行った。


「やれやれ……」

 朝浦は半ば呆れたように乾いた笑みをこぼしながら、彼らの後を追った。


「あの親にしてあの子あり……か」

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