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オープニング Act.2

 子供の頃から、漫画やアニメの主人公に憧れていた。

 ゲームの、映画の、小説の、テレビドラマの……強くてかっこよくて、可愛くて美しい主人公たちに。


 ……だけどいつからだろう?

 

 いつからか、私は素直に彼らを応援できなくなっていた。

 私が大人になったから、そんなものは子供っぽいから?

 私が女だから? それとも私が……人殺しの娘だから?


 ……分からない。


 いつの間にかアニメを見ても漫画を見ても、どうも登場人物(キャラクター)に共感できなくなっていた。私と彼らの距離が、どんどん遠くなって行って、置いてけぼりにされたみたいだった。違う。私は彼らとは違う。だって、私はそもそも、強くない。


『オイ、そっち行ったぞ!』


 耳元に埋め込まれたインカムから仲間の声が響く。私は壁にピタリと背を張り付け、愛用の銃を構えた。


 berettaのnano。


 2011年アメリカ製。マガジン装弾数が6発しかないが、小さく、軽くて扱いやすい。警察官が予備で持っているような銃で、多少改造(カスタマイズ)して威力や強度を増してある。私はそもそも強くない。どっかの異世界の勇者様みたいな、特別な能力も持っていない。だから私は武器に頼った。


『手榴弾用意!』


 ……とはいえデジタルに侵された最新のAI兵器に頼る気には、どうもなれなかった。仲間は時代遅れの武器だと揶揄うけれど、やはり敵を殺す時は、自分の目で目標を見て、照準を合わせ、そして自分で指を引かなくては。でなければどうも味気ない。これから命を奪う相手にも何だか失礼だ。自室のソファで踏ん反り返って、マティーニを飲みながらボタン一つで殺戮を繰り返す連中を、私は軽蔑していた。


『Go!』

 

 合図とともに、一斉に銃火器が火を吹いた。轟音と閃光。薄暗い廊下がまるで昼間のように明るく燃え上がる。火柱が窓ガラスを割って、熱気がこちらまで伝わってきた。私は身じろぎ一つせず、瞬く間に6発を打ち尽くした。素早くマガジンを交換しながら、迷わず炎の中に突っ込んで行く。


 私は主人公たちみたいな勇気もない。恐怖や絶望に立ち向かう強靭な精神力もない。だから私は心を殺した。脳内に埋められたチップが揺れ動く感情を常に制御(コントロール)し、どんな状況でも私は文字通り無心でいられる。


 チラチラと暴れる炎の舌に飲まれ、強化服(パワード・スーツ)が限界まで焼かれようが、警報音が脳内で激しく鳴り響こうが、何も感じなかった。34秒後、私は計算通り最短で、廊下の向こう側に辿り着いていた。爆発で大きく穴が開いた壁の向こうから、金色に輝く三日月が覗いていた。


「クソッ!」

「観念しろ」


 中は硝煙が立ち込めて視界が悪かった。壁際で蹲る真っ黒焦げの若者に銃口を向ける。生き残ったのはこの青年だけのようだ。足元の真っ黒焦げからは、生体反応が無い。


「リーダーはどこだ?」

「何の事だか……」

「言え。でなければ殺す」

「うぅっ!?」


 青年の脛を立て続けに撃つ。陸に上がった魚みたいに跳ね上がり、活きの良い鮮血が瓦礫を赤く濡らした。白夜はヘルメット型のマスクを外して宣言した。


「対テロリスト法第一条。テロリストをその場で発見・抵抗した場合、その場で射殺及びいかなる反撃も許可される」

「思い出したぞ……その顔!」

 苦悶の表情を浮かべていた青年が、わずかに瞳孔を開いた。


()()()()()()()()()()! その白い強化服(スーツ)……その白髪……確か『ホワイト・ナイト』って呼ばれるオトコオンナが、俺たちを追い回してるって……」


 私はもう一度、青年の脇腹に3発撃ち込んだ。青年が血反吐を吐いた。


 私は普通の人間だ。他の主人公のように、変身ができない。その代わり、私は心に鬼を飼っている。いつでも鬼になれる。真心込めて、敵を殺している時、私の姿は仲間の目にそのように映っているらしい。


「ぐ……!」

「もう一度聞く。リーダーはどこだ?」

「クソ(アマ)が……正義の味方気取りかよ!? 100%善人みたいな赤ん坊面しやがって、テメェなんか世の中の事何も分かっちゃねえくせによぉ……ッ」


 ヒューヒューと肺に開いた穴から空気が漏れる。ワインボトルを割ったみたいに、赤黒い血がドボドボ溢れ出ていた。青年の命はもう、風前の灯火だった。


「世界の()()を知ったらよぉ、テメェの安っぽい正義なんざ……」

「……私は正義の味方じゃないし、真実なんてものにこれっぽっちも興味がないよ。私はただ……」


 悪役(おまえら)の敵だ。


「くたばりやがれ……」


 最後の最後、青年は私に中指を立て、無理やり唇を引き攣らせ笑って見せた。私はその指の先端ごと、彼の眉間を寸分違わず撃ち抜き、1秒と経たずに絶命させた。ぽっかりと黒い穴の開いた頭が、ズルズルと下に堕ちて行く。


「……こっちのセリフだ。ゲス野郎」

「白夜!」


 ちょうど殲滅作戦が完了した直後、背中から怒号が飛んできた。硝煙のカーテンの向こうから、仲間たちが次々と顔を覗かせる。作戦の成功を祝ってくれるのかと思ったら、何故か皆激怒していた。一番最初にやって来た朝浦少尉が、顔を真っ赤にして唾を飛ばす。


「いくら何でも独断専行し過ぎだろ! 炎が収まるまで待てって言ったじゃないか!」

「待っていたらまた逃げられるところだった。それに、少尉が私を援護してくれることは分かっていた」

「お前なぁ……ふざっけんなよ!? 俺が、俺たちが毎回どんだけ胃を痛めてるか……」

「ありがとう」

「待て! 勝手に話を終わらせるな、戻って来い……」


 そのまま瓦礫になった部屋から出て行こうとしたら、入り口のところで壁に打つかった。壁……ではなく、人の体だった。壁のように分厚い胸板の巨漢が、仁王立ちで、ジッと私を睨みつけていた。


「午尾軍曹」

「中尉」


 しばらく私たちはジッと睨み合った。中尉は天井に頭を擦りつけながら、低い声で唸った。


「……無条件に他人を尊敬しろとは言わんが、せめて作戦の間は階級に意味を設けろ。目上の者には敬意を払え。それが縦社会の生き方だ。命令系統を無視しては組織が成り立たん」

「はっ……」

「たとえ父親が誰であろうと……」

「分かっています」


 壁と壁の間を、ぎゅうぎゅうになりながら無理やり押し通り、私は黒く焼け焦がれた廊下に出た。足早にその場を後にする。背中に痛いほど視線を感じていた。



 子供の頃から、漫画やアニメの主人公に憧れていた。


 ゲームの、映画の、小説の、テレビドラマの……強くてかっこよくて、可愛くて美しい主人公たちに。


 私は主人公にはなれない。

 私が正義だというつもりもない。

 だが悪を憎む心だけは……決して忘れることはない。


 私は立ち止まり、ホルスターにnanoを仕舞いながら……振り返ることなく彼らに宣言した。


「父は……いえ、午尾日向(テロリスト)は、私が殺します」

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